第五章 かぜがふくとき・7
そして、朝になって、昼になって。俺はのこのこと、またしてもこの豪華な部屋にやって来たというわけである。
「あの富士山での最終夜、ボクがなにをやったか、想像もつかないでしょう?」
前夜のことをケロリと忘れたふうのアリアが、ホットパンツの腰に両手をおき、ソファーの俺と静を前にして、高価なテーブルの上に仁王立ちになり、大演説をぶち始める。
「――カレルに、ヨバイをかけたの!」
二人は――さすがにもう、ひっくり返ったりはしない。――ゲッソリとした顔になった。
「あのう、アリア様。相手は、人間とは申せ、実体はロボットで、その、そのう……」
と、片手をあげて俺。アリア、力強く頷き、大声を張り上げた。
「そう、ロボットに、キミたちお二人のような、りっぱなオチンチンはついてないわ!」
二人は思いっきり赤くなってしまった。そろって股間を手で隠してしまう。そんな男どもにかまわず、アリアは自慢げに叫んだ。
「モチロン、そんなこととっくに計算のうちよ!」
二人は、今度は白くなってしまった。
「騙した、のかなぁ……?」
「まぁ人聞きの悪い。ボクは、自分の誠意を示したかっただけよ!」
言葉は使いよう、と静がぼそりと言い、睨まれて首をすくめた。
「カレルは感激してくれたわ!」
そりゃ、そうでしょうよ――はいはいはいはい、すんません!
「ねぇ、お二方、……地球人類は、よくやったと思わない?」
いきなり話が変わった。正直言って、ブキミである。
「曲がりなりにも科学を発展させて、『音速』はそれなりに、実現させたと言っても、いいんじゃないかしら?」
いいんじゃないかしら、と言われても。
「ヨバイをかけたとき、その点をカレルとじっくり話し合ったわ――」
その光景を想像し、二人はまた顔を赤くする。
「――結局、彼はわかってくれたのよ!」
そうだろうなぁ……。そんな状況で俺がカレルだったら、一も二もなく、即座になんでも納得するだろう。
「これからは、『光速』の時代よ!」
アリアは高らかに宣言した。――え?
「――はい?」
「今後の地球人類は、光を主役に替えて、更なる発展をめざすのよ!」
ニュートンをひっくり返した男、アルベルト・アインシュタインが、相対性理論を完成させ、全世界に衝撃を与えたのが十年前のこと。世の中が騒然となったことを記憶している。――それはともかく! 光速?
「なのに! ああ、なのに!」
「……はい?」
「ボクたちマスターの生き写しだけが、古臭い『音』であっていいわけ? ねぇ、いいわけ?」
鳥肌が立ってきた――
「――まさか」
「カレルはわかってくれたわ。――ウイルスは、カレルが作ったものなのよ? |彼が完璧にコントロールできるもの《・・・・・・・・・・・・・・・・》なの!」
アリアはにんまりと悪魔の笑みを浮かべた。
「|たかがテッポーのタマくらい《・・・・・・・・・・・・・》――!」
フン、と鼻を鳴らす。めちゃくちゃ可愛い、かつ恐ろしい眼差しで静を見つめる。
「可愛いノーリ……。今度こそボクに、一生頭が上がんないんだからね!
――ボク、セイレンと、シズーカ・ノーリに限り、カレルは『音速の枷』を外し、別の新しい『枷』に取り換えてくれたわ!」
「アリア――!」
「そうよ、『光速の枷』に――!」
アリアは壮絶に、挑戦の笑みをこの俺に向けたのだった――!
「――さあ、鳥追い師! 鞭を振りまわすがいい! 光速度以上のスピードで、ね!!」
俺は、今度こそ本当に床にひっくり返った。
やられた。
あああ――この、ド天魔め――!!