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第五章 かぜがふくとき・5

 二十分後、三人はまた部屋の中にいた。もっとも、静は血に汚れ、意識不明のままだったが。

「――治療おしまい。ちょっとてこずったけど、もう大丈夫。元通り。死んじゃいない」

 アリアが誇らしく宣言し、その瞬間、俺は世界が真新しいものに一変した気がしたものだった。

「本当か!? でも銃で撃たれて――本当か? 本当なのか!?」

「ホントだったら!」

 なんて言うかこう、ぐおっ、という膨れ上がる喜びで、俺はどうかなってしまいそうだった!

「奇跡だ! ――! 言葉がない!」

 アリアはタオルで静の体を清めると、いとおしげに抱き寄せ、頬擦りした。

「ボクの可愛い、勇敢なノーリ……」

 そしてそっと、清潔な新しいベッドに寝かせる。

 彼女は俺に命じた。

「ジェントルマン、服を着たいの。あっち向いててくださる?」

 俺は今更ながらだったが、顔を真っ赤にして慌てて言葉に従った。

「失礼しました――!」

 その頭に、アリアの脱いだジャケットが被さる。それには、彼女の、ぬくもりがあった。

 しばらくすると、三四郎の左肩、後頭部にアリアの手が触れられ――骨折と腫れが治り、コブが引っ込んだ。

「――もういいわよ、ユダ。ノーリの着替え、その鞄の中にあるはずだから、着せてやってあげて……」

「了解!」

 俺はもう素直なものだ。今やパジャマ姿になった女の子の言葉に、諾々と従う。

 手を動かしながら訊いた。

「屋上の男が、その、ストーカー・モンスターだったんだな?」

「ユダ、キミはじつに言葉遣いが正確だこと! ――そうよン、うふふ、あのゲス野郎は、まさにモンスター『だった』、のよ!」

「過去形だね。今は違うんだ?」

「教えてもらったでしょ? ボクたちやモンスターには『音速の枷』がある。『音速を超える』衝撃が連続して体に当たると、超能力を失ってしまう。フフフ、コロスまでもない! あのマヌケは独身(シングル)だし、ミジメにも友達もいない。当然、ハンターの『力』を次代に継承させてもいない。だから、継承者に『横噛み』してもらって、復活することもできやしない! つまり――あのクソバカは、今やただの無力な、ビンボーで矮小な変態、インポオヤジにすぎないんだから!」

 悪口雑言に、積極的な共感を覚えた。

「『音速の枷』……憶えてるよ。でも、どうやったんだい? アリア、あのときのお前には、その――そのそのその、何ら武器がなかった」

 アリアは、会心の笑みを見せた。おかしくて――おかしくて、もうたまらない、といった感じだ。――彼女は舌なめずりした。

「うふふ……。あのねぇ、音速って、正確にどれくらいか、その数値を知っている?」

「確か、秒速三百四十……四メートル、だったか? カレルがそう言ってたな」

 俺は首をかしげながらも、まじめに答えた。アリアは手を打って喜んだ。

「思い出せる? そのカレルでさえ、音速を口にするたびに、『約』だの、『およそ』だのといった、副詞を使ったのよ! ユダ! キミが答えたその数値は間違いじゃない。けど、それは気温二十度シーにおける、|空気中を伝わる速度にすぎない《・・・・・・・・・・・・・・》の。――わかって?」

 俺は口をポカンとさせて、

「はああ? 空気中? ――じゃ、じゃ、……うう! そうだ、お前は、あの時、そうだ、プール、水の中――」

「音速の枷! ボクたちにとって、とても重要なことなのに、なんか、アイマイでしょう? 騙されちゃあダメよ! カレルは、秒速三百四十四メートルを超える衝撃が、ウイルスに有効と言っていたのよ! その速度さえ超えれば、たとえそれが『音そのもの』であっても、かまわないの! 速度がポイントなの!」

「――水の中!」

 今度こそアリアは高らかに笑った。

「水中を伝わる音の速さは、およそ秒速千五百メートルなの! 驚けユダ! これぞセイレンの最期の必殺技、セイレンの水辺のマジック! ボクは、その歌声で、水を震わすことができるんだぞ! ――ユダ! ボクにヨバイをかけるときゃあ、ボクがお風呂に入っていないかどうか、まず真っ先にチェックすることね!」

「あああ、アリア、ご忠告、肝に命じるよ!」

 とたん、俺は重大なことに気づいた。

「ちょっと待って。今『最期の必殺技』と言わなかったか?」

「やっぱり気づいた? 鋭いわね、もう!」

「その水中での超音速衝撃波は、『自分自身』も浴びることになるんじゃないのか? 特にプールのような、『閉鎖された領域』だったらなおのこと?」

「そうよ、慈悲深き偉大なユダ……」

 アリアは、実に悲しそうな顔をして見せた。だがしかし、もう騙される俺ではない。

「だけどお前は、コトの直後に、当たり前って態度で、平気で屋上から飛び降りた。――まさに今だって、静を完璧に治療してのけた。俺の怪我をもだ。お前の超能力は、全然失われて『いない』」

 アリアは――ずるくほほ笑んだ。

「だから、それは『今までは』最期の技だった、の! ……続きは明日、ノーリが目を覚ましてからにしましょ。――どうする? 泊まってく?」

「ぐっ──」

 正直、未練を感じた。そしてここは申し出を受け入れても全然オッケーな状況だった。──だが俺は、残念ながらケジメの明治男なんである。やせ我慢をはり倒し、紳士づらを作って、潔く席を立ったのだった。

 静に毛布をかけてやり、

「彼をよろしく……」

 じつにカッコよろしくなく背を見せた。一生後悔するかもしれん。

 アリア、真面目な顔で呼びかけた。

「ユダ! とってもクールだったわよ! キミが注意を引きつけてくれたおかげで、あの悪党に、もののみごとに術がかかった!」

 俺、背を見せたまま照れたように手のひらを振った。

「よせよ。思い出すだに恥ずかしい。俺はみっともなかったし……ぺーぺーなんだよな。もう頭に血が昇って……それ相応にブザマだった。ッたく、命があっただけめっけもの……」

 ドアの前で振り返った。

「じゃ……」

「サンシロオー……」

「? なに?」

 アリア、一瞬だけ目を伏せた。一瞬だけだった。

「キミがいてくれなかったら……たぶん、本当に殺していたと思う」

「!?」

「あの、鉄砲バカ男ね……、ママの、(かたき)だったの」

「!」

 突然の告白だった。


「──」


 今彼女はなにを言ったのか──?






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