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第五章 かぜがふくとき・3

 浜辺のレストランで夕食をとり、アリアのホテルに戻ったのが――覚悟はしていたが――夜中の十二時過ぎだった。もう実家には帰れない。自動的に、静は、教会の宿舎の俺の部屋に、こっそり泊めることになる。彼は、居心地悪いと思うだろうが、仕方ない。

 アリアの部屋に置きっぱなしの荷物を受け取りに、静はアリアと共にエレベータの中に消えた。俺はなんとなく、ロビーで待っている方がいいような気がし、いぶかしげな二人に手を振り、その通りにした。……そうだな、一種の、気配りというやつだ。


 だが――

 十分が過ぎた。静は戻って来ない。――二十分が過ぎた。まだ来ない。

 なにをしてるんだか……。

 いきなり――ほろ苦い思いが胸に広がった。

 静もアリアも、今思いがけなく、二人きりになれたのだ。二人とも、そう日を置かず、別々に帝都を去って行く身の上だった――

 自嘲気味の笑みが浮かんだ。

 君、笑いたもうな。このとき俺は、精一杯、大人の判断をしたんだ。立ち上がり、独り寂しくカッコよく、背を向けたのさ。

 おい静、うまいことやれ。


 が、そのときだった。


「──!」

 俺は、たしかに、『音』を聞いたのだ?

 後から思い出しても、そうとしか、言えない。

 そのとき、聞こえたんだ。俺の『耳』が、聞こえるはずのない、『音』を。


『銃声』を──!


 アリアの昼間の言葉が、衝撃的に頭によみがえった。


 ――銀弾のバンパイア・ハンター?

 ――ゲスの、モンスター?

 ――ラヴレター?

 ――わざわざ海を越えて追いかけて来た?

 ――変態嗜好のストーカー!?

 ――


「カレったら、『射撃』がとてもお上手なの……」


 ──


 左手の鞄が、急に重みを増し、存在感を訴える。鳥肌が立った──

 千鳥三四郎の全身の感覚が、猛烈に危機をアピールしはじめる!!


 俺は駆け出していた――!


         ※


 アリアの部屋は最上階――八階――にあった。さすがに一応、せわしくもノックした。――応答がない。心を決めてノブを回すと、抵抗の感触なく回る。

「!」

 壊れている。

 危機確定だ! くそぅッ! こんど絶対掛け合うぞ! 鞄は防弾仕様にすべきだということを! 俺は当てにならない鞭の鞄をそれでも盾にして、体勢を低くし、一呼吸後、一気に部屋に突入した──!


 うわっ、豪華な部屋! そんなことより――


 ――誰もいない。

 勘だ!

 俺は『寝室』に走った。

 いた!

 目の前のベッドに、人が仰向けに倒れている!

 ――静!? ノーリ? おお、静だった!

 彼は、上着とズボンが下着ごと引き裂かれていて、手込め同然の裸にさせられている。そのなめらかな白い腹部に、赤く! うおおお凶々しくも痛々しくも、銃痕が三発――!! 血が──! 血が──!

「静ッ!」

 駆け寄り覆い被さると、静はまだ、細くも息があった。

「……遅かったね……」

 頭から血が音をたてて引いた。

「――すまん! すまん! すまん! 俺はバカだ俺はバカだ俺は――」

「いいから……」

「この傷――!」

 どうしようもなかった。

 いや、医者! 医者医者医者! 医者を連れてきたらまだ――!?

「自分でわかる。手後れ……」

「静!」

 静の目の光が、薄れかかっている。彼は、ほほ笑んだ。

「……まさか、ここで死を迎えるとは、思ってもみなかった。……はは、見苦しいね。……ノリとして、覚悟が足りない」

「頼む! ――――――死なんでくれ! 死ぬな! おい!?」

「……君を、仲間にしたかった、な」

 俺は――

 俺は必死の勢いでネクタイを外し、シャツの襟元に指を引っ掛けると、ぐいと引き破いた。

「噛めッ!」

 一言叫び、静の口元に喉をさらす。のど仏、真っ正面――!

 その喉元で、静の奇麗な声がした。

「……ねえ」

「なんだ!?」

 思わず目を合わせると、静は、そっと、唇を重ねた。ほほを染めながら、

「負けた……やっぱり君は、素のままが一番いい。な、鳥追い師?」

「静――!」

「行ってくれ。――聞こえる。アリアは屋上だ。ヤツとやりあってる。これが……手強い。手強いんだ。神獣なんかと、次元が違う……」

 静は苦しそうに続けた。

「このままじゃ……負ける。それにヤツは――ヤツは――」

 静、一度口を閉ざした。

「アリアには……君の助けが必要だ……」

「静――」

「行って……行ってくれ……頼む(プリーズ)

 俺は――

「おまえ……」

 俺は、必死になって体を起こすと、ぶるぶると震えながら、静に、背を向けた。だが強情張りも続かなかった。目を離した隙に死なれる恐怖。勝手に死ぬな。死んでいるな、生きていろ。――ドアで振り返った。振り返ると、振り返ると──

 ──

「──おい!?」

 あの怪我で、『動けるはずがなかった』。

 が――

 静が、『窓際』に、突っ立っていた。

「静――?」

「動かないで」

 その一言で金縛りになる。

「最善を尽くしたと思う。だけど……僕はノリ継承者として……耐え難い屈辱を受けた。せめて……己の死にざまだけは……ヤツの思惑どうりには、させたくない。自分で――」

「――」

 静は窓を全開にした。おい――

「最期に君に会えて、うれしい。君に出会えて、人生に感謝……。ここから、フリーフォールしたら、音速を、超えられるかな? あれは……楽しかった、ね――」

 静はほほ笑み、外に消えた――

 おい―― おい―― おい――

「静……」


 静――!





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