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第五章 かぜがふくとき・1

 その(入ったときのものとは当然別の)洞窟の穴から、さながらゾンビーのように土を掻き分けながら大斜面世界に帰還すると、なんというタイミングか(というか、計算したんだろうな、カレルのやつ)、目の前に、(入ったときの洞窟めざして)行進中の、エドワードをはじめとする教会関係者の発掘団の一連隊がいたのだった。

 もの凄い人数。あとで聞いたところ、千人はいたとのことである。みんな、俺ら三人を救出、または掘り出すために、かき集められた人々であった。

 そりゃ、こっちもそうとう驚いたけど、向こうはそれこそ天地がひっくり返るほどの衝撃だったらしいよ。千人が千人とも、息を合わせて動きを止め、目を点にさせていたってもんである。


 静寂、そして、歓声──


 地鳴りをおこして駆け寄るみんなに、俺らは三人とも、もみくちゃにされ、喜ばれて──

 さすがに、感極まるものがあったな。

 抱擁され、叩かれ、祝福を浴びせられ──俺はあらためて実感する。

 帰ってきたのだ、と。

 自分のこれからの世界に──


「プラヴァ、無事だったか!?」

「――!」

 エドが叫び、掻き分け、掻き分け、そして俺を――実の娘の前で――まっさきに抱きしめた。

『青い鳥』に出会わなかったら――ただの洞窟探検からの生還だけだったら――俺は、単純に喜んでいただろう。

 師父・エドを前にし、俺は──


 現状は、カレルの言った通りだった。教会は三人を監視し――後を追っていた。それは今彼らが装備している、スコップやら鶴嘴やらの土木道具で証明できる。三人が生き埋めになったことを、承知している証拠だった。はたしてエドは、教会が三人を監視していたことを認めたうえで初めて質問できる、最大の疑問点をいきなり訊いてきたのだ。

「教えておくれ。どうやって脱出できたんだ?」

 そこらへんの受け答えについては、三人とカレルであらかじめ話を合わせている。今の質問の答は単純だった。

「あの洞窟は、奥が深かったんです。そこに、脱出の可能性があると考えました。そして、その賭けに勝ったというわけです。奥の方で、別の(俺は振り返り、出てきたばかりの洞窟を見る)……この洞窟とつながっていた……というわけです。正直……ラッキーだったと思います」

「……」

 エドは、いぶかしげな顔になった。

「それは、本当に幸運であったことだ……」

 彼はようやく言った。多分、疑っているのだろう。富士山洞窟群がつながっているという実例は、今まで報告されたことがないからだ。その点を追求されれば、「地震でつながったのではないか?」と、しらを切るしかなかった。俺は追求を受ける前に、話をそらすことにした。――少し、しらじらしかったが、

「それよりも皆さんは、どうしてここに?」

 エドは、許しを請うように苦笑いした。一回シュラッグして、

「プラヴァ、許せ! 聡いあなたのことだ、もう感づいていると思うが――私の独断で、勝手にあなたたちの後をつけさせたのだ。『青い鳥』は、我々の長年の関心事であるからにして、だ。で――」

 エドはひどく軽い調子で、俺達が最も恐れていた問いを口にした。

「――見つけたかね? 青い鳥を!?」

 この問いからは、逃げることができない。なぜならば神獣の存在があるからだ。その存在は、今となっては、双方の共通認識になっている。

「――エド、我が師父!」

 アリア、またはカレルによると――エドをはじめとする鳥追い師、教会関係者、さらには法王庁にいたるまで──青い鳥のそのサイズは、あってもせいぜい人間大の大きさのモノ、という認識が通っていると言う。そして当初のアリアと同様、青い鳥は、富士山の高所に生息していると、考えられていた。

 まさか、だれに想像できるだろうか?

 富士山そのものが、青い鳥だなんて――

 青い鳥は、目の前にあっただなんて――

「――」

 俺、千鳥三四郎は――


 俺は、はっきりと首を振った。

「――師父、発見できませんでした。気配のかけらもありませんでした。標高千四百メートルに到達するのがやっとで……そのあと洞窟に落ちてしまいましたし。探すどころではありませんでした。――私たちは、ただ、冒険ごっこをして来たにすぎなかったのです」

「……そうですか。いや……何はともあれ、無事でよかった」

 俺、千鳥三四郎は――


 この俺は、師父の信頼を裏切ってしまった!


 いくらそう心に決めていたこととは言え、相当ショックな決断だったんだよ!

 もう、冷静さを保っていられなかった。

 この心の震えは、次の言葉となってほとばしり出たんだ。


「――エド! エド! 我が師父! ――神様は、どこにおわすのでしょうか!?」

 今更なにを言い出すのだろう、とエドは思ったに違いない。いきなり取り乱した愛弟子たる俺の肩に手を置き、アリアと静に視線を走らせ、困ったように口を開いた。──ああ、懐かしい! 子供時代によく聞いた、久しぶりの、エドの情のこもった口調だった。

「我が可愛い小鳥よ。この度の旅路で……そこの二人に、だいぶやっつけられてしまったようだな? ――訊くぞ。神様は、いずこにおわす?」

 以前の俺なら、天界におわす、とでも答えていただろう。が、今の俺は違った。

「――常に、我のかたわらにあります」

 エドは、少し驚いたようすだった。

「……この国のことわざに、可愛い子には旅をさせよ、とある。プラヴァ――いや、三四郎、成長したな。……それでよい」


 この瞬間、俺の心は、救われたかのように明るくなった。


 その顔色が出たのだろう、エドは安心し、とうとう気づくことはなかったのである――


         ※


 カレルという存在と出会い、俺の信教は、根底から影響を受けていた。

 最初疑い、次に動揺し、そして怯え、その状況下でなお信仰心を保つために、まさにその瞬間、神の存在のあかしを必要としたのだった。

 あのとき。

 追い詰められ──

 必然、俺は、感得したのである。


 我が為すことは、神の為すことである。

 つまり。


 神は、ここにあり――!


 我こそは神……傲慢な思い上がりだったと思うよ。だがそれしかなかった。

 自分と神を一体にさせることによって、自己を守ろうとしたのさ。言わばこの俺もまた、ヤツらと同格の、『神人』となったのである。


 我が為すことは、神の為すこと。

 俺という肉体は神じゃないから、つまり、神は、行為の中に存在する。


 行為とは、他のだれでもない、自分の行いである。

 ノリやセイレン、カレルは、立場上は鞭を振うべき相手、天魔だった。しかし彼らは、現実には自分の友だちなのだ。むしろその行為において、見習うべき人間だった。


 対して俺は、今まで何をしてきたのだろう?

 あらためて思う。

『神として』、何を成し遂げたのだろうか、と――?


 ノリやセイレンは、その信仰がどうであれ、えんえんと善行を重ねてきている。

 カレルは――

 自分という存在よりも高位の存在を、自分の手で創造したいと願い、あがき続けているこの愛すべき友は──

 カレルは、自分のマスターの運命を、二百万年という途方もない時間をかけて、静かに見届けようとしている。何人たりとも、その邪魔は許されなかった。


 少なくともこの俺は――したくない!


 ならば、決まった。カレルを支持しよう。

 いずれの日にか、忽然と天の柱が消え去る、その日まで――


 だから俺は、口を閉ざす。

 それが、俺が選択した行為だった。

 それが、俺の信心であり、神なのである。

 そしてそれを――少なくとも神の存在の考え方を――師父は肯定してくれた。十分すぎるほど十分だった。


 お前は、もしかしてエドを騙し打ちにしたんじゃないのか――?

 なかにはそうお考えになられる方もいらっしゃるだろう。それに対しては──

「……」

 悪いね。

 俺は歯を食いしばり、口を閉ざすという、みっともない不様なさまを、お見せするだけなのさ。


         ※


「三四郎、今の今でなんだが、これも御心のうちだろう。ここで紹介しておこう──」

 エドの合図で、白人、黒人、黄色人の、初めてお目にかかる三人の青年が進み出た。

 静にゃまったく及ばないが、それでもすれ違う婦女子の十人中十人が振り返り頬を染めるであろう美貌の青年。

 もしかしてノーマルのままで『影熊』を捻り潰せるんじゃないかと思わせる筋肉質の青年。

 刃物のような策謀でもめぐらせているかのごとし眼鏡の青年、だった。

 いままで──疲れ切ってたるんでいる――と見えていただろう俺の目元が、急に獲物を観察するような鋭いものに変化したのを認めて、三人がそれぞれ満足げに鼻を鳴らす。どことなく尊大ぶった態度。まず間違いなかろう。

 リーダー格の黒人が、俺に向かって手を差し出した。そこには、あの斜面で手からこぼれた、俺の鞭があった。

 確定だ。

 この人達だ。

 この三人が、例の、俺の『先輩』というわけだ。

 俺は右手を差し出し、受け取る。

「――ありがとうございます」

「ふん。二度と、落とすなよ……」

 流暢な日本語。

「――はい」

 ともかくこうして、鞭は俺の手に戻ったのだった。


 見届けて、師父は──

「アリアドネ……」

 エドワードがはじめて自分の娘に声をかけた。

「……ご苦労だったな。……怪我しなかった、か、な?」

 アリアは――もしかして初めて見せる、真実不機嫌な顔で――拒絶するように鋭くシュラッグしたのだった。





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