第四章 はるかなるもの・20
押さえきれない感情が爆発した。激しく立ち上がっていた。
「カレル! お前はマスターを地球人類の中に再現させたいと願い、実行した! これをアリアは欲望だと喝破した! これをお前はどう受け止めているんだ!?」
「……すべての非難は、甘んじて受けるつもりです」
「カンタンに言うな! それが人類に与えた巨大な影響について、どう責任をとるって言うんだよ!? お前のおかげでモンスターが生まれ、巡りめぐって、アリアの母さんが死ぬことになったんだぞ!」
「サンシロオー!」
アリア、真っ青になって叫んだ。
「ユダ! ……いいから! その件は……そっとしておいて。お願い。……すんだコトだわ。……それに」
アリア、汗をにじませ、歯を食いしばった。
「ボクは……ボクは……何事も、プラスの面を……評価したい! ボクは……セイレンに……誇りを持っている!」
言いきった! 顔が歪むのを自分でどうすることもできない。俺は、くそったれっ──みっともなくあがいてだ、視線の先を転じた。
「――静! お前は、八頭の狼の命をその手で奪い、あんなにも苦しんだじゃないか!? その八頭は、実は俺らをここにご招待するためだけの、ただの釣りエサの役回りで、その命を捨てたんだぞ! これこそ『役不足』というものじゃないか!?」
「事情を知ってしまった……。カレルの立場だったら、僕だって……同じ事をしたかもしれない。だから……」
「――だから!?」
「三四郎……今の僕には……わからないよ。ただ……ノリを……『続ける』だけだ」
「それはごまかしだ!」
「三四郎……ごめん。だけど……君も、ごまかしている」
俺は――顔を真っ赤にした。
「……わかった。――そのとおりだ。回りくどいコトはもうよそう。――カレル!」
俺は泣き出していたのかもしれない。
「――『神』は、存在するのか!?」
カレルは予期していたのか、努めて穏やかに答えた。
「それは三四郎様……あなたが一番よくご存知のはず。私がなにを言い、なにをやらかそうとも……神は、いついかなる時も、人の作為を越えた存在であり続けます。……信じるものは、救われるのです」
「カレル! お前は、神か!?」
カレルは即答した。
「私は、人間です。――『普通』の人間なのです! どうかご理解ください!」
「カレル! お前は──」
そこで絶句した。俺は、押し寄せる何物かに身を覆われ、もう何もできず、しゃべれず、心だけが昂ぶったまま、動けず、重力に引かれるままにどさりと、椅子に身を落とした──
※
静が咳払いをし、立ち上がった。
「……少し、明かりを落としていただけませんか?」
「承知いたしました」
同時に照明が弱まり、代わって別の光がドーム内を満たす。世界が、銀色の光線に、洗い清められる――
見上げると、そこには、神々しく浮かぶ満月があった。
静は歌った――
「 ……」
それは、天界の美姫、かぐや姫の物語。
麗しの乙女は、帝に恋をし、そして
すべてを忘れ去り
月へと帰って行ったのです――
※
身に染みる、美しいしらべであった。
ふと──
かぐや姫は、なぜ、自ら記憶を捨てたのだろう、と思った。
ふと、先ほどのカレルの言葉が浮かび上がった。
神は、人の作為を越えた存在……。
かぐや姫のその作為には、どのような意味があったのだろう。
そして、カレル。
お前がやったことは──
お前の行為は──
つまり──
──
※
アリアが立ち上がった。胸元で両手を組み――
「 ……」
月へ戻ったプリンセスのサーガ。
すべてを忘れたはずなのに
見上げれば、地球に浮かぶ
あの方のあのお顔――
月のすべてを捨て忘れ
地球にへと舞い戻る
やれ、かなしや、プリンセス――
地球と月の、二つ星の記憶失い
打ち寄せる波の浜辺で
ただ一人、未練を残す、死の褥――
※
このときのことは、一生忘れない。
その瞬間──
頭の中で、いや違う体の奥で、いや違う魂の核の部分でだ。俺は理解していたのだ。
それは、『行為』だということに。
心に染みる歌。あれほど待ちこがれたアリア・セイレンのカグヤヒメ──
感動に肉体が震える。
この作品が生まれる代償に、どれほどの血肉と、どれほどの天才と、どれほどの奇跡が必要だったことか!
俺は――
だが俺は、立ち上がった。立たなければならなかった。
「『違う』!」
なぜならば、俺が、いや違う俺様が──認めないからさ。
※
かぐや姫を死なすなよ。それは、お前の都合だろう?
そしてなぜ俺は認めないのか? もちろん、アハハ、これは俺の都合なのさ。
傲慢だろう、そうとも。俺は、ずうずうしくも否定する。
言ってやる。『死による生命の永遠性』など、ハッキリ『くそくらえ』だと。
つまりだ。おい、神人どもよ、俺の宣言を聞け。
俺は、今、生きることを要求する。
たった今、このときを、だ。
だから、俺は、こう歌うのだ──
※
「姫は――」
幸せになった──
※
俺は、吠えた。
※
帝と再会をはたし、結ばれ、幸せになったのだッ!
姫は、襲いかかる幾多の難題困難を切り裂き乗り越え、失われた記憶を汗まみれの執念で手繰り寄せ、時には歯がみするほどの悔しさと共に逆に突き放し、じたばたしながら取り返し、運命から逃げることなく真っ向から体当たりし――時には少しは傷ついたろう! だが、勝利をもぎ取り、全身を賭けて突き進み、涙を流して人を哀れみ、人を愛し――!
そして同様の帝と運命の大再会を果たし、強く、大いに幸せになったのだ!
(低俗おおいにけっこう、美術芸術お上品、クソクラエだ!)
バカヤロウ! そうなったに決まってる! それ以外、俺は認めん! 絶対――
姫は、幸せになった!
どうだ!? このやろう!
幸せになったんだ、だ、だ、だ――!!
──
──
──
※
習得したはずの声楽がすべて毀れていた。美を、調和を拒絶し、俺は、俺の──新しい『力』を、ぶち壊しの曲に、自分の『意志』をのせて、俺は、叫び、吠え、歌い狂っていたのだ。
俺は、そうとう気持ちがよかった。快感だった――
※
「……三四郎様。七千年前、ことを起こしたとき、私は、自分が神だとは、一言も申してはおりません」
俺がくたばってまたしても椅子に沈没したところで、カレルが穏やかに口を開く。
「――ただ、神が存在する、と説いたのです」
俺は――
信じてもらえるだろうか?
俺は――穏やかだった。そして、いつもの俺だったんだ。
想像してみてくれよ。神人二人に、プラスとんでもない存在一人を、向こうに回して、この俺は──
もしかして、さとりの境地に立つ聖者のごときほほ笑みってやつを、自分のくちびるに浮かばせていたりしてたんだよ!
俺は、言い切ってやった。
「お前は自分が言うように、へぼでも愚かでもないんだ。それどころか、偉大な預言者だ。俺には『わかる』。俺にはわかるんだ。……神は、すべてをご承知だよ」
「……」
俺は――頭を振り、そして晴れやかに宣言した。
「この件は、これでお終いにしよう。……みんなで……カードゲームでもやらないか?」
「――」
「――」
「――」
本当に終わりなのか、また終わらせていいのか、正直、誰にもわからなかったろう。
ただ、今日今夜、この宇宙の夜。それは明るく暖かく、豊かな一夜であらんことを願うのみ――
同感してくれるだろう?
そしてだ。俺には、かけがえのない友達がいたんだ。
タフネス・英雄・アリアが、さすがだね、ほほ笑みながら受けてくれたのさ。
「コリない人ね! また丸裸にしてやるから!」
どうだ? ──うらやましいだろう。




