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第四章 はるかなるもの・18

 俺は口を開いた。重苦しい雰囲気を払うように声に力を込めて、

「この富士山が、その宇宙船なんだな?」

 カレルは、そうです、と頷いた。俺はさらに念を押した。

「カレル。お前は、つまり、この宇宙船そのものなんだな?」

「その通りです。私はこの船の本体であり、分身でもあります。――私には、何にでも『変身』できる能力があるのです」

 ということは、

「……結局、隕石説が『当たり』だったわけか。それにしても……」

 思わずため息がついて出た。

「……よくぞ二百万年も、壊れずにいたものだ」

 カレルは、すこし明るさを取り戻したようすだった。

「優れた機械は、必要十分に寿命があるものです。我々の機械は、つまり優れていたのでしょう」

 とたん、フロアの隅の照明が一つ、はげしく瞬き、ついにはボフッ、と煙を吐いて光を消した。

「おいおい……」

 カレルは人間臭く肩をすくめた。

「大丈夫です。これくらい愛敬というもの。たかが二百万年、されど二百万年。多少ガタがきていますが、逆説的に言えば、健康な証拠です」

「ホンマかいな……ところで」

 俺は口調を改める。

「――先ほどからお前は、『我々』という言葉を使っている。ということは、お前は、自分自身のことを、マスターと同じレベルの存在なんだと、考えていることになる。カレル、お前は人間なのか? 逆にマスターは、お前と同じ形態をしているのか?」

 というのも、『機械人間』ならば、先ほどの三つの『生物的特徴』を、上手に説明できるような気がするからだ。だが、カレルはこの点については答えなかった。

「私は、マスターによって作り出された人工生命体(ロボット)です。従って、一個の独立した生命体ではありますが、マスターの下位に位置する存在です。ですから正確には、マスターと私、という表現になるのかもしれませんね。

 しかしながら、私はマスターにその『人格』を認められた存在なのです。この点、ささやかながら誇りとしております。ゆえ、他者に自分を紹介するときは、マスターの身内になるのです。

 これは、皆様方も同様の習慣をお持ちではないでしょうか? 三四郎様、例えばあなたが仮に若輩者であったとしても、他者に対しては、自分は名流・千鳥家の者だ、と名乗るでしょう?」

 俺は納得する。だがさらに質問を重ねた。マスターの正体が、無性に気にかかっていた。

「お前の子供、マスターたちは今、どうなっているんだ? 冷凍睡眠中かい?」

 カレルは首を振った。

「すでに、皆様のお目にかかられております」

「……」

 意味を理解するのに時間がかかった。

「……カレル、そんな人物は思い当たらないよ。いつ、どこで、どなた様が?」

「下の、湖で……」

「いや、だからあのとき、俺らのほかにはだれも――」

 その瞬間、体に衝撃が走った。自分の思いこみの間違いに気付いた瞬間、だった。

「――!」

 まさに、『彼ら』は『奇跡』の生命体だったのだ──

「その通りです」

 カレルが悲しそうに返事した。

「皆様から見て、『ゴリラ』のような動物。――彼らが、私のマスターなのです。栄光の昔とは、あまりにも変わりはててしまった、今のマスターのお姿なのです……。

 遺伝子工学の技術を使い、初期の段階で染色体のセット(ゲノム)を操作していれば、なんとかなっていたのかもしれません。ですが――私は、その手段は採りませんでした。いくらなんでも――それは――


 ――マスターが、わたくしの『下位』の――生命体に、なって――しまうじゃありませんか!」


         ※


 言葉を失った俺に代わって、静が口を開いた。

「僕らが見た、十二人で、全員なの?」

 カレルは頷く。

「彼らはみな成人体でした。子供はいなかったようでした」

「もはや、マスターに生殖能力はございません。――私は、神のごとく振舞いすぎたのでしょうか? 罪を犯したのでしょうか?」

 静は平らかに、誠実に、しかし力強く言い切った。

「最善を尽くされたと思います」

 カレルは、涙腺があったら涙をこぼしていただろう。静はさらに尋ねた。

「僕たちを、ここに招いてくれた理由が知りたい」

「お気づきでございましたか」

「あの、都合のよすぎる地震から、なんとなく疑問に感じていました。招いたとしたら、少し乱暴な手段でしたね」

「実に勘が鋭い。そうです。裾野、洞窟を含む富士山全体は、私のコントロール下にあります。あの地震は、またその前段階の悪天候は、私が起こしたものです。皆様を誘導するために。あと、皆様の人物を計るために。

 もし、招くに不都合と思われる人たちでしたら、富士山をちょっとだけ嫌いになってもらってから、外に導き、お帰り願うところでした。

 皆様は――僭越ですが――合格と判定いたしました。立派な冒険者です。私は、皆様のような方々と、お会いしたかったのです」

「なぜ?」

 カレルは、居住まいを正した。

「小春静様、千鳥三四郎様、アリアドネ・ストラベラキス様。――わたくしの、『マスター』になっていただけないでしょうか?」

 唐突な、発言だった。静は沈黙し――


 ――そして、アリアが唐突に口を開いた。カレルに負けぬ、理論理屈を超越した発言だった。


「カレル、キミが『青い鳥』なのね?」


         ※


「ボクはこいつらのようにアマくはないからね! キミはまだ何かを隠してる!? さあ、きっちりと白状してもらうわよ!」

 アリアは決め付けた。

「地球人類史上、時折出現する『青い鳥』は、キミだったんだろ? キミしか当てはまる存在がない! もっと言うとカレル──」

 アリアの言葉が爆発した。

「キミが、地球の宗教を、『創った』んだ! 違う?」


 俺は反射的に叫んでいたのだった。

「なんだって!? おいちょっと待て――」

 だがアリアは止まらない。

「カレル、さっきの話を聞いていて、一つ気になった点がある。キミのかつてのマスターと、ボクらセイレンの、その超能力があまりにも似通っているということに。

 ボクやノーリは怪力だ。そして神懸かり的な治癒能力を持ち、さらには他人に自分の思い描いたイメージを見せることができる。この三つの標準能力スタンダードアビリティのほか――マスターのように『頭』はよくないけど、代りに――ボク・セイレンとノーリには『声』という固有の特殊能力スペシフィックアビリティがある!

 このボクの能力は、母をはじめ、代々先祖から受け継いできたものよ。では、そもそものはじまりは? カレル、キミがそうね? キミしかいない。ではなぜ、そんなことをした? もちろん──


 マスターの再現のためよ!


 キミは、マスターの運命を悟ったとき、せめて何らかの形で、彼らの存在を残そうと考えた。この宇宙に彼らの栄光を、なんらかの形で刻み付けたかったのよ! これはキミの、それはそれはとても強烈な欲望だった!

 ――ではどうやって?

 それは、彼らの特質を、地球人類の中に、現出させてやることによってだわ!

 ボクら人類に、人類の中にセイレンのような者が存在する不思議、その不思議に気づかせ、その意味を考えさせることによってよ!

 人類はこの先どんどん発展し、やがては宇宙を飛ぶ日が来るかもしれない。だけど、どんなに科学技術が発展しても、このセイレンの不思議は残る!」

 アリアは両腕を広げた。

「ああ、地球人類が遠い未来、この銀河を支配する日が来ないとは、だれにも断言できない! だけどもし、それが成ったとき、そのときこそ、キミの思いは成就する。――ここに我らあり!!

 ……ただ、マスターの特質を地球人類に刻み付けるのはいいとして、キミには不安があった。マスター自身が失敗してしまったように、結局、地球人類も滅んでしまうのではないかと。それで、ボクらを律するプラットフォーム、すなわちシステムを先回りして作り上げた。


 ──それが、宗教よ!」


 アリアは圧倒的に語り終えた。


         ※


 カレルは、静かに拍手した。

「お見事です。……そうです。私が『青い鳥』です。この場で、タイミングをみて、自分から明かすつもりでいましたが……早々とバレちゃいましたね。」

 彼は両目をつむる。

「私は人間に『化ける』ことができます。なに、人造スキンを被るだけです。そして……。

 そうですね。

 三角形のホバークラフトに乗って、上空を飛ぶその光景は、当時の地上の素朴な人から見れば、それは『青い鳥』と認識されましたことでしょう……」

 誰も何も答えない。それぞれがそれぞれの思いで頭がいっぱいで、言葉が出てこなかった。

 カレルは目を開く。急に、哲人の顔になった。

「……私はマスターを再現しようとし、同時にそのマスターを含む全地球人類を対象としたプラットフォーム、その調和・存続のためのシステム……ああ、こんな言い方をするのをお許しください……システムを作りました。……『宗教』です。

 私が作った宗教には、二つの目的がありました。一つは、今アリア様が指摘された通り、『善』の究極の保証人制度を作り上げることです。現存の宗教にはみな、戒律というものがあります。いわく、汝殺すなかれ、傷つけるなかれ。盗むべからず、嘘をつくべからず、誨淫すべからず。……人が信教を持っていますと言うとき、その戒律の存在によって、その人物は少なくとも、社会的に善人だと『保証』されるのです」

 アリアが鋭く反応した。言葉がほとばしる。

「それはあなたにとっての善よ! いまの地球を見てごらん!? それが原因で、争いばっかり!」

 辛辣な言葉。

「そうです。善は相対的です。この世に絶対的な善は、いや、絶対的なものは何物もありません」

 彼は、出入りする空気なしに、ため息をついた。

「宗教って……」

 穏やかな呼吸のような自然さで、静が――当惑げに――口を挟む。

「……宗教って、個人の悩みを解決する働きをするもの、だとばかり、思ってた」

「おっしゃる通りですね、静様。今ここでは、宗教という形を借りてわたくしめが目指した目的についてお話していますので……。いたらぬ点は、どうかご容赦ください」

 カレル、こちらに向かって深々と一礼。

「宗教を作った、と簡単に言ったけど、よくやれたものだと思います」

 カレルは控えめに微笑んだ。

「生物にとっての最大の真理、絶対の事実。『死』を、言わば担保に取れましたから。そこをとっかかりにして、なんとか……。

 コトを起こしたのは、今からかれこれ七千年も昔のことです。少しずつ少しずつ……。結局……しくじりました。二千年前に、私は自分の存在を消しました。手のつけようがなくなってしまったからです。宗教は過去ではない、まして未来でもない。まさに今、生きている人のためにその存在価値がある。だけどいつの間にか、人は来世に、この世よりもあの世の世界に、より重きを与えてしまった。みな、叩かれたら痛い、生きている同じ人間だということを、忘れてしまった」

 耳が痛い言葉だった。アリアはかまわず促す。

「……それで、二つ目の目的は?」

「端的に言えば、地球人類の科学技術の発展を遅らせるためです」

 カレルは、しれっとして答えた。

「この富士山の中身を、早々に知られるわけにはいかなかった。私には、マスターを守る責任があった」

「それが、さっきのいわゆる『善』の、いい見本よ!」

「本当ですね。……とにかく、世の中の不思議はみな、神様のせいにしてしまえばいい。ラクチンです。この風潮のもとでは、科学はそう発展するものではありません」

「だけど、それでもここまでは来た。多大な犠牲を払って!」

「決して悪意があったのではありません。端的と言ったのは、その意味です。ただ、科学は、良識と共に発展してもらいたかったのです。何千年かかったってよかった」

「知らないなら教えたげる。万物は加速するのよ! 科学の発展もまたしかり。宇宙を飛ぶ日がくるのも、千年も未来の話じゃないわ!」

「おっしゃるとおり、千年もかからないでしょう。よくぞここまで発展させました。地球人類、万歳。お見事と言うよりございません。

 ある者は弾劾され、ある者は屈服させられ……。私は、その歴史すべてを記録しております。ですから――お見事としか言えません」

「ここもいずれ、見つかっちゃうわよ?」

「そうですね。この調子だと、あと百年もしないうちに、この存在がバレちゃうでしょうね……」

「どうすんの?」

「現実的な話をします。その百年後が来るよりも――マスターが滅亡する方が、『先』です」

「……で、そうなったら?」

「出て行きます」

 カレルは『断言』した。

「地球人類の独自の発展のためには、私どもは邪魔な存在です。私はそのように考えます。――天の柱消滅による人類への影響を最小限に留めるため、人々の記憶から、富士山の柱の部分の記憶のみを『消し』去ります。また、これまで人類が作り貯めてきた富士山に関する全資料、文献、絵画、造形、映像その他を、『作者ご本人その人が知らないうちに創った無害なフェイク』と交換します。ご安心を。本物は『時期』いたるまで『完全保存』、『返却保証』。また『本物であるフェイク』は、当然ですが『価値』を含有するものです」





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