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第四章 はるかなるもの・17

 地上では、星空は見上げなければならないものだった。

 ここではそれが、椅子に楽に座ったままで、正面に見える。ドームは、満天の、銀に光る大河にいだかれているのだ。

「カレル、お前は何者なんだ?」

 俺は、そう声をかけた。何もわからなかった。その大きな疑問を、どう口にすべきかさえ、迷わねばならなかった。

 そして今、目の前に座っている不思議、カレルがいる。カレルよ、お前は何者なんだ? お前自らが質問し、答えてくれるがいい……。

「我々は宇宙人です。……宇宙のかなたから、この地球にやって来ました」

 彼は緩やかに話をスタートさせた。それは、その出だしに相応しく、長い長い物語だった――


「我々の母星は、現在の地球から見て、射手座の方角にありました。なぜ、過去形でお話ししているのかというと、もはや母星は物理的に存在していないからです。

 我々――(ここでカレルはちらりと自分の体を見た。)正確には私のマスターですが――は、高度に科学技術を発展させた人類でありました。

 効率の追求を至上の主義とし、ついにはその科学技術で究極の学習システムを作り上げ、人類一人残らず、高度な『知識知能』を有するまでに至ったのです。結果、人類は繁栄のインフレーションを起こし、同時に個人間の思想の溝を、想像できないほど深いものにさせてしまいました。それが戦争科学の勃発、最後には母星の破壊という結末に、つながったのです」

 カレルは間をおく。小考ののち。

「もう少し、マスターのことを紹介します。

 彼らは、もともと、大きく三つの、生物的特性を有しておりました。

 一つ。驚異的な『怪力』の持ち主でした。

 二つ。自他の『治癒』能力に恵まれておりました。

 三つ。自分の思考、意志、感情の、一方的『発信』能力に長けておりました。

 ……こう言ってはなんですが、私のマスターは、まさに、天使のような奇跡の生命体だったのです。

 その特性に、後天的(アポステリオリ)な『頭脳』が加わったのです。

 まさに、無敵でした……」

 カレルの機械の顔が、少しくもる。(俺は、機械の顔がくもるさまを、初めて見たのだと思う。)

「ただ非常に残念なことに、暴走する彼らを抑制する倫理学が、規制するための人類共通の思想的基礎、プラットホームの構築が、追い付かなかったのです。

 やがて、個人の利益が最優先され、他者のことは無視されるようになりました」

 カレルは、こちらの想像が追いつくのを待って、物語を続けた。

「母星が崩壊する寸前、マスターはようやくことの重大さの認識を共有し、無期限の停戦を取り決めました。

 そして、思想が同じグループごとに別れ、それぞれの宇宙船――この船です――に乗り込み、この後は互いに不干渉のルールのみ定め、好き勝手に飛び去りました。……そうですね、地球時間で、今から約二百万年前のことです」

 カレルは続けた。たんたんと。だがさらに、内容が暗くなっていた。

「ところで、同じ思想を持つ人々がグループになったはずだったのですが、その中からも分裂・対立が発生したのです……。

 人々はこの宇宙船内で『戦争』を起こし――全滅しました。かろうじて生き延びたのは、協定を取り、事前にカプセルに保護されていた二千二百七十一人の未成年者たちでした。彼らは残された希望でした。

 ところでその戦争の影響で、宇宙船も大ダメージを受けていたのです。

 希望を潰すわけにはまいりません。

 宇宙船は周囲の宇宙空間を緊急スキャンし、この地球を見つけたのでした。

 宇宙船はこの地球に着陸し、修理活動を開始しました。さいわい、材料とエネルギー、時間はたっぷりとありました。修理は無事、終了しました。

 ところでその時、宇宙船は考えたのです。

 このまま、宇宙に飛び出してもいいのだろうか? 子供たちはいずれ成人します。また、同じことが発生しないだろうか? そのとき、周囲に何もなかったら、どうするのだ? 今度こそ間違いなく、全滅してしまうだろう……。

 それは教育しだい、と思われるかもしれません。ですが、それで我々の特質を押え込むには、限界があります。現に、母星はご説明したとおり失敗しています。そして――


 宇宙に出たとして、我々はどこへ行ったらいいのでしょうか?

 我々は、何をめざしているのでしょうか?


 我々の人類の再興?

 だとしたら、現在着陸しているこの星でもいいのではないだろうか?

 この星で、我々は再び栄えたらいい。……というわけで、私は、この地球に腰を据えることにしたのです」

 カレルは一旦口を閉ざした。しばしの沈黙。

 やがて、

「……キミが二百万年歳だとは、ちょっとタマゲタわ」

 アリアがいくぶん羨望をこめて口を開いたのだった。


「ところで、よく地元人類と、トラブルにならなかったものね?」

 彼女は現実的だ。カレルのSF的な物語を、苦もなく真実と受け止め、そして日常の出来事の一コマにしてしまっている。彼女は、逞しい。どこでも生き延びていけるだろう。

 カレルは微笑した。なんだか久しぶりの明るい表情のような気がするよ……。

「今から約二百万年前、まだ今の地球人類は存在していませんでした。今の人類、つまり新人――ホモ・サピエンス――が現れたのは今から約四万年前です。二百万年前では、強いて言うなら、猿人――アウストラロピテクス――が、人類代表でしょうか? ですが、その知的レベルは低く、はっきり言って他の動物とたいした差はありませんでした」

「恐竜はいた?」

 カレルはマジでのけぞった。

「それは七千万年前に絶滅しています! 二百万年の、うわあ、三十五倍もさらに昔です! ハアハア……失礼しました」

 カレル、ハンカチーフで、ありもしない顔の汗を拭った。わかってもらえると思うが、だれも突っ込まない。

「ええと、二百万年前には――そうですね、マンモスとか、サーベルタイガーがいましたね。威風堂々、見た目から言えば、彼らの方が地球の代表っぽかったですね。氷河期で、気候は穏やかでした」

「なつかしそうね?」

 カレルはほほ笑んで答えない。

「それで、キミの子供たち、マスターの子供たちはどうなったの? うまいこと繁栄した? ひょっとして、ボクらのご先祖さまになっていたりして?」

「……滅びました」

 その一言だった。アリア、口が開きっぱなしで、言葉が止まる。

「いや、正確にはまだ、滅亡はしていません。が、時間の問題です」

 彼の銀色の顔が、ふたたび、錆び付いたように暗く沈んだ。

「やはり、と言うか……。またもや争いが起き、今度こそ壊滅的状況に陥ってしまったのです。私は、彼らマスターの存続のため、働く義務がありました。……私は、そのとき初めて、強制的に介入を行ったのです。

 しかし、遅すぎました。人口は、激減してしまっていました。やむを得ず、私は、残された人々を冷凍睡眠させました。根本的解決方法では全くありませんが、それしか種としての延命策がなかったのです。

 ですが、いつまでも眠らせておくわけにもいきません。生物学的な、技術的な問題もありましたし……。

 十年に一度、起こして差し上げなかったら、そのまま死んでしまうのです。

 また、冷凍睡眠と言っても、肉体は極めて低速にですが、成長を続けています。いずれ、その個体は寿命を迎えてしまうのです。

 私は悩みました。悩んだ末――


 わたしは、残された全員の遺伝子情報を調べ、ベストの組合せを算出し、その……結婚させたのです。

 種の存続、繁栄を願って、です。私は運命に抗ったのです。


 しかし、絶対数が足りなかった。ほどなく、その、適切な言葉がなくて困るのですが――近親交配の不具合が発生し――」

 カレルは言葉を切った。彼は、苦しそうだった。

「――我がマスターの絶滅が、決定事項として、宇宙の神様に報告されてしまったようです。……何か、ご質問はございませんか?」






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