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第四章 はるかなるもの・16

 やがて映像が消え、まるで霧が晴れるようにエレベータホールが出現した。

「到着です」

 カレルが促す。踏み下ろす足が床を抜け落ちる恐怖に囚われ、歩き出すのに一瞬ひるんでしまった。

「なんか、体が軽くなったような気がする……」

 顔が幾分青いアリアがつぶやく。

「敏感ですね。たしかに地上と比べて、体重が三パーセントほど減っています。とはいってもわずかな数字ですから、アリア様のその感覚は、心理的なモノだと思います……。すぐになれますよ」

 カレルは三人を落ち着かせようとしているのか、ゆったりと喋った。


 気を利かしたのだろうか、今度は五光星すなわち☆形の、さらに椅子付きのホバークラフトが待ちかまえていた。それに乗りこみ、移動する。五分ほど走っただろうか、赤絨毯が敷き詰められているフロアに到着した。そこからは徒歩で移動。ロココふうの螺旋階段を上ると、そこは、五十畳ほどの広さの、透明ドームだった。

 透明ドーム。意識せず三人は駆け寄った──

「! ……」

 ──


 そこは、富士山の頂上だった。

 そこは、だれもが憧れ、夢み、挑んだ場所だった。

 聖域であった。

 その──

 太陽と星々の黒い空のもと、富士山のてっぺんは──


 金属(?)製だった。


 機械だった。

 工場だった。

 パイプラインだった。

 プラント、であった……。

「……」

 なんだか……なんとコメントしたらいいのか、わからない。正直、興奮半分、拒絶、半分……なのだ……。

 ここは、真の頂上だった。目の位置より下に、これら人造建築物の数々が、半径三キロメートルの地平線にまで、目いっぱい広がっている。

 建築物は、太陽の光が当たる側と影の側で、白と黒の強烈なコントラストを、見せている──

「外は超低気圧、人体に有害な電磁波の世界です……」

 カレルは続ける。

「これがいわゆる、『神々の世界』です……」

「──!」

 カレルは容赦なく続ける。

「こんな光景で、ごめんなさい……」

 カレルは問答無用に続ける。

「視界に広がるのは、我々の『富士山』維持設備群です。各種天体観測装置、気象観測装置、実験棟、生産プラント、保全設備、通信システム、光発電システム、推進システム、産廃処理システム……」

 カレルはいちいち指差して、丁寧に教えてくれるのだった……。


 ここは、地球一高い場所だった。

「『富士山のてっぺんに登る』、は、不可能を表す慣用句でした」

 静が、ようやく、といった感じで声を出した。

「だが僕たちはここにいる。今や、この世に不可能はなくなってしまったのでしょうか」

「……替わりを探すさ」

 と俺。

「……『月』なんて、どう?」

 とアリア。続けて、

「不老不死を実現するよりも、月に到達する方が、まだ容易い……。そのココロは、月になんて行けっこないから、なおさら不老不死なんてムリ……?」

 俺はいきなり恐怖にかられて、カレルを見た。

「――可能なのか?」

 カレルは肯定した。三人を順に見て、

「お望みなら、この国柱を月に届かせもいたしましょう。お安い御用です。――また、あの湖ドームに、この富士山を沈没させてご覧に入れてもいい。と言っても、これが一番難しい。なんたってあのドームは、この船の『内部施設』なんですから。――ところでセイレン様、不老不死をお望みですか?」

 アリアは青ざめて――答えられなかった。カレルは誰の返事も待たず、穏やかに。

「どうぞお掛けください。食事の用意ができました……」


         ※


 人間というものは案外タフにできているもので、少しの時間さえガマンできる勇気を与えてもらえたら、大抵の問題は『なんとかなる』もんである。

 最初、三人はぎこちなく円形テーブルの席についたのだが……やがて、いつもの調子を取り戻していたのだ。人間の精神は崇高にして偉大である、と言っておこう。


 はらぺこだったのを思い出したのだ。


 料理はフレンチ(さすがにジャンパーは脱いだよ)だった。俺達は遠慮なく堪能した。

 メイドの服装をした数台のロボットが、次から次へとごちそうを運んでくる。どれもこれも、くっそう〜、泣くほどうめえじゃねぇか、あとで憶えてやがれ(意味不明?)、てなほどの素晴らしさ。

 ついでながら、甲斐甲斐しく給仕してくれるメイドロボット。彼女ら(?)は目にも明らかに、カレルとは――なんて言うか――別物、という感じがした。知性が感じられず、まったくただの食事運び装置――といった感じだった。せっかくのメイドさんなのに、なんとなくそこが残念な気がする。

 比べて俺の二人組。俺は久しぶりにフォークとナイフを手にしたのだが、横では、アリアが静に、その使い方を教えている。仲のよい兄妹――もしくは姉妹?――を見るようで、こっちは見ていて楽しい。ほほ笑ましい。心が豊かになるようだ。だから。

(こいつら二人とも、俺のモンだからな……)

 と、子供みたいなコトを思ってしまうのだ。

 急に、自分で勝手にテレくさくなった。顔が熱くなる。――まったく我ながら、呆れちゃうかぎりだ!


 ワインは上等で、肉もジューシーだった。大いに食べた。カレルがほほ笑みながら見守る中、ゆったりと、時間が流れた。

 やがて太陽が富士山頂の地平線に沈み、下から吹き上がる荘厳な光のカーテンを演出した。ついで、地球の稜線の向こうに沈み、そして、黒い夜が訪れた。黒と言っても、あの暗黒の洞窟とはまるで次元が違う。なによりも、ここには確かな広がりが感じられる。

 勇気とは素晴らしい。待てることは素晴らしい。

 満天の星々がその光を強め──今こそ迷いなく断言しよう。


 掛け値なしに、ここは、神々の世界なのだ――


 (フロア)自体が柔らかく光を放ちはじめ、ドーム内がふんわりと明るくなった。

 三人は静かにコーヒーを口にした。

「ご馳走様。とてもおいしかった……」

 口々に言った。

「皆様のご満足は、私の喜びであります」

 カレルが嬉しそうに受け答えた。





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