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第四章 はるかなるもの・14

 訊きたいことは山ほどあった!

 ここまでマジメに苦労して、なのに、本当に――これはいったい――なにがなんだか――なにがどうなって――そしてお前は何なんだ!?

 が、静に先を越されてしまった。

「はじめまして。小春静です。ノリと呼ばれています」

 あうう、もう! こいつったらもう……! なんでこいつはそんな当たり前って態度を取れるんだ。ロボットを見ると、挨拶をもらえたからか、もううれしそうに機械の目をパチクリパチクリさせているぢゃあないか!

 こうなったら、仕方ない。

「俺は千鳥三四郎! ユダがニックネームだ。呼びやすい方でどうぞ」

「ご丁寧にどうも、どうも」

 アリアはくすくすと笑いながら名乗った。腰に両手を当て、

「アリアドネ・ストラベラキス・セイレン。アリアって、呼んでね!」

「レディ、感激です」

「……もういいな?」

 俺は多少焦れながら皆を見た。早く本題に入りたい。さあ、訊くぞ。いったい――

「ああ……」

 いきなりロボットが遮って気勢をそいでしまう。

「――なんだよ、もう?」

「私も、ネームがほしいです」

 気分だけだがずっこけてしまった。どーゆーことさ、おい?

「名前、ないのですか?」

 と静。

「正式名はもちろんあります。けど、皆様正確に発音できません」

「お約束だあ……」

 と、これはアリアだ。なにがお約束だなにが――!

「――カレル! 決まり!」

 俺はいきなり決め付けた。名著『ロボット』の作者で、いずれはノーベル文学賞を取るであろう人物の名前だ。もったいないくらいだがこの際だ、借用させて貰おう。

 二人に異論はないようす。アリアは目をくりくりさせ、静はちょこっと肩をすくめただけだ。

「カレル! とても気に入りました。ありがとうございます。私は、皆様のトモダチです。皆様の便宜をはかりましょう。なんなりとお申しつけください」

「よし!」

 やれやれ、ようやく話ができる。――ところが。

「つもる話は、あとでゆっくりと致しましょう」

 カレルがまたしても遮った。

「それよりも皆様。そのお姿、汚れたままじゃ、ご不快でしょう? まずお風呂に入りませんか?」

 誰が口を開くよりも早く、アリアが喜びの叫びをあげた。

「お風呂!? 大賛成!!」

 目がうるうると輝いている。

「ああ……」

 これはもう、どうしようもなかった。何はさておき、こうなってしまったら、もうお風呂しかない。

「しょうがないよ。……ごめん。じつは僕も、猛烈に入りたい」

 頭から爪先まで、服の中まで土だらけの静がささやいてよこした。至極ごもっとも。

「……そうだな。俺だって泥んこだし。こうなったらハラ決めよう。風呂ォ入って、落ち着いて、腰据えて、ゆっくりやるさ……」

「ねえ、早く! お風呂、どこ?」

 アリアがせっつく。カレルは機械の唇を優しくカーブさせ、そのほほ笑みとともに右手を差し伸べた。――湖の方に?

 そのとたん、ドームが一変した――

「!――」

「!――」

「!――」

 ――


         ※


 そこに、真夏の海が出現したのだ!?

 その、なんて鮮やかな色――!

 虹のように透明な海と、どこまでも高く青い空! やあ、美しや積雲(キュミユルス)の君たちよ!

 その真っ白い雲が、熱い、それはもう熱い『南風』に吹き流されて――


 ――おお、波だ!?


 海の波がやさしげに浜に打ち寄せ始め――互いにすり合う砂の歌声を響かせる!

 ああこれぞ、『南の島』の歌の舞台か!?

 ああ、さっきまでは地底湖だったのに!?

 セイレン、またはノリの仕業の幻覚か? たんなる脳内現象か――?


 否! そうではない!


 波と風は本物。そしてこの光景は──?

 肉眼が見る、まさしく現実の光景――!

「おお、そうか……」

 恐らくは、無限個の光る砂粒をコントロールして創り上げた、総天然色映像、三次元大パノラマ――

 おそらく確実に、人類が初めて目にする、ウルトラ・テクノロジーだった――!


「海の風景をセレクトしましたが、もちろん海水ではありません。湖の淡水です。その水質は任せて下さい万全管理。水温はお喜び下さい快適温度。なんなら、熱くもぬるくも、お望みどうりにいたします」

 海の子アリアにはたまらなかったろう! 最後まで聞いていなかった。

 歓声を上げながら駆け出し――服を脱ぎ捨てはじめたのだ!

 上着を脱ぎベストを脱ぎ、あのクソ重い登山靴をもどかしそうに外して蹴飛ばし、うわっ、ニッカーボッカーを脱ぎ、ああっ、シャツを脱ぎ、あああああブラを外し投げ捨て、うわあああパンツを――(……クラッ……)――脱ぎ捨て、靴下を引きちぎるように脱いで、全裸になって――笑顔満面で振り向き――(……ぷるるん……)

「カレルー、アンタ最高! すごいよ! 石鹸とタオル、着替え、よろしくねー!」

 南の海に、イルカのようにダイブした!

「ヒャッッッッ、ホーッ――!」

 ザバンッ!

 そこはまだ膝までしかない遠浅の海。アリアは立ち上がり、金髪が生気を得たかのようにキラキラ輝き、肌はピチピチと玉のような水滴をまき散らし──またダイビング!

 横を見ると静が、顔をまっ赤っかにしながら、鼻血をにじませ、視線はもう、釘付けのまんまで――

 ――うわ!?

 こいつも脱ぎ出した!!!

 いや静は男だから、なにもそんなに驚くことないんだが、とは言ってもこいつの場合、なんとなく目のやり場に困るのだが。――わっ、こいつも対抗して走りながら脱ぎはじめたぞ!? そう言えばこいつのお国では、まだ混浴の習慣が残ってたっけ? どうでもいいことだけど――ああ! とうとう静のやつもすっぽんぽんになって、ううっ、てめぇケツが丸すぎるぞ! でも確かにぷるん、立派に男の子で、ぎゃー、いやもう、そうこうする間に――さすがに遠慮したのか――アリアの左横十メートル辺りに飛び込んだ! ザブッ! ぶはっ!

「アハハハハッ、いい気持ち!」

 あの静が大きな歓声を上げる――

「……」

 ――ああ、そうさ!

 俺も続いたさ!

 やけっぱち半分――

 そうだよそうだよ、小心者だよ俺は! もう真っ赤になって、ババッと脱ぎ捨ててさ──

 だけど、パンツを脱いで(ぶるん)クソ力一杯投げ捨てたあたりで、ヤケよりもなによりも、眼前の海の水を体一杯に浴びたいという(不思議な)気持ちの方がものすごく強くなり、これまた歓声をあげて飛び込んでいたのさ。

 アリアの右横十メートル――なんか、お互いなんて絶妙な配置と距離なんだろうと思う――ドブンッ!

 でも──

 でも──

 ザンッ!

「うおおおイヤホーーーーーッ!!!」

 この海──もちろん、最高だった!


 それで――

 それで――

 野郎二人は背を向けて、遠慮の気持ちが確かにあったんだけど――

 くすくす笑いのレディが、忠実なる(しもべ)を従えてさ。こっそり忍びやってきて、いきなり水かけ戦争になってしまったんだ! バシャバシャと腕を振り回し、水飛沫をあげてお互いの周りを走り回り、笑い、歓声を上げ、また水をぶつけ合い――ようするに、俺たちはまだガキだったってことだ! すっかり遊びに夢中になってしまった!

 アリアと静の神人コンビが俺の両手両足をつかまえ――え、え、え、おいおいおい、と思っているうちに、いち、にの、さんッ、で思い切り空に放り投げられる!

 お前ら──ウソ――冗談抜きで高い!

 ヒャエエエエとへなちょこな悲鳴の糸を引いて――俺は海に落下し(どっぱーーーんッ)、水面でしたたかに体を打つ! いや、痛テえの何の――! お返しに俺は、千鳥流一千年の奥義──でもなんでもない、とにかくなんかスペシャルな柔術密着技を喰らわしてやろうとハダカの美少女・美少年を追いかけ回し――!

「きゃー<ハート>」

「きゃー♪」

「ギャーッ!」

 笑って笑って腹が痛い!

 鬼ゴッコした!

 泳ぎ、潜り、また走り、また泳ぎ――

 ときには青空を眺めてぷかぷか浮かび――

 そしたらいきなり水中に引きずりこまれ――ぶくぶく!

 うお!? スゲェ、(うお)が泳いでる!?

 水中立体映像だよこりゃ。

 なんてカラフル!

 いや、もう――

 こんなすごい風呂、生まれて初めてだった!

 ――





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