第四章 はるかなるもの・13
呆然と立ち尽くしたまま、どれくらいの時間が経ったのだろう? 数千年だろうか。ひょっとして、たったの数分間だけだったのかもしれない。
我に返った。
どこからか、音が聞こえる。
右手方向──そちらに首を向けると、約百メートル先のドームの壁に、トンネルのような穴があり、そこから――
ああ、そこから――
動物――!
ああ、あれは――猿だ!?
全身毛むくじゃらの、ヒト形の動く物――やっぱり猿だ――が、十数体、トンネルからわらわらと出てきたのだ。
遠目でもわかるが、体高がかなりある。つまり大きい。既知の動物で例えるなら、どうにもゴリラのように思えてしかたない。認めたくないことだが。
「……ゴリラだな?」
みんなにつぶやく。
「ということは……?」
と静。
「『影ゴリラ』?」
とアリア。なんとテンポのいい会話だろう。
むこうも、こっちの存在に気づいたらしい。
「うう……!」
思わず神に祈りかけたものである。実は、とてもいやな汗が背中を流れている。
そして。
不気味な数秒の静寂のあと――ヤツラは――突如として走り出したのだ。こっちに向かって――
光り輝く白浜を蹴散らし、吠え声をあげ、示威のつもりか、三メートル、五メートルと高飛びをしながら――!
「……ということは」
「あいつら……」
「『神獣』って、わけね」
顔が引きつる。どおっと、疲労が体にのしかかった。
ああ、やっぱり――!
ああ、またか――!
空恐ろしいスピードで、悪夢が群なし押し寄せてくる。
ゴリラのような影猿の神獣ってことは、きっと、熊や狼よっか『ずっと』頭がよくて、『強力』な腕力脚力の持ち主で、そしていやになるほど『タフ』なんだろうな!
それが十数体――
対して、今の俺らったら……。
ああ、ほんと冗談じゃない!
※
結局のところ、戦闘にはならなかった。
数えて十二頭。異様な青い瞳のそいつらと十メートルを隔てて睨み合い、一触即発の状態がまさに臨界点に達する直前で、水入りが入ったのだ。
「@?£???!????\¬\♪@μ?≫!¢?????,????????!£??????????????1???????!¢♪@???μ?♪¢£±!!!!!」
どこからか声(?)らしき音が響き、とたん影ゴリラたちは動きを止めた。――今またしても意味不明な声が聞こえ、その命令(?)は絶対らしく、ゴリラたちは大人しく、ぞろぞろと引き返し始めたのだ。
俺は、まるで『こん棒』のような、安堵の太い息を吐いた。
――ああ、よかった!
そばで二人もほっと息をついている。
もし戦っていたら、正直十秒と持たなかったろう。やっかいなことにならなくて、まずは本当によかったと思う。
だが、これで終わったわけでは、もちろんない。
俺は二人に手で合図し、待機させた。代表はこの俺だ。数歩前に出て、身体を自然体に保ち、相手の出方を待つ。
相手! もちろん、今、声らしき音声で、ゴリラをコントロールした、何者かのことである。
なめてもらっちゃ困る。こんな意味ありげな出来事、無事でああよかった、で何もかも忘れてしまうほど、こっちは盆暗ではない。こちらを観ている誰かが、絶対いるはずだった。
と――
やはり――だった。
影ゴリラが彼らのトンネルに消え去ったあと、そこから、一体の動く物が、現れたのだ。
「!」
顔面が冷たくなるのが、顔面の筋肉がこわばるのが、自分でわかった。
そいつは、こんどこそ『人型』で、しかも、『服』を着て、『乗り物』に乗っていたのだ!
乗り物――
黒い、四角く薄っぺらい、板状の物に立ち乗りしながら、滑るように、みるみる、近づいて来る。
もう、何が出てきても驚かないつもりだった。しかし!
その人型は――
アリアがぼそっと、
「『影人』……?」
「……歌う準備をすべきかい?」
近づくにつれ、判別がつくようになる。そいつは二畳ほどの広さの、まさに畳のように薄い四角い乗り物の上に、背筋をぴんと伸ばし、ある種の威厳を漂わせながらすっくと立っていた。
黒い乗り物の底面が青く光り、なんか、その──『光の風』のような、『光の圧力』のような、一種のエネルギーを吹き出しながら……つまり、地面から30センチくらいの所に浮きながら、砂を噴き上げることもなく、滑らかに、水平移動してやって来る。
そして、そして、そして――
――
――そして、それはわれらの目の前でぴたッと停止し、機上の人物は――
――
――コケた。
……こっちもコケた。
「おい……大丈夫かよ、おい?」
「あいたたたたた……」
そいつはいかにも『人間臭い』声を発し、『よっこらしょ』、とまで口にして立ち上がる。そして、攻撃意志がないことを伝えたいのか、ゆっくりと両手を上げたのだった。
ああ、その格好!
シングルのブラックスーツに、ストライプド・パンツ。白無地のウィングカラーシャツにシルバーグレーのネクタイ。そしてライトグレーのベストである。
いわゆるディレクターズスーツ、一般には『執事服』として知られている服装だ。――ちょっと、よごれちゃったけど。
その着衣から露出している頭部と手は銀色で――はっきり言う。それは、『金属』だった。
そいつは肌が銀色の、そして両眼が青色電球の――そいつは、『機械』だった。
いや、『人形』だった。
いや、そいつは――
「人造人間……?」
『ロボット』――俺んちの本棚には、チェコ国の作家、カレル・チャペックの『それ』があって、世間でようやく概念化された『その』知識がすでにあった。そいつは、つまりロボットだった!
ロボットは肯定の印として、首をガチャコンと縦に振ると、少しエコーのかかった声を発した。
「はじめまして。我々は、宇宙人です……」
「ふざけろーーーーー!」