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第四章 はるかなるもの・7

 翌朝は、俺も静も、なんとなくゆっくりと起きた。探検五日目のその日の予定は下山するだけだったので、気が緩んでしまったのかもしれない。

 乏しい水を乏しい火で沸かしてコーヒーを作る。空は、相変わらずの上天気。山を見上げると、雪の腹巻は、いくぶん上の方へ後退しているように見えた。せっかくここまで来たのに、これ以上登らないのは、もったいないことのように思えた。が、これこそ山の恐ろしさを知らぬ素人の甘い考えなのだろう。それに、今からまた登山を再開すると、今度は日程的に厳しくなる。予定通り、下るしかなかった。

 真っ直ぐ、北の麓へ。そこから時計回りに東に行き、来た道を辿って出発地点に帰還する、という予定。

 下山には半日ほどかかった。延々と続く下りがこれほど苦痛だったとは、予想外のことだった。滑るのはもちろんのこと、歩ける場所も無理矢理歩かされているようで、気を抜くと足が勝手に走ってしまうのだ。もうへとへとだ。当分、山へは行きたくない、なぜならこんな下りがあるから、と本気で思った。


 麓の比較的平らな地面に到着したときには心底ほっとした。堅く締まった水平な地面は、マイペースで歩けてそれが実に嬉しい。

 勝手なもので、今度は富士山から去りがたくなる。小川を見つけると、みんなで即決した。そのそばの丘の上に、今日のテントを張った。

 まだ日は高い。

 アリアはノートを取り出し、何やら書き始めた。時々鉛筆が止まり、富士山を見つめたり、鼻歌が聞こえたりしている。例の、カグヤヒメ、だろう。彼女は俺の視線に気づくと、ノートを抱いて挑むような笑みを見せた。


         ※


 夜。俺は静と並んで座り、焚火を見守りながら、ディベートを楽しんだ。テーマは、

「神様は存在するんだろうか?」

 である。

 もちろん、ここでいう神様とは、俺の側の、つまり西洋生まれの神様のことだ。こんなテーマ、一般ピープルは辟易するだろうが、知ったこっちゃない。

 討論はおそらく苦手なはず、と思っていた静は、科学的現実――水はワインに変わらない、無限の宇宙に知的生命体は地球人だけとは考えにくい、等々――を礎石にして、意外としぶとく論を構築した。「実際、宗教って、誰が創ったんだろうね?」「いや、創れるものじゃないんだ。そもそもその認識が――」などと延々とやりあっているうちに、

「……こちらからも質問するよ。数十億年後、地球はどうなっているんだろう。そのとき地球上の生物は、どうなっていると思う? 人間はどうなっていると思う?」

 と逆襲してきた。

「数十億年後……わからない。どうなっているのかな。もしかして、生物は絶滅しているのかな。つまり……俺の問いは、意味がないってことか?」

「僕もわからないよ。ただ、君の問いかけに対する、一番正確な答えだと感じるんだ」

 静の可愛い微笑みに、なんだかはぐらかされたような気がした。俺は意地になって、

「じゃあ今度は逆に、『過去』のことをテーマにしようぜ」

 と提案する。

「いわゆる、ノリ・ウイルスだね?」

 今宵の彼は、頭の回転が速いようだ。

「その通り。こっちの神様と違って、ノリのそもそものはじまりが、得体が知れない青い鳥。それから感染したウイルスだと知って、お前は空しくならないのか? まったくインスタントな神様じゃないか」

「確かに、初めの存在が立派で、感動的な聖なるものであれば、まともっぽい宗教な感じはするね。……けど、それは、どうでもいいんだ」

「青い鳥はどうでもいいのか? ちょっと、びっくり発言だぞ」

「僕は、先代にノリの『覚悟』を教わったんだ。――『継ぐべし』、それが答えだよ」

「継ぐべし……ノリの覚悟……?」

「初めがなんであれ、僕たちはそれを縁とし、仕事を興し、継続させてきた。途中、ピンチもあったらしいけど、さいわいなことに無事に僕の代まで持って来れた。もちろん、ただ伝承してきたんじゃないよ。ノリのその技で、多少は人様のお役に立ちながらだ。そこに意味があると思うんだ。そのノリの仕事を、過去ではなく今を、僕の心を、君には認めてほしいんだけどなぁ……」

 一度、言葉を切った。

「……それに、じいが言うには、僕は、『特別』なんだって? 意味わからないけど。……だから、青い鳥をそう、気にはしていないよ」

「……どうやらお前の爺さんには、一目置かざるを得んようだな? 実際、なかなか食えないお方だった」

「君に出会えて、じい、喜んでいたんだよ。このあいだは、ワザと君を怒らせたんだ」

「そうだろうと思った。どうせ俺は未熟者(ガキんちょ)だよ」

 アリアが二人の間に強引に体を割り込ませ、両腕で二人の肩を抱いた。

「ボクはお茶が飲みたいのだ!」

 これで、おしまいになった。

 詳しくは教えてくれなかったが、彼女は年下、新しき時代の大正娘のはずだ。だがこの包容力、度量の大きさはどうだ? 俺はなんだかおふくろに抱かれているような気がし、苦笑をもらした。


 そのあと三人はカードで遊んだが、男は二人ともアリアの敵ではなかった。二人ともぼろ負けした。

「たあいないわねえ! 本来なら、身包み剥いで追っ払ってるとこよ」

 とカラカラ笑った。

「ユダ! 今日はボクの――」

「お前の『一人勝ち』さ! まったく!」





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