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第四章 はるかなるもの・3

「富士山の成り立ちだけど、アリアはどう思っているの? それに、『青い鳥』との関連についても知りたい」

 静が言い、アリアはその静に向かって、優しくほほ笑んだ。

「ああ、ボクの『可愛い』ノーリ、何でも話してあげる。……ボクは、富士山隕石説を採る。富士山は、天から落っこちて来たのよ。そして、青い鳥はその富士山に乗って、宇宙からやって来たと信じている。それが自分の意志だったかどうかは、わからないけどね」

 俺はたまらず口を挟んだ。

「『生命の起源』とか、『怪奇現象』とか、わからないことはなんでもかんでも『宇宙』から来た、というのは、なんか逃げてるようでヤだよな」

「しょうがないじゃない。でもね、隕石説には最大の弱点がある」

「知ってる。もしこんなでっかいの(ギガント)がほんとに衝突したのなら、地球は壊れているはずさ。少なくとも、この付近一帯は大クレーターとなって、大々的にえぐれ、破壊されていなきゃならない。なのに現実はご覧の通り。豊かな山河、平穏な風景そのものだ」

「そう。だけどそれが状況証拠にもなりえる。青い鳥の、宇宙飛来説のね」

「……?」

「ボクやノーリは力持ちだわ。だったら青い鳥は、『もっと』力持ちだったってことでしょう?」

 俺はのけぞり返る。当然、突っ込みを入れる。

「ちょっと待て――お前むちゃくちゃ言ってるぞ。もしかして、青い鳥が富士山を担いで地球に下り立った、とでも言うつもりか?」

「イメージはそうね。青い鳥だって、自分の『住み家』が壊れるのは嫌なハズよ。実際にはどーゆーメカニズムが働いたのか知らないけど、彼がクッションの役をはたしたとしたら――話は通るわ」

「奇想天外だ!」

「なんとでもお言い!」

 アリアが舌を出した。

「僕にはまだわからないことがあるよ、アリア――」

 静が訊く。

「――なぜ、『青い鳥』なんだろう?」

 アリアはうっとりとした。

「ノーリ、キミは鋭いわ。そう。青い鳥が落っこちて来たとき――そのときは青い鳥はまだ、別のカタチだったはず。もしかしたら形なんかない、一種のエネルギーのような生命体だったかもしれない」

 宇宙に鳥がいるはずないからね、と俺。アリアはかまわず、

「富士山をかついで地に下り立ったとき、さすがのその生命体も、大ダメージを受けた!」

「……」

「瀕死の状態に陥ったそのとき、そばに近寄って来た地球の生物がいた。生命体は強烈な生存本能により、その哀れな生物に憑依してしまった。――それがタマタマ、青い鳥だった!」

 俺はまたしても頭がくらくらした。

「正気かよっ! 大丈夫かお前? じゃあなにか? たまたまナマケモノだったら? たまたま白黒パンダ――」

「シャーラーップ! 人の考え聞いてばっかで、じゃ、アンタはどう考えてんのよ!」

 逆襲してくる。だがそんなの、たいしたものでも何でもなかった。

「青い鳥は、『象徴』に決まってんじゃんか! 具体的なモノじゃあないよ! 何かの『現象』が、長い年月の末、青い鳥のカタチを与えられてしまった、といったところだろうさ!」

「ああ――」

 アリアは静に枝垂れかかると、三四郎に向かって冷めた流し目をくれた。

「――貧困、貧弱なアイデア! あたまカチカチ。オジサンみたい」

「ほっとけ! どうせ俺は明治生まれさ」

 寄りかかられて顔を赤らめながら、静、

「君は、青い鳥はまだ生きている、と信じているようだね。だけど三四郎――ユダは、二千年も前に、青い鳥は滅亡したと主張しているよ?」

 それは俺の、というか、教会の公式見解だ。探検出発前に、みんなには披露している。探検は、だからムダに終わるかもしれない、と──

 アリアは静の顔の間近で、意地悪そうにほほ笑んだ。

「どっちに賭ける?」

 甘い息。

「いや、そのう……」

「可愛いノーリ。青い鳥は生きている。絶対。なぜなら、あの『エド』がこの国にいるから。彼は、優秀なバードハンター、『鳥追い師』なのよ」


         ※


「鳥追い師……? 初めて聞く名前だ」

 と俺。エドからは、そこまで聞いていない。

「鳥追い師とは、かつて青い鳥と、モンスターと呼ばれるボクたちの『不良な方の同類』を、滅亡のふちに追いやった者たちの、『職名』なの。鳥追い師の歴史はすなわち虐殺の歴史だわ! 今も生き残るモンスターたちから相当恨まれている。覚悟はできてる、ユダ? キミはその鳥追い師の候補生なんだぞ!」

「ぜんぜん知らんぞ!? いや、青い鳥を退治したという話は確かに聞いたけど。そんな職名があったとは――ましてエドは、俺がその候補生だとは、一言も言ってない」

「そっちの事情なんてボク知らないけど、キミはエドから手渡された『鞭』を持ってるし。たぶん、まちがいないと思うわ」

「……」

「――話を続けるけど、青い鳥が滅亡したとされたときから、鳥追い師の職名と技は、歴史の影に隠れてしまった。だけど十数年前、それが名実ともに『復活』したのよ。……ユダ、キミの感知しないところで、『法王庁』で、何かが『報告』されたのよ? そして『世界第一級』の鳥追い師が派遣された。――この国に!!」

 アリアが唐突に感情を昂ぶらせた。

「――その彼を、ボクは追いかけて来たのよ! 今まで屈辱の毎日を送って! 意地汚く(ゼニ)を稼いで! 必死になって情報を集めて! 狂いかけながら言葉を学んで! この歳になって、やっと『自由』を勝ちとった!

 ――だから、ボクがこの国にいるの! 観光(サイトシーイング)しに来たわけじゃないの!」

 アリアに金色の炎を見る思いだった。気圧されるものを感じながらも、俺は口を開いた。

「……アリア、お前の思い過ごしの可能性は、少しもないのかい?」

「このあいだ目の当たりにしたじゃない! エドは、実戦的な鞭使いよ! その彼が、なぜこの国にいなきゃならないの?

 ……

 ……そうね、これも状況証拠。キミの言う通り、ボクの勘違いかもしれない……」

 急にトーンが落ちた。

「青い鳥が、見たいんだね?」

 静がとりなし、アリアはほほ笑んで彼のおでこにキスした。俺は、ちょっとだけ妬いてしまった。

「――ユダ、キミは、青い鳥を『見たい』とは思わないの? 一体なんのため、ボクたちについて来たの?」

「俺は……俺は結局のところ、神に一目会いたいみたいだ」

「エドが聞いたら、さぞかし嘆くことでしょうね。私たちには、そのセリフは当てはまる。だけどキミには、当てはまらない」

「俺が言う神とは、俺の神、真の神のことだよ。お前らの青い鳥のことじゃあない……」

 アリアは聞いていない。一人で喋り続ける。

「ボクはね、青い鳥に、さらに力を与えてもらいたいの。そしてふたたびセイレンを強く復活させる。パパを圧倒する。パパに目にものを見せてやるんだ!」

 アリアは一呼吸のあと言った。

「あのね、セイレンはもう、ボク一人だけなの」

「……」

「ママは、殺されてしまった。ううん、エドにじゃない! モンスターの一匹に。ボクを庇って。――エドは、見舞いにすら来てくれなかった」

「……」

 火が、はぜた。


         ※


 テントの中で、シュラフの配置で一悶着あった。

「言っちゃなんだけど、ユダが一番弱い!」

 アリアが心臓にグサリとくる言葉を平気で叫ぶ。彼女は強硬に主張した。

「だから、ボクとノーリがキミの両側を挟むの! 影の猛獣が襲ってきたら、キミ、どーすんのよ!」

 俺はしぶしぶ折れた。千鳥流の武芸家であるからにして、女性を真ん中に配置して守りたかったのだが、諦めざるをえないようだった。

 狭いテントの中で、最小スペースに収まるため、体の向きは互い違いになる。三四郎の両脇に、アリアと静の足側のシュラフが並んだ。

「おやすみ……」

 誰ともなく声をかけた。


 真夜中。三四郎は何かの気配で目を覚ました。うっすらと目を開く。

 月光がテントを照らし、その仄かな明かりで、物の形が見分けられる。

 アリアと静が、自分の足元で顔を寄せ、キスしていた。

「……」

 俺は目を瞑る。なんだ、そういうことか。ちょっとだけ、胸が痛んだ。……ちぇ。





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