表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/49

第三章 つどえるものども・7

 そのときだった。

「――ああ、もうダメ! カミサマ、ボクもうガマンできない!」

 シリアスな空気を一瞬でコメディに塗り替えるほどのパワーに溢れた明るい笑い声が、辺りにおおっぴらに響いた。驚いたエドが振り返ると、そこに、真っ赤なダウンジャケットにスカート、黒いタイツ、金髪、碧眼の、まるでエンジェルのような少女がいた。

 少女は両手を腰に当て、堂々と相手を貶し始める。

「あのエドが、手玉に取られたものね!」

 英語。そして英語の笑い声――

 闇と冷気を吹き飛ばし、そこだけ真昼のような、絢爛に咲き誇る花々を周囲に撒き降らしたかのような、なんとも――元気な――少女だった。

 エドワードは動かない。じっと、少女の顔を見つめている。

「――思い出して?」

 少女は愛くるしく問いかけた。

「……君の名は?」

「セイレン!」

 とたん、あのエドワードの仮面の表情が一変した。

「――あの『魔女』! 魔女の娘か!? おのれは!」

「憶えていてくれてうれしいわ、ダーリン! 今でも愛してるよ」

 エドの顔がまたもや真っ赤になった。鞭が、鎌首をもたげた。

「この国に、何をしに来たか?」

「さあねー」

 鞭が一鳴り(クラッキング)した。今のエドは、ひどく危なかった。

「イヤよ、『パパ』!」

「げっ――!?」

 エドワードが目を見開いたまま硬直した。瞬間、少女は『跳ね』た。彼女は楽々と男二人を飛び越えると、着地の反動でさらに飛び、一気に廃虚ビルの中に飛び込んで行った。そのまま走り去って行く足音――

「師よ!」

 但馬が叫んだ。

「!」

 我に返ったエドが、慌てて追いかけ始めた――


         ※


 千鳥三四郎が顔を上げ辺りを見回すと、そこは、『雪国』だった。闇の底、黒い空の下の、一面の白い雪。

 当惑し、その降り積もった雪面に一歩踏み出すと、ぶかりと足首まで沈む。そして冷たい……?

 なんだか頼りない冷たさだった。もう一度、辺りを見回す。

 確かここは、廃ビルの屋上だったはず……。

 だがこの光景は、その認識を拒絶する。そこは、農耕地のような広い平野であった。今そのすべての面積に、白く、分厚く、雪が降り積もっている。

 雪片が、はげしく舞い降り始めた。

 風が、吹きはじめた。

「――寒い?」

 そう思った『とたん』、鼻孔、口から、白く息が流れはじめる。

 風が、叩き付けるような勢いになった。

 頭の芯が、じんじんと痛みはじめる。

 たまらずしゃがみこんだ。肩を抱く。

「寒い――」

 体の震えが止まらない。

『確信』した。このままでは凍死する――


 ――と。

 目の前に、一人の、ほのかに光る、裸身の少年が現れた。

 この猛吹雪の中、その身を隠す一切れの布地もなく、今にも凍り砕けそうな細身の白い肉体は、だが逆に明るく微熱を放ち、なまめかしく、柔らかげな肉の芳香を漂わせる。君、どうしたの? と誘惑の美微笑を浮かべ、優しく、暖かく、三四郎はその身体を折れんばかりに抱きしめたいという強烈な『感覚』に体を乗っ取られ――うっとりとした――


          ※


 黒マントの小春静は、三四郎の『首すじ』に顔を寄せ、口を開いた。

 三四郎がついに喪心し、抱き寄せた腕から力なく崩れ落ちる。

 静は慌てて抱き直そうとして――


 視界から三四郎が消えた。


 ふんわりと、光景が、流れた――


 硬い煉瓦に背中から叩き付けられ、目から火花が飛び、一瞬、息が詰まった。


「……これが『巴投げ』、よ。喰らったか、静?」

 うつろなまま、三四郎がかすれた声で言った。

「お見事……」

 仰向けのまま、静は苦笑するしかない。むくりと起き上がる。

「……雪、が消えぬ。この『幻』、寒い。……お前も、さすが、だぜ?」

 あらぬ方向に顔を向けながら、歯をカチカチ言わせながら、三四郎は、それでも壮絶に笑ったのだった。

 彼は立ち上がろうとして、そこまでだった。三四郎の膝が崩れた――


 この人を、ぜったい仲間にする!

 決意新たに、小春静は、一歩、足を踏み出した――


          ※


 ――そこは、『真夏の浜辺』だった。


 真っ白い焼けた砂浜。蒼穹に高く輝く太陽。打ち寄せる、透明な、穏やかな波――

 小春静は、自分が全裸のまま、すねまで温かい海水に浸かって立ちすくんでいることに、いきなり気づいた。

 顔を赤らめた。両手で儚げに前を隠す。

 前方には、千鳥三四郎が、おなじく生まれたままの姿で、海水の中に座り込んでいる。目のやり場に困って、静は今以上に真っ赤になる。

 その三四郎は呆然と手を動かしている。その手元でチャプ、と海水が弾けるのを、静は『認識』した。

 とたん、わき起こる潮騒という音響──

 ここは、まぎれもなく海だった。

 静の髪の毛が、潮風に吹き流される。

 鳴き声に空を見上げると、みゃう、みゃう、と海鳥が空を滑って行くところ――

「……」

 そして。 

 小春静が、少し名残惜しげに、首を振った。


          ※


 とたん、すべての『幻』が消え失せた。

 三四郎は、冷えた煉瓦に座り込んでいる。静は、そのそばに立ち尽くしている。

 少年二人は、同時に振り返った。

 いつの間に出現したのか――そこに、二人は妖しくほほ笑む天使のような少女を見た。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ