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第三章 つどえるものども・3

 十一月一日、正午を少し回ったころ。

 黒の毛皮のコートを身に纏い、同じく黒の毛皮の帽子、黒いブーツできめた一人の美少女が、東洋一の格式を誇る、帝都・帝王ホテルのエントランスに降り立った。

 こちらを見据える宝石のような碧の瞳。軽めのウェーブを入れたセミロングの光り輝く金髪。高潔な印象を与えるシャープな口元、顎のライン。

 多数のスーツケースを重そうに運ぶベルボーイを従え、彼女は辺りを気品で払いながら真っ直ぐ歩いてくる。

 対するフロントマンは、勤続二十五年のベテランの男だった。とはいえ彼は、この少女が、GMジェネラル・マネージャーから事前に連絡を受けていた、最重要人物(VIP)その人だと知って、動揺を押し隠すのに必死にならなければならなかった。彼はくだんの人物を、成人女性だとばかり思い込んでいたのだ。それが、事実は目の前に立つ、この少女――


 どう見ても、十五歳前後にしか見えぬ、この少女――


 この少女が、このホテルのシンボルである誇りのロイヤルスイートを、これから一ヶ月間専有する、お客様ご当人なのだった。

 フロントマンはようやく立ち直り、低頭した。彼は六ヶ国語を操ることができた。

「当ホテルへようこそお越しを。ストラベラキス様」

「よろしくお願いするわ……」

 返って来た言葉が流暢な日本語であることに驚いたフロントマンは、感激に顔を輝かさせた。

 いくら皇紀二千年余の大帝国だと威張ってみても、諸外国におけるこの国の評価はけっして高いとは言えない。日本語に堪能な外国人、それも旅行客は、皆無――と言っていいほど少なかった。フロントマンは自然、口調に熱がこもる。もう相手の年齢など、まったく気になっていなかった。

「今は秋! 我が国の一番美しく、そして豊かな時期でございます! どうかよき時をお過ごしくだされますように」

 ああ、なんなりとご用命くださいませ! きっとご満足頂ける働きを、致しましょうとも!

「そうさせてもらうわ。ところで、早速なんだけど、教会のアドレスを教えてほしいんだけど?」

「はい、承知いたしました! ――で、どちらの教会でしょう?」

「帝都中央教会」

「少しのあいだ、お待ちくださいませ……」

 彼は喋りながら同時に手帳を開き、言葉通り数秒で答を見つけ出した。住所を日本語と英語の二通りで用紙に書き込み、しるしを入れた絵地図の紙片と共に恭しく差し出す。鮮やかな手並みに、自分で陶酔したくらいだ。

「信仰熱心なのでございますね」

 最上級のお客様は、ここでミステリアスな笑みを浮かべた。何か喋ったが、それは、あいにく彼の、守備範囲外の外国語だった。


「違うわ。ボクは『セイレン』! ボク自身が『神様』なんだから!」


         ※


 同時刻――

 南シナ海を日本へ向け航行中の客船・アメーリエ2世号。

 その船尾のクレー射撃設備で、射撃に興じている人間がいる。『銀髪』の、三十代の男だ。

「ハァッ!」

 今また、男の掛け声(コール)により投射されたクレー皿が一枚、洋上をかなりの速度で飛び去っていく。男は余裕の表情で銃を構え、轟音一発――


 皿は、見事に白く砕け散った。


 驚くべきことに、彼が構えるのは散弾銃(ショットガン)ではなく、単発の『ライフル銃』である。もちろん、難度は格段にハネ上がる。というか、次元が違う。洋上を走る強風をも考慮すると、男のレベルが推し量れるというものであった。

 実際、後ろで見物していた小太りの白人中年夫妻が、感嘆の声を発した。

「ブラボゥ、ユア ジャス アンビリーバブル! ブラボー! ブラボー!」

 銀髪の男は振り向き、その夫婦に愛想よく会釈をした。

「驚異的な腕まえ、そして素晴らしい銃をお持ちだ!」

 中年夫妻のうちの、禿頭の人のよさそうな男が目を丸くして賞賛する。誉められたライフルの男は、やや得意げに、

「ボクの腕はともかく、この銃は確かにおっしゃる通り、ボクの唯一の宝モノですよ。ボクの半身と言ってもいい……」

 と応じる。その上機嫌なようすにつり込まれたのか、禿頭の男は、やや張り合うように勢い込んで言葉を続けた。

「そうでしょうな! その意味では、ワタシの宝モノって言ったら――このワイフぐらいなものでしょうか?」

「まあ、アナタったら……」

 さすがに皺は隠せない婦人が、嬉しそうに夫の手を握る。

 銀髪の男は斜めに引きつった微笑を浮かべた。二人に再度会釈する。余裕を持って洋上に返したその顔は、しかしながら、すぐに醜く歪んだ。

「ハァッ――」

 少し苦りが混じった掛け声。クレー皿が空を飛ぶ。そのあいだ、男の口は、呪文のごとき言葉を、垂れ流し続けた。

「……畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生……」

 半身のその銃を構える。

「――」

 その逃げ去る白い皿に何を思いかぶせたのか、男の目は、突然恍惚に垂れ下がった。

(――セイレン!)

 斜めに引きつった口が、そのまま半開きになり、唾液が顎を濡らしはじめる。

(あああボクの愛の一発――突き刺され!)

 轟音。

 皿が砕け散り、男の目が、夢見るように空ろに翳った――





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