1-3 召喚人III 〜リトライ〜
「うわっ!」
俺が慌てて飛び起きると、そこは自分の家……ではなく、さっきまでいた建物。
そう、アイちゃんと出会ったあのドームの中にいた。
「一体何が……」
必死に何があったのか思い出そうとすると、それはすぐにわかった。
そうだ、俺は突然飛びかかってきた狼に喰われたんだ。
「っ!?」
全身を襲うぞわぞわとした感覚。
そうだ。俺は覚えている。自分が喰われていく感覚を。
喉笛を噛みちぎられ、全身をガブガブとされるのを、見た。感じた。
咄嗟に自分の身体を見た。あの時の感覚はとても夢だとは思わなかった。
あんなリアルな痛みを感じるわけがない。
だけど、
「なんともない……」
怪我一つしていなかった。
どういう事だ? あれは全部夢だったって事か?
どこからだ? 一体どこからどこまで夢だった?
仮に今ここで目覚めた時点より以前が全て夢だったと仮定した場合、それで起きる矛盾はあるか?
……ない……のか?
アイちゃんの存在は俺の想像、仁美がこの世界で生きていたってのも全部想像。ただの夢。
つまりだ。俺の異世界生活のリアルはここからで、ここまでのは全部夢?
……。
…………。
………………。
………………はぁ。
矛盾がないわけじゃない。
もしもあれが全部夢だったとした場合、どうしてこのドームの光景が夢に出てきたんだ?
俺はこのドーム状の建物に初めて来たんだ。見たんだ。
知らない光景を夢で見るわけがない。
もしも似ているだけのドームとかなら、まだ夢の可能性があるけど、さっき見たドームと今見ているドームは完全に同じだ。
当然予知夢なんて今まで見たのとないし、そんな能力的な奴俺にはない。
つまり、あれは夢じゃなかったって事だ。
あれが夢じゃなかった。つまり、俺はあの狼に喰われたと仮定した場合、それでもおかしい。
だって俺はこうして生きている。
喰われていた時に感じた激しい痛み、あの時は喉笛をいきなり食い千切られてたからまともに叫ぶ事すら出来なかったけど、叫びたいほど痛かったのは覚えている。
にもかかわらずだ。今の俺は完全に無傷。
それに場所だって移動している。
あるとすれば今見てるこれが夢だって事。
本当の俺は狼にやられて意識不明とかかね。
まあ、喉笛をやられている以上アウトだと思うけど、ここは異世界。
俺が召喚されてるわけだし、魔法があるってのはほぼ確実だ。
だったら回復魔法的なものもあるだろ。うん。
これは夢で俺の本体は魔法による治療を受けてるってのが可能性その一。
んで、もう一つ。これも現実だって可能性。
回復魔法によって治療され、ここまで連れてこられたって可能性だ。
だけどその場合俺を助けてくれたのは誰だ?
まあ、普通に考えたらアイちゃんって事になるよな。
人を食い殺してくる狼が生息している森を一人で通ってきたって事は確実にアイちゃんは魔法使いだろ。
いや、仁美の娘だし剣士なのかもしれないな。そこは間というか、両方とって魔法剣士かもな。
まあいいや。
仮説は所詮仮説なんだ。
あれこれ仮説を立てたところで答えなんて誰も教えてくれないんだ。意味なし意味なし。
「……で、俺はどうすればいいんだ?」
ここはほぼ確実にアイちゃんと会ったドームだろうけど、アイちゃんの姿は見えない。
さて、俺が気絶してからどれくらいの時間が経ってるんだろうな。
開けた途端さっきの狼が襲いかかってきたらとか思うと、正直か話怖くて仕方がない。
それでも外の様子を見てみるか。
ドーム唯一の扉を開け、頭だけ出して外を見る。
木々の隙間から光が差し込んでいる。空はまだ明るいみたいだな。
光が赤っぽくなってないし、夕方でもないって事だ。
あれからさほど経ってないって事か。
「……さて」
引きこもるか。
いやいや、仕方ないだろ?
現状は不思議な事に生きてるっぽいけど、俺はこの人生で二度死を経験しているようなもんだぞ?
一度目は当然あのひき逃げだ。
そして二度目は今回。
狼にガブガブされるとか、普通じゃまず経験しないだろ。
さっきからずっと冷静なふりをしてるけど、こんなのかりそめ、偽物だ。
さっきから手の震えが収まらないんだ。はは、まじぱねえ。
扉をそっと閉じてドームの中心、俺が目覚めた時に横になっていた台まで戻った。
「……ふう」
一呼吸入れたものの、これからどうすれば良いんだろうかな。
この世界で唯一の知り合いであろう仁美につながる娘、アイちゃんはもうここにいない。
だからといって外に出たらきっとあの狼にまた、はむはむされるだろうしなー。
死にたくねえなー。
けど、ここで引きこもってどうなる?
外が怖いからって引きこもっててもずっと安心なんて事はありえない。
そんなのわかってる、わかってるけど、怖いもんは怖いんだ。
俺は、どうすれば良い?
「きゃああああああああっ!」
なんだ今のは、悲鳴?
俺は思わず立ち上がっていた。
だって、今の声は、
「アイちゃん!?」
俺は気が付けば走り出していた。
怖いからと閉じた扉を開けて、俺は薄暗い森の中を走った。
枝とか草のせい細かい傷が出来るけど、そんなの知らない。
だって俺が聞いたのはアイちゃんの悲鳴。あいつの、仁美の娘が狼に襲われている。
死なせるわけにはいかない!
息が切れてきた。くそっ、このところ運動なんてまともにしてないからな、体力が落ちている。
あいつの死を受け止められなくて長い事引きこもりになっていたんだ。それにしてはまだ体力がある方だと思う。
向こうからこっちに向かって走っている人影が見えた。
「アイちゃん!」
よかったアイちゃんと合流出来た。
だけど彼女の背後に見えるギラギラとした二つの光。
やっぱり狼に追いかけられてるみたいだな。
俺はちょうど視界に入った木の棒を拾い上げると、そのまま狼に向かって走り続けた。
「健太さん!?」
「アイっそのまま走れ!」
「は、はいなのです!」
俺を見つけて驚いてるアイちゃんにそう叫ぶと、俺はさっき拾った一メートルくらいのそれなりに太い木の枝を剣のように構えた。
怖がるな。震えるな!
喰われた時の感覚がフラッシュバックする。頭がクラクラする。
気持ち悪い。気持ち悪い。
だけど、だけど!
「健太さん!」
「ドームまでそのまま走れ!」
余裕がないのか返事はないものの、アイちゃんは俺の言いつけ通りに横を通り過ぎると、振り返る事なくそのまま走り続けた。
もう狼は目の前だ。
所詮相手は犬っころ。もう引き返せない。覚悟を決めろ、高村健太!
「ガアウッ!」
俺の喉笛に向かって飛びかかってくる狼。
一回目の不意打ちと違って今回はちゃんと見ている。
相手の体の動きから一手を読むのは剣道じゃ当然の技術。
それに今回は調子が良い。見える、見えるぞ!
まるでスローモーションのように感じる世界の中、俺は冷静に狼を躱すと、無防備なその首に向かって、
「はああああっ!」
枝を叩きつけた。
「キャン!」
良し、良い手応えだっ。これは効いたはずだ。
その証拠というべきか、狼は空中でバランスを崩すと、無残な感じで地面を転がっていた。
よかった。勝てた。
俺にとって剣道は劣等感の塊みたいなものだったけど、剣道やっててよかったって、たぶん、初めて思ったな。
「……ふぅー」
命がかかってたからな。緊張していた身体から力を抜いた。
ガス抜きをすると同時に閉じていた目を開けた瞬間、
「ガアウッ!」
目の前に狼の牙が見えた。
「うおっ!」
咄嗟に避ける事に成功したものの、ほとんど転けるのと同じ感じだ。
地面に倒れこんた状態の俺。
そんな俺に向かって、今度は綺麗に着地していた狼が再び跳び掛かっていた。
「あああああああっ!」
咄嗟に腕で喉笛を守ったけど、なんだこれっ! くそっ、めちゃくちゃ痛い。
頭が全然ついてきてないけど、痛みでわかる、わかっちまう。
盾にした腕に噛み付かれたんだ。
ガブガブするだけじゃなくて首を思いっきり振っていやがる。
牙だけじゃない。俺の身体に爪をグサグサしやがってるな。
これは、死んだな。
まあ……いいか。
こいつが俺を喰ってる間にアイちゃんはちゃんと非難できるだろうしな。
一人でドームまで来られたって事は、何かしらの方法があるって事だろ。
ああ、痛覚の方がバカになってきてるな。
いや、痛覚だけじゃない。全ての感覚がふわふわしてきた。
じっくりと、死に近付いていく感覚とでも言うのかな。
ああ……もう……おやすみ。
☆ ★ ☆ ★
「……え?」
ふと気がつくと、目の前に泣いているアイちゃんの姿があった。
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