1-2 召喚人II 〜異世界転移〜
良く良く考えれば目の前で泣いている、いや、深呼吸によるリラックス効果によって落ち着きつつある少女の格好。
……明らかに現代服じゃねえな。
それにこの建物だって、中から見た感じしかまだわからないけど、日本にあるとは思えないぞ。
てことはだ、やっぱりこれは異世界転移?
ならきっかけはなんだ?
突然気がついたら転移しちゃったとか、そういう感じか?
……いやいや、違う。違うに決まってる。
あるじゃねえかよ。わかりやすい転移のきっかけがよ。
そう、あれだ。
ひき逃げ。
あのひき逃げがきっかけで俺はこの異世界っぽいところに転移してきたんじゃないか?
だけどさ。いろいろとわからない事が多い、いや、ぶっちゃけわからない事しかないわけなんだが、とりあえず、今目の前に最良に近い情報源がいるんだ。
少女を利用するみたいな感じで罪悪感がやばいけど、まあ、神様とやら、今は許しておくれや。
「落ち着いてくれたかな?」
「は、はい。いきなり泣き出しちゃってごめんなさいなのです」
丁度よく落ち着いてくれていたみたいだから声をかけると、ぺこりと頭を下げられた。
「謝る事なんてないって、それよりさ、いろいろと質問したい事があるんだけどいい?」
「は、はいなのです!」
「ここってどこなのかな?」
「ここはファルミテリア国の東北にある町、プルミアスなのです!」
「ふーんそっか。ありがとね」
良し、異世界で確定っぽいな。
欠片の違和感もなく言葉が通じている上で、完全に知らない国の名前と町の名前。
もしも言葉が通じなかったら、まだ外国って可能性がミジンコ一匹くらいはあったけど、それもないな。
ここが異世界だってとりあえず確証は得たわけだけど、ここから先どうすれば良いんだ?
言葉が通じるのはラッキーだけど、文字とか、文化とか、そこんところの知識が欲しい。
それともう一つ、真下にある模様は完全に魔方陣だ。
それならば、この世界には魔法という概念があるはずだ。
俺が魔法を使えるのかってのは確認したいランキング堂々の一位だな。
(あれ? ちょっと待てよ?)
ひき逃げがきっかけで異世界に来たと思ってたけど、足元に見える魔法陣。
これって、意図的に召喚されたって事じゃないのか?
偶然事故と召喚が重なった?
それとも、召喚されたから事故にあった?
違う違うっ。今はこんな事を考えてる場合じゃない。
今必要なのは情報収集だっつうの。
「あ、あのー、大丈夫なのですか?」
「あっ、ああ悪い大丈夫だよ」
一人黙って考え込んで、たまに首をぶんぶんと降ってたりしてたらそりゃ心配するよな。いろいろと。
さてと、せっかく向こうから話しかけてくれたわけだし、情報収集と行きますか。
「そういえば君の名前を教えてくれるかな?」
「あっ、わ、忘れてたのですっ」
ふと、まだこの子の名前を知らない事を気が付いたため、聞いてみると、慌てて名乗り始めてくれた。
「私は召喚士見習いの倉本アイなのです!」
……え?
「そ、そっか。俺は高村健太よろしくな」
どうにか平静を装って自己紹介が出来た。だけど、俺の心臓は激しく跳ね狂っていた。
だって今、この子はなんて言った?
倉本アイ?
それにさっき、アイは言っていたじゃないか。仁美お母さんって。
それじゃあ、もしかして。アイの母親って、
俺の幼馴染、倉本仁美なのか?
ありえない話じゃない。
ここが異世界だって事は確定しているんだ。日本で仁美が死んでしまったのは一年前、だけど、こっちの世界での時間ではもっと進んでいる事だって十分に考えられる。
つまり、あの時仁美は死んだのではなく、異世界に転移した。
いや、それだとしっくりこない。死んだからこの世界に来たのか?
人は死ぬと別の世界にいくという。
俺たちはその世界の事をあの世って言ってるけど、ここがある意味そのあの世なんじゃないか?
つまりだ。死ぬと異世界にたどり着く?
いや、こんなのただの結果論じゃないか。
わからない事が多い。それにもしもこの世界に仁美がいるって言うなら朗報じゃないか。
現地に一人でも知り合いがいれば助かるって事この上ない。
それに……こんな大きな子供までいるんだ……完全にこの世界に適応してるって事だもんな……。
……いろいろと……教えて……貰えるよな。
「……ははっ」
「け、健太さん? その大丈夫なのですか?」
「……え? あ、ああ。大丈夫。大丈夫だ」
「で、ですが……」
目の前で心配そうに俺の顔を覗き込んでいるアイちゃん。
そっか。この子、仁美の娘なのか。
「……ねえ。アイちゃんのお母さんって倉本仁美っていうのかな?」
「はいなのです! 私のお母さんは[剣姫」と謳われているあの仁美お母さんなのです!」
「……そっか」
自慢の母親を正しく自慢しているアイちゃんはとても楽しそうで、誇らしげだった。
それに[剣姫]っね。元々剣道の才能があったからな。それをこっちでさらに開花させたって事か。
それからもう一つ、そんな二つ名みたいなものがつくって事はつまり、この世界には魔物だとか魔獣だとか、そういう異世界テンプレな存在がいるって事なんだろうな。
「ねえ。君のお母さんに会わせてくれないかな?」
「え、どうしてなのです?」
きょとんとしていたアイちゃんだったけど、やがてハッとしたように目を見開き、ブンブンとすごい勢いで首を横に振っていた。
「だ、だめなのです!」
「……どうしてかな?」
「お母さんにいつも言われてるのです! 知らない人を連れ行ったらだめなのです!」
「……そっか」
しつけもちゃんとなってて、本当に良い母親やってるんだな。仁美の奴。
「えーと、俺って仁美、いや仁美さんとは知り合いなんだよね」
この世界で生きている仁美は今の俺よりも大分年上だろうからな。呼び捨てはまずいよな。
というか、何言ってるんだ俺。こんなの信じて貰えるわけないじゃねえかよ。
「そうなのですか!?」
……えー、信じちゃうのか?
「あ、で、でもそんなの当たり前なのです! 仁美お母さんの名前はこのあたりじゃ有名なのです!」
あーそっか。[剣姫]っていう二つ名があるほどだもんな。
二つ名ねー。仁美も出世したもんだな。
それにしてもだ。仁美に会えないってのはちょっと困るな。
いろいろと教えて欲しいことがあったんだけど……会えないなら仕方ないな。
だけど知り合いがいるってのがほぼ確定なわけだし、何かしらの予防線が欲しいな。
あれ、だけど仁美は今人妻って事だよな?
……うーむ。年齢差があるから大丈夫だとは思うけど、仁美の旦那さんからすれば良い気分にならないかもしれないし、しゃーない。
「いきなり変なお願いしちゃってごめんな。もしも良かったらお母さんに高村健太って知らないかって聞いといてくれないかな。それじゃあまた来るね」
「え、え?」
最後にアイちゃんの頭を一撫でした後、俺は慌てている彼女を置いて一人、この部屋唯一の扉に向かって歩き出した。
「……え?」
扉から外に出て最初に出てきたのは驚きだった。
だって、目の前に広がっていたのは深い森だったから。
どういう事だ?
ここは町の中じゃなかったか?
いや、おそらくここはアイちゃんが言っていた町から少し離れた場所にある建物なんだろうな。
この世界での文明がどれほど発達しているのかはわからないけど、このドームっぽい建物は特殊な建物なんだろう。
だから町から離れた場所に建てられているのかもしれない。
アイちゃんがここに一人でいるって事は、この森は安全なんだろうか。
少なくてもアイちゃんみたいな華奢な女の子が一人で行き来できるくらいの危険度なんだろう。
さて、このまま進むか。
木々の隙間から光が漏れてるし、昼だとは思うんだけど、森が結構深いせいで視界はひどく悪い。
「うわっ」
露出している根っこに足を取られて転けちまった。ださいな。俺。
別に転けた拍子に怪我をしたわけじゃない。痛めたわけでもない。
だけど、立ち上がれなかった。
「なんだよ……くそっ」
頭に過るのは一年前までずっと見てきたあの子の笑顔。
ずっと、ずっと好きだった、だけど失ってしまった笑顔。
だけど異世界に来て、あの子がこっちの世界で生きていてくれたとわかった。
ただ生きるだけじゃない。誰かと結婚して、アイちゃんみたいな良い娘まで授かって、きっと幸せだと思う。
大好きな人が幸せになってくれている。それでいいじゃないか。
ーーそんな風には、考えられない。
「くそっくそっ!」
俺は何度も何度も両拳を地面に叩きつけた。
血が出ていてもそんなの関係ない。
何度も、叩きつけた。
こんな事……知りたく……なかった。
こんな事なら、いっそ、死んでーー
「っ!?」
俺の拳が止まった。
俺は今、何を考えた?
「……ははっ」
なんて、なんて俺は醜い人間なんだ。
好きな人が自分のものにならなかったからって、そんな事で、そんな事で死んで欲しいと願うなんて。
「あはははははっ!」
くだらない。くだらない。くだらない!
なんて俺はくだらない存在なんだ。なんて醜い、汚い、卑しい物なんだ。
今の俺にとって、あの子の娘、アイを見ているのが辛かった。
だけど、俺は……。
ガサガサ
「っ!?」
近くからそんな音が聞こえ、とっさに頭を上げた瞬間、それは起きた。
「ガウッ!」
…………え?
世界が赤くなった。
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