0-0 プロローグ
俺は多分、死ぬ。
状況的にあれだ。ひき逃げって奴だな。
俺を跳ね飛ばした車は一回止まって、中から運転者っぽい人が出てきたけど、俺の様子を見ると慌てて逃げるように……というか、逃げた。
不思議だな。こっちはひかれたってのに、普通なら怒ったりするんだろうけど、俺の頭は妙に冷静だった。
「……俺は……死ぬ……のか?」
身体が熱い、いや、寒い?
俺の身体は寒い、冷たい? だけど、温かい何かに包まれていた。
まるで人形のように動かない俺の腕。手にぬちゃりとした何かが広がった。
ああ、そうか。これ、全部俺の血なのか。
「だ、大丈夫ですか!?」
声が聞こえた。
どうやら通行人の女性が俺を発見したらしい。
「えーと、あっ救急車呼びますね!」
慌てて、明らかに動揺しているみたいだったけど、その判断は正しいと思う。
けが人を見つけたら救急車。これは大切な事だ。
あなたのご厚意には心から礼を言いたいと思う。
だけど、もう無駄だ。
もう、視界が消えかかってる。
全身の感覚が消えていく、同時に妙な感じが広がった。
ああ。死の感覚ってこれの事なんだな。
(今からそっちに行くよ。君に会えたら、いいな。仁美)
☆ ★ ☆ ★
俺には小さい頃から親しい子が、いわゆる幼馴染って奴がいた。
その子の名前は倉本仁美。
家が隣同士、元々両親が同級生だったという事もあって、幼稚園、小学校と、同じ場所に行き、仲良く遊んでいた。
わがわざ言わなくてもわかると思うけど、俺は仁美の事が好きだった。
明るくて、優しくて、誰よりも輝いていた仁美。
そんな仁美がやってたからという邪な理由で始めた剣道。
だけどそんな理由で始めた俺は当然なのか全然上達しなくて、よく怪我をしては傷の治療をしてもらっていた。
仁美とは中学も同じだったけど、その頃になると一緒にいるのが恥ずかしくなってきて、自然と離れていったんだ。
あいつは俺と違って文武両道。頭も良かったからな。同じ高校になる事はまずないだろうなって思ってた。
だからもう話す事なんてないんだって思ってた。
幼馴染とはいっても、所詮はただの幼馴染なんだ。
物語の中にあるような、主人公とヒロインなんて関係じゃない。
仁美はその名の通り美しい娘だったから、高校に行ったら誰かに告白とかされて、付き合ったりするんだろうなって思ってた。
もしも俺が男らしい奴だったら、覚悟があれば、中学卒業の日にせめて、ダメだとしても告白するぐらいできたはずだ。
でも、そんな事俺にはとても出来なかった。
そして高校に入学して、驚いた。
「ぐ、偶然だね、同じ学校だなんて」
世の中不思議な事もあるもんだ。
頭の良い高校だったり、俺と違って剣道の腕も飛び抜けて強かったし、楽しそうだったから、きっと強豪校とかに行くと思ってたのに、同じ高校だったんだ。
高校で同じ中学から来たのは仁美だけだった。
だから自然と俺たちはまた話すようになったんだ。
幼馴染だけあってまた馴染むのは結構早かったと思う。
久しぶりに話すのが恥ずかしいのか、最初の頃は良く顔を赤くしていた仁美だったけど、冬を迎えた頃にはそうならなくなっていた。
そして、二月になったその日。
「ね、ねえ。明日って何の日か知ってる?」
二月十四日。
最初は馬鹿にしてるのかと思った。
誰かに告白とかされた事がなければ、その日にチョコを貰った事もないけど、明日がバレンタインデーだって事はちゃんと知っている。
「明日、久しぶりに家に行っていいかな?」
高校でまた仲良くなった俺たちだけど、それは学校で話すようになったぐらいだったからな。
昔は良く家に来てたけど、それは本当に久しぶりだった。
そして次の日。
仁美は家に来なかった。
学校で会う事もなかった。
「なんで?」
俺の足は止まった。
三月に入っても仁美は学校には来なかった。
先生に聞いても理由は風邪だとしか教えてもらえなかった。
風邪でこんなにも長く休むなんてありえるのか?
大人たちは何かを隠しているんじゃないのか?
そんな事を一度考えてしまったら、後はもう、怖かった。怖くて怖くてたまらなかった。
思い切って仁美の家のチャイムを鳴らした。
出てきたのは仁美のお母さん。
とても顔色が悪くて、目は赤く腫れていた。
その顔を見て、悟った。ただの風邪じゃない。何かがあったんだって。
俺は思わず仁美のお母さんの横を通り抜けて家の中に入った。
階段を駆け上がり、仁美の部屋に、ドアを開けると、
そこには誰もいなかった。
「……え?」
どうしていないんだ? 風邪なら、ただの風邪から寝ているはずだろ?
俺を追いかけてきた仁美のお母さんに俺は感情的に問い質した。
そして、お母さんはゆっくりと、何かを堪えるように話してくれた。
仁美は病気だった。それも重い病気で今は入院していた。
教えてもらった病院に向かって走った。
焦りが出てだらしなくも転んだりもした、膝から血が流れた。だけど、そんなの関係ない。
俺は走り続けた。そして、病室に着いて唖然とした。
そこに居たのは意識もなく、真っ白な部屋で眠り続けている仁美。
「仁美? どうして?」
彼女が入院して一年後。
仁美は静かに息を引き取った。
あれから約一年。
自殺をしようとなんて思ってなかったけど、ずっもこんな事を考えていた。
死ねばあの世とやらでまた君の笑顔を見る事が出来るのかな……って。
君のいない学校生活が嫌になって、行くのをやめた。
まだ退学にはなってなかったと思うけど、留年は確実だったと思う。
現実にいるのが嫌で、自室に引きこもって漫画ばかり読んでいた。
集中して何かを読んでいる間だけは悲しみから目を背ける事が出来たから。
家にあった漫画と小説を全て読み終えてしまい、また現実が戻ってきた。
「あ、ああ、ああああああ!」
仁美がいない。仁美の声が聞こえない。仁美の笑顔が見れない。
もう、一生。
「なんで、なんで!」
もう嫌だ。現実は辛い。辛過ぎる。
今度はゲームに逃げた。
ゲームの中で俺はたくさんのヒロインを救った。
何人も何人も何十人と救ったんだ。
だけどクリアすれば思い知る。俺は自分にとってのヒロインを、一番大切な仁美を救う事が出来なかった。
ゲームはより辛さを増させる結果になった。
お前は主人公にはなれないんだって、わざわざ言われているようだった。
もう、現実から逃げる手段がなかった。
いや、まだ一つだけあったな。
今度はインターネットの世界に逃げた。
でも、そこにいるのは人間。現実の人間。
俺の心は削られていった。
小説に手を伸ばした。
面白かった。今度は小説の世界に逃げた。
ふと調べると最初に読んだ小説が漫画になっていると話だったため買いに行ったんだ。
そして、今。
完全に俺の意識はこの世から消えた。
ーーだけど、
「……あれ?」
驚いた表情を浮かべた少女がそこにいた。
どうも皆さん、お久しぶりの方はお久しぶりです。そうでない方は初めまして、音野です。
ずっと更新予約をしていたのですが、この作品はゲリラ更新となっております。
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