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9 田舎貴族は急降下

 

 

 

 迫る刻限。

 二度目の花嫁衣装は以前よりも重く、息苦しく感じる。

 シャラは式の時刻を待ちながら、静かに俯いていた。

 手には、押し花にした薔薇のしおり。結局一人で見ることになった薔薇の面影を手に、唇を引き結ぶ。


 もう、なにもかもどうでもよくなってきた。

 約束を守ってくれなかったフランツも、易々と敵国の和平交渉を受け入れてしまった父帝も、なにもかもどうでもいい。逃げ出したところで、また捕まってしまうなら無駄な抵抗もしないことにした。虚しくなるだけだ。


 最初からランスの狙いはロレンディアの占領と、帝位の簒奪だったのだろう。

 シャラと婚姻を結んで、ランスとライヒェスタを同君連合国にし、広大な帝国の領土と権威を手に入れたかったのだ。シャラは駒の一つに過ぎない。

 女子しかいない皇室、老いた皇帝、帝国には抗う力など残っていない。今が一番、脆弱な時期だったのだ。そこを狙われた。


 シャラはこんなに易々と帝位継承権を譲った父を恨んだ。

 ロレンディアは占領されたが、まだ抵抗の余地はあった。それなのに、戦わずして退いてしまったのだ。貴族たちの間からも、あまりにも不甲斐無いと落胆の声が上がっていた。



 結婚式は以前と同じように伝統に則って帝都の大聖堂で行われる。

 本来はシャラが新郎の代理人と儀式を行ってから、ランスへ向かう。だが、今回は特例でランスの王子本人が帝都まで赴いていた。式を挙げた後に宴を催し、そのままランスへシャラを連れて帰るのだ。

 要するに帝国に対する見せしめだ。


 シャラは奥歯を噛んで、純白の衣装が引き千切れるくらい裾を握りしめた。

 せめて、フランツが帰ってきてくれれば、こんな結婚はしなくて済んだのに……シャラが未亡人でなければ、もっと別の形での帝位譲渡を要求してきたはずだ。


「なんで帰ってきてくれなかったの……」


 後になって、フランツのものと思われる遺体が見つかった。顔も判別出来ないくらい損傷していたが、身につけた服や装飾品は確かに彼のものだった。だが、シャラはそれをフランツだとは認めたくなかった。


 思い出すと今まで抑えていた気持ちが渦巻き、胸の中から溢れ出す。シャラは耐え切れずに窓へ走り、外を覗いた。


 大聖堂の外には式を祝う民衆が溢れ、貴族たちの馬車が道を占拠している。唐突に窓から姿を見せた花嫁を庶民たちが見上げて首を傾げていたが、今は気にならなかった。


「どういうことだ。いったい、なにがあった!?」


 不意に、何処かから誰かの怒声が聞こえる。他の窓が開いており、声が外に漏れたのだろう。シャラは身を乗り出して、状況を確認しようとした。

 だが、すぐに廊下で慌ただしい足音がする。剣を抜き放つ音までして、ただ事ではないと気づいた。


「貴様ら、裏切ったか!」

「なに言っているんですか。私ども使用人はライヒェスタ宮廷にお仕えしているんですよ。裏切るもなにも、最初からあなた方の味方になんてなった覚えはありません」


 アルバンの声だ。シャラは外でなにが起こっているのか気になって、窓から離れる。


「――シャラ、黙ってこちらへ来てください」


 ……幻聴、だろうか?

 淀んだ空気を清める春風のように舞い込んだ声。聞き覚えのある男の声を背に受けて、シャラは身を強張らせた。


「……だれ、ですか……?」


 シャラは振り返ることが出来ず、唇を震わせる。


「ひどいな。私です。早くしてくださいよ、この体勢は結構疲れ……おおっと、ごめんなさい、一回中に入りますよ?」


 慌てて窓に足をかける音がして、シャラは思わず振り返ってしまう。そして、舞い降りた影を見て言葉を失った。

 屋根から縄を垂らして降りてきたのだろう。落ちそうになりながら窓に足をかける人物。柔らかな亜麻色の髪の下で笑う月草色の瞳――フランツは頼りない笑みを浮かべていた。


「……幽霊?」

「違いますよ、ちゃんと生きています」


 フランツは「信じてください」とか言いながら手足を動かし、必死に主張した。シャラは信じられずに口元を手で覆って、首を横に振る。


「で、でも、遺体だって……」

「え、陛下はそんな細工までしていたんですか? すみません、知らなかったです」

「お父様がなにかなさったの……?」

「ちょっと仕事頼まれたのです。ごめんなさい」


 フランツは相変わらず空気を読まないマイペースな口調で詳細を説明する。

 ロレンディアに派遣されてすぐ、フランツの元に皇帝から極秘の使者が来た。そして、フランツに軍事大国アトレイ公国へ密使として向かうように言ったのだ。


 元々、ロレンディア戦線での勝敗は五分五分と言われていた。

 勝てばいいが、負けた場合は勢いに乗ったランス王国軍は一気に帝都まで攻め込むだろうとも予測されていたのだ。


 そこで皇帝ヴィルジットは手を打った。

 誰にでも好かれる人柄を持ち、語学が堪能なフランツは外交向きだ。変わり者で難しい気質のアトレイ君主との交渉には、彼のような人物が最適と考えた。

 表向きにはフランツの身代わりを立て、更に戦死したことにすれば、交渉の時間も稼げる。

 ランスは未亡人になったシャラとの婚姻を望むはずだし、そのための期間を要してもなんの不思議もなかった。時間稼ぎした間にフランツはアトレイで援軍の要請を成立させたのだ。


「今、ランスでは大変なことになっていますよ。油断した隙を突いて、ライヒェスタ帝国とアトレイ公国の連合軍が一気に王都を襲っていますから。それだけじゃなくて、ヴィルジット陛下は独自の手段で築いた交易網を使ってランスを経済的にも追い詰めています……もう、結婚どころではありませんね。今頃は新しい花婿殿も捕まっていますよ」


 フランツはそう言って笑うと、シャラの手をつかんだ。


「だから、取り返しに来ました」


 耳元で囁かれ、シャラは頬をほのかに染める。久しぶりに聞く夫の声は優しくて温かいが、以前より、わずかに力強くも感じた。

 フランツは軽々とシャラを抱き上げると、大股で窓へ歩み寄る。


「それとも、私は来なくて良かったですか?」


 顔を覗きこまれて、シャラは無意識のうちに首を横に振った。

 まだなんと言えばいいのかわからない。言いたいことは山ほどあるはずなのに、どれを先に言えばいいのかわからなくなっていた。


「いや、最初はですね、裏口で待っていたのです。シャラが絶対に逃げ出すと思って」


 首を傾げると、フランツは涼やかに言いながら窓枠に足をかける。


「アルバンさんにも、あっさり逃がしてくださいって頼んでおいたのに……私、もう焦ったんですよ。もしかして、シャラがランスの王子様と再婚したいのかと……」

「違います。再婚なんてしたくない!」


 やっとのことで言葉を発して、シャラはフランツの服をつかんだ。


「だって、わたくしはあなたと結婚しているんだから!」


 叫んだ途端、目尻に涙が浮かんだのがわかる。

 フランツの行方がわからなくなったと聞いたときですら泣けなかったのに。今頃になって、泣きたくて泣きたくて仕方がなかった。

 フランツはシャラを宥めたいのか、いっそう強い力で彼女の身体を抱きしめた。


「ありがとうございます。でも、時間がないので続きは待ってください」

「え?」


 そう言うが早く、フランツは一気に身体を窓の外に乗り出した。


「え、ちょ。ここ、三階……きゃぁぁあああ!」


 屋根から垂らした縄もつかまず、二人の身体は真っ逆さまに宙を落下していく。

 ここは三階だし、下は石畳だ。しばらく見ないうちに天然に磨きがかかったのか、それとも、最初から死ぬつもりだったのか……考える間もなく、シャラの身体を強い衝撃が襲う。

 

  

 

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