2 田舎貴族と婚礼
その日の式に居合わせた人々は、口をそろえて、こう言った。
「これは一年経たないうちに冬宮殿行きかもしれない」
結婚して間もない皇族は慣例として、帝都のすぐ近くに構えられた「春宮殿」で二年間の夫婦生活を営むことになっている。
けれども、その間に夫婦仲を悪くしたり、問題が起こったりすると片方が「冬宮殿」に移り住んで別居するのだ。
その冬宮殿行きを予感させるほど、婚礼は酷いものとなった。
まず、花嫁である皇女殿下の機嫌が終始優れない。
元々、結婚に乗り気ではなかったとはいえ、あんなに不機嫌を露わにした皇女を見るのは初めてだと誰もが口をそろえていた。
花婿の方を一度も見ず、常に仏頂面。仕舞には、誓いの口づけを放棄する有様だった。
いや、口づけたことには口づけたが……最前列で見ていた貴婦人曰く「あれは頭突きでしたわ」とのことだ。実際、花婿は口づけの後に鼻頭を押さえていた。
花婿の容姿が皇女も気に入らないほど醜かったのかと言えば、そうでもない。
逆に、優しげな笑みや、穏やかな風貌は貴婦人たちの心を虜にするには充分だったと評する者もいる。
問題なのは完全に中身だ。
あろうことか、花婿として大聖堂に姿を現した数秒後、なにかの喜劇を見ていると錯覚させるような勢いで大転倒したのだ。
お陰で会場は失笑と爆笑でざわめいた。いくらなんでも緊張しすぎである。
そんな式を終え、シャラは憤りを抱えたまま寝台の上でふんぞり返っていた。
「考えられる? どうせ結婚させられるなら、もっとマトモな男を用意してほしいものです! ロレンディアから移動するときに、何処かの農民とすり替わったんじゃないかしら。そうとしか考えられません。式の直前に迷子になったり、はじまった途端に転んだり……事前にいただいた経歴では幼年学校も卒業しているし、人当たりが良くて教養のある殿方だと聞いていたのに!」
「人当たりだけは良さそうですがね。ほら、ボケッと笑っていますし」
「あんなの、ただの間抜けじゃない。ことばの文を活用しすぎです!」
最悪の第一印象だ。
これから、初夜の務めを全う出来る自信すらなかった。
「まあ、その点に関しては自分も同情します。が、こちらの皇女様も式の直前に逃亡したり、誓いの頭突きを披露したりしましたよね」
「お黙りなさいッ。逃亡ではありません。下見です! それに、頭突きではなくてよ。口はちゃんとつけました!」
「だったら、どうして花婿が鼻頭押さえて気絶しそうになっていたんでしょうかねぇ!?」
随分と立腹した主を前にして、アルバンも頭を抱えている。
「あなた、裏社会出身とか意味のない経歴があるんだから、なんとかしなさいよ。今からサクッと殺っちゃってください」
「そうは言いますが、今からサクッと殺ってしまったら、どう見ても殿下の差し金だってバレてしまいますぜ? 今日のところは、大人しく夜を共にするしかないかと。冬宮殿へ送るときの理由にもなりますし」
夫婦の初夜のために用意された夜着のまま寝台に転がって、シャラはウダウダと四肢を暴れさせた。
「とにかく、今日は夫婦の務めを果たしてもらわないと困ります。明日からは、気に入らないとか理由を付ければ、なんとでもなりますから。今日だけは我慢してください……それに案外、寝てみれば、そちらの相性は悪くないということもございます。これだけでも、夫婦生活はそこそこ楽しくなりますよ。夜間限定ですが」
「全然慰めになってない卑猥なこと言わないでよ」
「世の中には、もっと卑猥な単語がゴロゴロ存在しますよ。これは儀式だと思うんです。教会のミサみたいなものだと思って、サクッとヤッちゃってください」
「嫌よ、絶対嫌よ……お腹が痛いわ。今日はナシにしてちょうだい」
シャラは涙目になって、膝を抱えた。
無駄な抵抗だと、わかっている。
シャラは今まで、結婚しなくてもやっていけると思っていた。実際、外国には未婚のまま国を治めた女王もいる。世継ぎだって、妹たちが産めばいい。
しかし、結婚したからと言って、君主になれないわけでもないのだ。
帝位は夫が戴いても、共同統治という形もある。子供が生まれれば、後見人になって統治すればいい。そうやって表舞台に上がる女性の為政者はいる。
それが割り切れないのは、シャラが意地を張っているから。
いや、それが「君主らしくない」のかもしれない。だから、父帝はシャラに見切りをつけたのではないか。きっと、そうなのだ。
結婚も出来なくて、なにが君主だ。そんなものに理想はない。小娘のような幻想は捨てて、国のために徹しろということなのかもしれない。
成長しなければならない。
シャラは憂鬱をため息に乗せて、寝台の上に横たわった。