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1 迷子の田舎貴族

 だいぶ昔に書いた化石のような作品を改稿しました。

 ただ甘いだけですが、よろしくおねがいします。

 

 

 

 迫る刻限。

 そのことは、シャラ自身も理解していた。

 行動しなければならない。歴史は、いつだって行動する者によって紡がれてきたのだから。そのために神は人に知恵と勇気を授けてくださった。

 これは必要なこと。

 決して、好奇心に任せて動いた結果ではない。断じてない。


「だからと言って、式の前に花婿の顔を覗き見しようとする花嫁がありますか。お待ちなさいっ!」

「良いではありませんか。どうせ、あとで顔を合わせるのですから」


 踵を返して走ると、華やかな花嫁衣装が足元にまとわりつく。


「わたくしは、いずれは帝国を治める身です。婿を娶ったからと言っても、ライヒェスタ王家の血筋を引くのは、このわたくし。操りやすい人間かどうか見ておくのは、重要なことでしてよ。これは必要な行為です! だから、止めないで。アルバン!」

「馬鹿言っているんじゃありませんよ!? 皇族が粗相しても良い理由には、なっていませんからね!」


 うっとうしいベールと大きな髪飾りを外すと、背中で灰がかった金髪が広がって踊る。

 シャラは青灰色の瞳にキラリと光を宿すと、素早く身をひるがえした。その瞬間、彼女の顔のすぐ横を輪のついた投げ縄が通り過ぎる。

 まるで、獣を捕まえるような装備だ。当たっていたら、首が絞まるではないか。少しぞっとしていると、投擲者である皇女付きの執事アルバンが舌打ちした。

 シャラは口煩い執事を嘲笑うように純白の衣装をつまんで、階段の手すりに身を委ねる。


「おい、こら。皇女殿下がはしたない!」

「皇女殿下に、『おい、こら』だなんて、そちらの方がはしたなくてよ!」

「長年、じゃじゃ馬皇女の相手などしているものだから、言葉遣いも乱れるってものです!」


 シャラは階段の手すりに腰をおろして、そのまま下の階まで一気に滑り降りてしまう。それを追って、アルバンが金切り声をあげた。

 自分の言葉遣いの方が、よっぽどはしたないじゃないの。執事に向かってイーッと歯を見せ、シャラは鼻を鳴らした。


 シャルアフィヌ・エイフィン・ル・ライヒェスタ。

 ライヒェスタ帝国第一皇女という肩書を背負った少女は踵を鳴らして一階の床に着地する。歴代皇族の挙式が行われてきた華やかな大聖堂には、もう来賓が集まりはじめていた。

 ライヒェスタ皇帝夫妻には男児が生まれなかった。五人の子供はみんな女児ばかりで、世継ぎ問題が発生している。

 そこで、長女であるシャラが婿を娶ることになったのだ。皇帝が存命中にシャラが息子を産めば、世継ぎに困ることはなくなる。


 しかし、シャラ自身はこの結婚に乗り気ではない。

 今まで、自分が家督を継ぐために様々な勉強をしてきた。帝王学をはじめ経済や歴史、異国の文化や武芸も多少は嗜んだ。

 それも全て、自分が皇帝になるためだ。今までに女帝の前例がないわけではない。当然、自分が家督を継ぐものだと思ったので努力してきた。


 だが、ふたを開ければどうだろう。

 シャラが十四歳の誕生日を迎えてすぐ、父帝ヴィルジット三世は勝手に結婚を決めてしまった。


 相手はロレンディア公。帝国辺境の小領邦を治める田舎貴族だ。

 ロレンディアは西のランス王国と、北のアトレイ王国の境界に位置する政治的に難しい要所である。ロレンディアと皇族との結びつきを強め、他国に対する圧力をかけようとしているのだ。


 結局は、政治の駒。

 シャラは帝位を継ぐために、今まで頑張ってきたつもりだった。けれども、それが少しも評価されていない。結局は、他の皇女と同じように政治の道具としてしか使ってもらえなかった。


「わたくしの夫になるのだから、しっかりとした理想的な殿方でなければ困るわ」


 シャラは憤怒の息を漏らしながら、花婿が着替えている部屋を目指した。

 皇帝の決定を覆すことなんて出来ない。

 これは、シャラのけじめだ。

 国のために、この身を差し出すのだ。それなのに、覚悟と心の準備がシャラには出来ていない。

 花婿の姿を見れば、少しは自分を納得させられるのではないか?


「おおっと」

「い、いたッ」


 唐突に飛び出した影に跳ね返されて、シャラの細い身体は転倒してしまう。相手の方もたいそう驚いたらしく、声を上げながら壁にもたれた。


「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」


 まったりとした声をかけられて、シャラは床に打ちつけた腰を押さえて立ち上がる。早く行かなくては、アルバンに追いつかれてしまう。


「大丈夫です。わたくし、急いでいるので――」

「本当に、大丈夫ですか? 年頃の女性にお怪我をさせてしまったら、私は一生後悔してしまいます」

「本当に大丈夫です! では、わたくし急いでいるので!」


 怪我がないかしつこく確認する相手の青年を押し退けて、シャラは強引に立ち上がった。だが、転んだときに足を捻ったのか、すぐに身体がよろめいてしまう。

 傾いた身体を青年が受け止める。

 思いのほか厚くてしっかりとした胸板と、しなやかな腕がシャラを支えた。

 見上げると、優しげな色を湛えた月草色の瞳が心配そうにシャラを覗き込んでいる。和やかな表情を取り囲む亜麻色の髪も温かい印象をはらんでおり、全体的にふわりと軽やかな空気をまとっていると感じた。


「殿下! 見つけましたよ。覚悟して、お縄についてください!」


 騒がしい執事の声を聞いて、シャラはあからさまに顔を歪めた。


「あまり走ると危ないですよッ」


 とっさに青年を突き飛ばすが、彼はうろたえた様子でシャラを引き止めようとする。シャラは構わず振り切った。


「ああ、フランツ様。こちらにいらっしゃったのですね。まったく、良い大人になってまで迷子癖が直らないなんて皇女様にバレたら、ロレンディアの恥ですよ? お守をする私の身にもなってください。毎回、大変なのですから」


 反対側から別の声が聞こえる。青年の知り合いだろう。

 シャラはそれどころではないので無視しようとしたが、聞こえてきた単語に気を取られて、足を止めてしまった。


 ロレンディア……フランツ……聞き覚えのある名前だが、即座に思い出せない。


「殿下、覚悟!」


 油断した隙を突いて、アルバンが網を放った。頭上で広がった網は呆気なくシャラを捕獲して絡まりつく。

 この瞬間、逃亡劇の失敗が決まった。


「ちょっと、わたくしは魚かなにかですかっ!」

「こうでもしないと、捕まりませんからね!」


 シャラは我に返って、アルバンから逃れようと抵抗する。執事は意地の悪い笑みを浮かべて、生け捕った皇女を自慢げに引きずった。


 網の中でもがくシャラを先ほどの青年が呆然と見据えている。

 程なくして青年は柔和な顔に、マイペースな笑みを浮かべると、納得したように一人頷く。


「もしかして、あなたがシャルアフィヌ殿下ですか?」


 青年はこう続ける。


「あいさつが遅れました。ロレンディア公フランツ・シュランツァと申します。ああ、式ではよろしくお願いします。緊張してしまって落ち着かないのです」


 あははと、のんきに笑う顔を無性に殴りたくなったのは、何故だろう。

 自分の夫になる男を眺めながら、シャラは思わず顔を引き攣らせてしまった。

 

 

 

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