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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

LMK!

作者: 榛原水城

 大抵の場合、短期間に大量の水分を補給すると電解質のバランスが崩れ体調不良を引き起こす。

 地球、太陽系は第三惑星。水の星とも揶揄されるそれ、ヒトという生物がコミュニティーを築き街を作り、川の流れを変え、木を切り出し生きるその星。

 地球上の島や大陸、その殆どに森や木陰は存在する。重要なのは森では無くキノコが存在するかどうか。星のきらめきや隕石の衝突、小規模なクレータの一つさえなく無音のファーストコンタクトは完遂された。

 肉眼では勿論、顕微鏡でさえも捕らえる事が難しいだろうそれがキノコに結びつき、地球産の意思を持たないとされるキノコは外宇宙産の意思を持つキノコ、正しくはそのキノ娘達の情報収集用基地となった。キノコのメタモルフォーゼが速やかに終わりを告げた頃、元キノコはおびただしい量の胞子であったり菌糸とでも言えば良いのか。偵察用の群生ドローンを射出する。

 地表を舐めるように広がり続けるそれらはエコーマッピングの容量で本体であるキノコに情報を蓄積し続ける、例えば森に生えている木々だとか、地表の高低は勿論キミが住んでいるマンションの間取りだとか、そういうものだ。

 小さな偵察機は地球の環境を知る傍ら、生物の存在を知るだろう。まずは背の低い四足歩行の動物と植物。偵察機が風に乗り舞い上がる度に補足範囲も広がる。背の高い木々の前に、ヒトという種に行き着くのは当然と言えたかもしれない。

 そして残念なことに、中性子程度の大きさの何かが口に入った感覚とそれが血に混じり、全身を廻り脳へ至る感覚に敏感な生物が地球には存在しなかった。こうして静かに、速やかにヒトは補足された。誰しもが気付くこともなく。

 もしキノ娘がヒトを補足した瞬間、彼女達の小さな基地であるキノコを観察していたら風に揺らぐとは少し違う、スキップのような動きを捉えることが出来たかもしれないし、蓄えられたその情報が送信されるその時には薄らと裏側のひだが発光するのを視認できたかもしれない。

 光を越えた速度で母星に送られる情報は星を貫通し、銀河を貫き無尽に広がり続ける宇宙の切っ先すら飛び越えて走る。

 行き着いたのは一つの星。7割以上が森に覆われたその星はとても静かで、変わったことと言えば星の半分を隠すほどの大きなキノコが生えている程度だろう。他には木々の光合成を止めるものは無い。惑星の回転すらも止め、恒星に寄り添う小さな星こそ何かの母星。

 大きなキノコの傘、黒地にシロの斑点が特徴的だがその恒星に照らされているシロが沸騰した。シチューを思わせる沸騰は徐々に激しさを増し、白い丸を膨らませていく。

 排泄されたのはヒトの裸体。白い丸毎に見た目が違うそれは全種で70程だろうか。あっという間に裸体は山になりキノコの傘を彩ってゆく。その裸体は――キノコを材料にしたものだからだろうか、割合としてはヒトが大よそを占めるがキノコの傘や菌糸を模した意匠が散りばめられている。

 瞬き一つどころか吐息すら感じられない裸体の山がくねり影の中から現れたのは痙攣する固体。それぞれが違う種類の芋虫が陸に上がったオタマジャクシのようにくねりうねる。

 ゆっくりと、だが確実に裸体の山の頂点に至ったそれらは飽きることの無く痙攣とひきつけを繰り返す。明星の光が山々を照らし、落ちる影が蠢く中どれだけの時間がたったのだろうか。影の一つが腕を掲げる事に成功する。

「――」

 するとどうだろう。70余りの固体も数秒後それを模倣してみせた、影法師が白いスクリーンに移す影が一呼吸の間も無く伝染し後はそれの繰り返しである。肩の次は肘、股関節や膝。情報共有することで遺伝的アルゴリズムを模倣し学習する何か。間接が捻じ曲がり骨が砕けようとも、試行錯誤を止めることなく。立ち上がるまで然程時間はかからなかった。

「んッ」

「あっああ!」

 人体の仕組み、可動範囲を無視した運用に耐えかねたのだろう。警告サインとして音が鳴り、それを合図にまた新しい実験が始まった。

「あ!あっー!ああああああああ」

 音を挙げた固体が一斉に取り囲まれ、原因だと思われる部位。例えばくるぶしが90度曲がった足だとか、上体を起こすときに力みすぎて反対側に撓っている肘だとか、そういう部位を捏ねくり回されている。殺到する手足は城壁のような、それでいて艶かしい女のそれを起因させるだろう。

「ガああああああああああああああああ!!あ――」

 への字に折りたたまれた足がついに胴に別れを告げる、薄らと汗を滲ませたその太ももの付け根から噴出す血しぶき。その流れを掻き分けた手の大群はしっとりとした肉をくすぐり、足との別れを名残を惜しんでいる筋繊維や皮膚、とくとくと液体を垂れ流す管を指で弄ぶ。

 その間も大口を開け、無機質に叫びを繰り返していた口に拳の形になっている手のひらが押し込まれる。その僅かな隙間を埋めようと殺到する指の群れが呼吸と発声を阻害するのは当然だろう。

 チキンステーキに群がるカラスを思わせる彼女達は1鳴きすることなく静かに啄ばみ、足の次はその肩をもぎ取り、幸運にも大きなパーツを手に入れた固体はスーパーのセールから手を引き皮を剥ぎ、骨を削りだすことにやっきになっている。

 寝転がった姿勢のままでも存分に愛撫できた手足が無くなると次は胴だ。あぁ、口に拳を挿入していた誰かが乱暴に腕を跳ね上げると支えの無い肉体は重力に逆らい吊り下げられることになる。

 捥がれた手足はサイコロステーキに加工済みであり、暇を持て余した手もまた押し寄せる。

 無数の手足に乳房、腰を撫で回され、飛び散ったキノコの傘と体液が混じり肉体としての機能を失った体は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 乳房や内臓はすでに切り分けられ、真っ赤になった髪に包まり転げる頭。ちぎれた舌を持った個体がゆっくりと近づき頭を撫で付ける、その腕に装飾されていた白い欠片が落ちるも柔らかなキノコの傘に跳ね返り音さえ立たない。そうして動かないことを確認すると、あれだけ集まっていた集団が散らばった。どうやらスーパーのセールは終わったようだ。

 多くの固体が無表情を保ったまま崩れ落ちた肉片を見つめていると、肉片と同じ種類の固体が裸体の山から起き上がる。今度は各々がそれぞれの肉体を弄くりまわし、母音の合唱が響く。

 作業分担というヤツだろう。先ほどの音が危険を示すシグナルだと理解したキノコ娘達の中には肉体の可動範囲を探す固体が現れたし、もしくは肉体の限界を模索した固体もいるだろう。そして先ほど放った音について、調べる事にした固体もいるようだ。

 恐る恐る。といった感じで這い回り、歩き手足を動かし人間らしさには欠けるが安全で人体が故障しない運用方法を模索する集団の傍らでは、限界まで手足を屈伸され、腰をくねらせ胸を逸らす。扇情的とも言える集団がダンスを踊っている。

 股というのは何処まで広く開くものなのか。足は何故一回転させると股関節が異常をきたすのか、指先が一方向にしか曲がらないのは何故?疑問は尽きない。だが彼女らの固体の数ほどではないように思う。徐々に人体の運用をラーニング、習熟していく最中極端に騒がしい集団がある。そう、音を模索していた集団である。

「ああああああああああああああああ」

「おおおおおおおおおお」

「ひいいいいいいいいいいいえええええええええええええ」

 何せ、音が何処から出るのかを模索する為に咽は勿論口や舌、肺まで調べなければ成らなかったし、それと同時にヒトがそれをどう用いているかも調べなければ成らなかったからだ。

 咽を裂き肺を指の腹でなぞる傍ら、遥か遠い地球の。そう例えば君が朝、愛するヒトにおはようと言いキスを交わす。もしくは昼過ぎ、少し遅い昼食にサンドイッチとマグカップ一杯のカフェオレを啜り、最後に煙草を吹かす。おいしかった。その一言は何を表象し得るのか?”あ”と”い”の違いについて、口の形舌の位置息の吐き出し方。それらを模索するのだから、さながら生ゴミを漁るカラスのように騒がしい。

 大まかに3グループが試行錯誤を成し、ある程度人体の可動範囲を知り音を出す方法をラーニングした頃。山盛りだった裸体は目減りし、変わりに周りには剥がれた皮や引き抜かれた眼球、筋繊維などが散らばっている。

「あああああああああ!」

 立ち上がり空を見据えるキノコ娘達が慟哭する。何かを掴むように手を伸ばし肩が軋みをあげても止める事の無い仕草。

「わかったああよおおおおお」

 先ほどの集団の中で特に音を出す事に従事していた固体が音ではない、意思を表象した。まだまだ不確かな身体運用に引っ張られ、正確とは言えない発音のそれ。どうやらキノコ娘にとってヒトが築いた表象手段よりヒトの体を動かすことの方が難易度の高いことだったらしい。

 一度出来たことは須らく共有されるキノコ娘達に例外は無く、例えそれが縄跳びの後ろ飛びだろうが言葉だろうがだ。

「しりタい」

「もっどお」

「あしえて!」

「もとおしえテ」

 叫びを挙げるその方向には暗い宇宙が広がるだけ、明星の光を掴み取ろうと伸ばす影は届くことなく、邂逅は未だ叶わず。


 煙草を鼻から吸うと、ニコチンが回る回らないの前に鼻が痛い。

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