夜
夜だ。
今夜も私は救われない。することといえば切ることだけ。切るのは人。私にはその義務がある。これが何のための行為なのか私にはわからない。でも、切らなくてないらない。この頭の中に響く声が続く限り。
「殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。」
私の頭の中の声はそう叫ぶ。この声に抵抗なんてできやしない。私は人を追いかける。名前なんて知らない。さっき偶然すれ違っただけ。ただそれだけ。でもそれだけで私には切る理由になる。この大地に血を吸わせないといけない。どんどんと山奥の方へと逃げていく人影を追う。うまく誘導したと思う。街中に逃げられてたら、切ることはできなかった。私は自分の得物を握りしめる。高まる興奮。生物としての残虐さ。切る悦び。私はその小さい手にそれらを握りしめる。
「やめてくれ。俺には妻も子供もいるんだ。ここで死ぬわけにはいかない。なんでだよ。なんで俺なんだよ。」
男は息が上がりながらも懸命に走る。しかし、獲物を狩る者は一つも息を切らしていない。これが余興とでもいうのか・・・・・笑みすら浮かべる。でも口から発せられる言葉と表情は一致しない。
「なんで私は殺さないといけないのかしら。」
双眸からこぼれるのは液体はナミダ。悲しそうな声。連想されるのは悲しみ。しかし・・・・・・やはり面用は笑み。
獲物はもうすぐだ。そろそろ夜も深くなってきた。頃合いだ。狩人は獲物との距離を一気に詰める。
「やめてく・・・・。」
ぼとっ・・・。地面に肉塊が落ちる。抵抗すら許さなかった。辺りに血が飛んでいた。その血を狩人は浴びる。
「私はまたやってしまった。」
その場で崩れ落ちる。犬の遠吠えが聞こえる。狩人はむせび泣く。でも、やっぱりその表情は笑顔だった。
「でもまだ足りない。これだけ切ってもまだ足りない。会いたい。あの人に会いたい。いや会いたくない。会えないよ。」
私は血だまりでただただ泣くばかりだった。