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野獣  作者: 天崎 剣
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第9話

 普段から、戦闘に参加せず、殆ど家の中で過ごしていた、澪。

 同じ『野獣』でも、日々を戦闘の中に置く魁とは正反対だった。

 戦いを好まない澪が、何故『野獣』として、共に暮らしているのか、わからないわけではない。きっと、自分と同じように、柳澤に死ぬ一歩手前のところを、無理矢理『野獣』にされたからだろう、と、魁は特に澪に訊くこともしなかった。

 澪がいなければ、人間に戻れないこともあった。もしかしたら、澪は、そんな自分の、精神安定剤的役割なのではないか、とさえ思う。だからこそ、毎日癒しを求め、彼女と寝る。澪の、気持ちも考えずに……。


「何故、柳澤を守る……?」


 目の前に立ちはだかる澪に、魁はショックを隠せなかった。


「駄目……、絶対、駄目……」


『野獣』に変身し慣れていない澪は、喋るのも辛そうだ。荒い息遣いが、魁に苦しいくらい伝わってくる。

 涙を滲ませ、(うな)る澪に、魁は行き場を失った。

 力が抜け、腰を落とす。

 ──そこへ、五人の研究員たちが、重装備で(なだ)れ込み、次々と魁を押さえ込んだ。手を、足を、そして身体の自由を奪われ、全く動けなくなった。


「魁さん、すみません……。教授に何かあっては、困るんですよ……」


 耳元で、研究員の一人が(ささや)いた。


(わかってる、わかってる。けど……)


 どうにも出来ず、自分の身体に上乗りになった研究員たちの体重を支える。

 装備が身体に食い込み、──痛い。


「いい子だ、魁。大人しくしていろ。澪、ありがとう。君は自分の役目をよくわかっている」


 柳澤は、澪の頭をゆっくりと撫ぜた。

 憎らしい柳澤の手が、澪に触れるのが耐えられない。魁は叫んだ。


「澪に触れるなぁ! 澪も、どうしてそんな奴に……!」


「まあまあ、落ち着け、魁」


 撫でるのをやめようとせず、柳澤はまだにやにやとして、魁を見ている。


「澪は、お前の暴走を止めるための、『保険』みたいなもんだ。最初から、そういう役割として、お前の側に置いた。試験体のお前が、いつどうなるか、私にもわからなかったものでね……」


 悔しい、柳澤は、自分と澪の性格を知ってて、それで澪を側に置いたんだ。柳澤がどれだけ卑劣か、知っていたつもりだったが、ここまで綿密に仕組まれていたとは思わなかった。人の気持ちを簡単に踏みにじり、利用する。不気味にほくそえむ、時代錯誤のようなこの科学者に、自分たちは完全に捕らえられていた、その事実が重くのしかかる。


「せっかくの機会だ、アレを魁に」


 柳澤の合図に、研究員の一人が大きな注射器──まるで、猛獣にでも刺すような──を持ってきていた黒いカバンから取り出す。太い注射針。得体の知れない紫色の液体。


「な、何をする……?!」目を見張る。


「悪いようにはしない。ただ、お前がもっと上質な『野獣』に進化するための修正プログラムを積んだナノマシンを、体内に送り込もうとしているだけだ。その他の様々な薬品と一緒にね……。少し痺れるが、我慢しろよ。コレは、お前が『野獣』の姿のときでないと耐えられないと思って、ずっとしまっておいたもんなんだからな……」


 渡された注射を持って、魁に近づいてくる。屈み、押さえつけられた魁の左腕に、太い注射針を刺す。

 魁は悲痛な叫び声を上げ、悶えだした。

 液体が浸透し、全身に伝わっていくのがわかる。冷たく、異様なその液体は、魁の血管に乗って、隅々まで渡っていく。その先から、次第に神経が麻痺し、朦朧としてくる。副作用なのか。身体が言うことをきかない。


「さて……」


 空になった注射器を研究員に返すと、柳澤はすっくと立って、和泉のほうを向いた。にやり、と意味ありげに笑うと、ガラスの破片、ばら撒かれた機材を乗り越えて、近づいてくる。


「邪魔が入ってすまなかったね。和泉君」


 柳澤の視線が向けられると、和泉はビクッと、全身を震わせた。棚に手を掛け、震える手足で、必死に立ち上がる。


「答えを聞かせてもらおうか?」


「答え……?」


 真っ赤に晴らした目、涙を腕で拭い、顔を上げた。

 目の前には、取り押さえられ、研究員たちがのしかかったまま暴れる魁、様子を見守る、白い虎、そして、──そんな状況を作り、しかし、いまだ平静保つ科学者、柳澤圭司。


「もう一度言おう。君には、いくつか選択肢がある。『野獣』『キメラ・ゲーム』の存在は、『一般人には知られてはいけない』ルールだって、言っただろう? ──君は知ってしまった。口封じに殺すことは、簡単なんだよ。だが、私の友人でもある、橘院長のお嬢さんだ、自分のこれからを選ばせてあげようというんだよ」


 眼鏡の奥の細い目が、更に細くなり、和泉を嘲笑(あざわら)う。


「和泉……、惑わされる……な……」


 途切れ途切れの台詞。荒い息遣い。意識を失いかけていたが、それでも、魁は何とか抵抗しようとしていた。


「逃げ……ろ……、早く……」


 口が痺れ、思うように言葉が出ない。視界がぼやけてきた。

 自分の背後で、何が起こっているのか、それさえもわからないまま意識を失いたくないと、魁は懸命に自分を奮い立たせようとした。例えそれが無駄な抵抗であったとしても……。


「まだ、喋る元気があるようだな、あの男は。だが、じきに意識を失うだろう。……いいかい、『キメラ・ゲーム』は莫大な資金で動いている。まかり間違えば、国家が傾いてしまうくらい、裏社会では重要な存在だ。私の言うことをきかない、あの男も、所詮はその大きな舞台の役者に過ぎない。決められたシナリオの中で生かされていることを、理解できるほど、まともな脳みそを持ち合わせてはいなかったと見える……」


 散々な言われようだ。


「それでも、立ち向かう姿勢は、必要だと思うわ……」


 和泉はやっと、両足でしっかりと立ち、柳澤を直視した。


「例え『野獣』になったって、必死に生きようとしている魁を、認めてあげるべきだと思う……、それは、出来ないの?」


「出来ないね」


 即答。柳澤は更に冷たい視線を和泉に浴びせる。


「甘いな、和泉君。そして、若すぎる。世の中にはね、決して外れてはいけない道がある。足を踏み入れたら、もう二度と帰って来れない場所も。魁は私に命を預けたときから、その覚悟が出来ていたはずだ。──君に会うまでは」


「何……それ。私が原因だとでも、言うの?」


「然り。危険因子だ。中途半端に関わってもらっちゃ困る。さあ、どうする? このままここで殺されるか? それとも仲良く『野獣』になるか?」


 最悪の選択肢。滲み寄る柳澤。棚に寄りかかり、後のない和泉。

 冷たい空気の流れ、異様な空間で、和泉はまともに判断できるのか。柳澤の圧倒的な威圧感、バックにある、あまりにも壮大な計画。押し潰される。受け止めるには、重すぎる。

 和泉は深呼吸をし、ゆっくりと辺りを見回した。

 苦しげに悶える魁、見かねて側に屈み、ぺろぺろと顔を舐める虎。滑稽(こっけい)で、どこか、切ない。同情からか、愛しさからか、涙が込み上げる。

 彼女は静かに目を瞑り、大きく息を吸った。そして、唇をきゅっと結び、柳澤を見た。


「私は……」


「言うなぁ! 和泉ぃ!! ……やめてくれぇぇぇぇ!!!!」


 出来る限りの力で叫ぶ魁。

 薬の所為か、全身から急激に力が抜けていく。立ち上がろうと踏ん張るも、研究員が五人がかりで押さえつけてくる。歯が立たない。悔しい。

 爪で床を引っ掻き、手を握る。


「柳……さ……。やめ……」


 意識が遠のいてきた。強制的に眠りに入る。


(駄目だ……。和泉……。こっちへ来ちゃ、駄目だ……)


 暗転する視界の奥で、彼女の声が響いた。


「私は……、もし、許されるなら、魁と……」

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