都会の闇と世界の闇
都会の闇にはヤクザ住まい、世界の闇には闘士が住まう
都内でも指折りの勢力を誇るヤクザの事務所
「じょーちゃん達、ただで帰れると思っていないだろうなー」
いかにもヤクザって風体の男の言葉に、良美は震えながらも較を庇うように立ち言い返す。
「何よ、社会のクズが偉そうにしてるんじゃないよ! 直ぐにあたし達と、智代を帰しなさいよ!」
ヤクザ達はニヤニヤしながら話し合う。
「嬢ちゃんたちは、自分の立場が理解出来ていないらしい」
「元気良さそうな方は調教物AVにうってつけだな」
「もう一人はロリータ物を撮れば良いさ。この頃締め付けが厳しいが、その分上手く捌けばかなり儲かるぜ」
「変な相談するな!」
良美の背中でさっきのロリータ発言に、必死に我慢する較が思った。
何でこんな事に成ったのだろうと。
「それじゃあ智代が家に帰って無いの!」
良美が大声を出して立ち上がる。
クラス中の視線が集まる。
「シー」
較と良美のクラスメイトで、眼鏡をしたクラス委員長の鈴木優子がそう言って良美を落ち着かせる。
「あまり騒がないで、智代って両親が離婚する、しないで悩んでいたから、家出したんだろうけど、ここ二・三日誰の家にも泊まってないの」
「それだったら聞いたよ、智代が毎日誰かの家に泊って家に帰ってないけど大丈夫なのって噂」
較の言葉に優子は頷く。
「事情が事情だからあたしも二・三日泊めてあげてたんだけど、もう二週間もそんな事してたから、いい加減家に帰ったらと言ったら来なくなって……」
「多分他の所でも同じ事言われて、結局誰の家にも泊まれなくなって、今頃ラブホテルにでも」
「売春なんて縁起でもない事言わないの!」
又視線が集まるが、良美が騒ぐのはいつもの事なので直ぐ興味が無くなって、注目されなくなる。
「誰も売春してるって言って無いよ。学生が止まるとなると安い所じゃないといけないから、女子中学生でも入れて、眠る分には困らないラブホテル使ってるかもと思ったの」
「普通女子中学生を入れるの?」
良美の健全な考えに較は、クラスメイトの女子からティーンズ雑誌を借り、私の初体験のコーナーを見せる。
「……不健全だ」
「ラブホテルをやってる大人に良識を求めるのが間違いでしょ」
「確かに、智代って売春とかしないけど、変な所で度胸があるから、そーゆー所に泊っているかも」
優子が少し安心した様に言うが、較は少し考えてから言う。
「安心してる所悪いんだけど、そーゆー所に泊っていると、そっち系の人に目を付けられるから早めに止めさせないと駄目だよ」
「そうだよね。直ぐに止めさせないと……」
そして良美が立ち上がる。
「あたしが見つけ出して、家に連れてかえる」
「それでもあちき達がラブホテル街を歩き周るのは不味いと思うよ」
較の言葉に良美は拳を握り締めて言う。
「大丈夫、どんなしつこい奴等もあたしが撃退してあげる」
「まー、そっちの心配はしないけど」
そういいながら、較が振り返ると、無謀にも良美にそっちの仕事させようと、声をかけた男たちの屍が並んでいる。
「にしても、本当に危ないわね、少し歩いてるだけでこんなに声をかけられるなんて」
それは、この二人の存在感がそうさせるのである。
空手をやっていて鍛えられ、引き締まったボディーラインをしていて、全体的に明るい良美に、小学生と間違えられるがチャイドル並に可愛い較が並んでこんな所を歩いていれば、そっち系のスカウトが逃すわけが無い。
そして較も文句は言っているが、大多数の人間の中から気配で智代を探しだそうとしていた。
「よー嬢ちゃん達、俺の所に来ないか楽して稼げ……」
言い終わる前に、良美の蹴りが股間に決まる。
悶絶する男を無視して捜索を開始しようとした時、較の感覚に智代が引っかかる。
「ヨシあっち!」
較の言う方に良美が駆け出す。
「だからあたしは、体売るつもりなんて無いんだって!」
そこには、いかにものナンパ男に腕を掴まれた、年相応の可愛さの緑川智代が居た。
「今更そんな事が通じるかよ!」
「最初から言ったよ。一緒にご飯食べるだけで、その後は駄目だって! 貴方もそれで良いって言ったじゃん」
「そんな科白を本気にする方が馬鹿なんだよ!」
「智代!」
良美の飛び蹴りが、ナンパ男の側頭部を打ち抜く。
「良美! どうしてここに?」
驚いた顔をする智代。
「あんたを探しによ! さー家に帰るよ!」
「嫌あたしもーあんな家に帰らない!」
「馬鹿言って無い。今だって危なかったんだよ!」
「良いもん! あんな家帰るくらいだったら体売ったって良いもん!」
「何だって!」
「だからあんな家に帰る位だったら、体売って自立するの!」
「馬鹿も大概にしなよ!」
ゆっくり歩いてきた較が止めに入ろうとした時、数人の男子が良美達を囲む。
「嬢ちゃん良い根性してるじゃないけー。良い仕事斡旋してやるから安心せい」
較はこの後大事になると解かっていたが、その輪に入って行った。
「あの嬢ちゃんは自分で体売るって言ってんだ。嬢ちゃん達が口出す問題じゃ無いんじゃないかい」
「友達が間違った方向に進んでいる時に正してあげるのが正しい友情よ!」
その言葉に周りのヤクザが大爆笑をする。
「友情だってよ。初めて聞いたよ!」
「年齢誤魔化してない。戦前の人間の考え方じゃないか」
「違う違う、文明開化以前だよ!」
そこで再度爆笑が起こる。
「文明開化なんて、ハイカラな言葉知ってるんだ」
半ば馬鹿にしたつもりで較が言うが、気づいて無いのか、ヤクザ達は胸を張っている。
「当然だぜ、おれは高卒のインテリなんだからよ」
皮肉も通じないヤクザにため息を吐く較。
較にしてみれば、良美がいなければ、こんなヤクザなんて、全員半殺しの目にあわせて、お終いにするのだが、良美が居る以上、出来るだけ穏便な方法をとるしかないのだ。
「男だったら、そんな銃なんかに頼ってないで拳で来なさいよ!」
良美の言葉に、奥に座っていた組長が言う。
「面白い、丁度家にバトルの闘士をしている先生が居るんだ。余興に戦って見てもらいましょうか」
「組長、良いんですか、折角の商売品に怪我させて?」
「毎回同じ様なもんじゃ客もあきるだろう。偶には本当の殴り合い、それも少女が殴られ、ずたぼろに成った所を……。そーゆーマニアの人間も多いんだよ、特にこっちの業界じゃな」
組長は立ち上がり、良美の側まで来て言う。
「腕に自信があるんだろ。うちの先生とやって、もし勝てたら、もう一人の嬢ちゃんを含めて開放してあげよう」
「望むところよ!」
事務所の地下にある畳張りの部屋に良美・較・そして智代が連れてこられた。
そこには、一見すると何処にでも居るサラリーマン風の男が居た。
その男の顔を見た瞬間、較は失敗したと思った。
「先生頼みますよ」
その男は立ち上がり、言う。
「ええ、こちらとしても勤めている筈の会社が倒産してしまい新たな隠れ蓑が欲しかった所です。そこのお嬢ちゃんを組長の望む形で倒した時は、例の約束お願いしますよ」
「任せて下さい。お金も貰っている以上、しっかりダミー会社の社員になってもらいますよ」
「いやー、世の中も面倒ですよね、ちゃんとした仕事をしていないとレンタルビデオすら借りられないんですから」
較がそんな会話を聞きながら、諦めた。
「ヨシこっち向いて!」
「何だよ、ヤヤ!」
良美が振り返ると同時に、後にまわって手刀を入れて気絶させる。
「較、何やってるの?」
智代の言葉に較は髪の毛を一本抜いて、智代の前に出す。
『セイレーン』
そして智代の目から、意識が消えていく。
「貴方は今見た事を忘れる。そして眠くなって、起きた時には家に帰りたくなる」
智代は頷いてそのまま眠ってしまう。
較は二人を畳に寝かす。
「ここって組織の息かかった所なの、B級闘士、毒の手のリーマンさん」
サラリーマン風の男、リーマンが言う。
「何処かで見たことがあると思っていたら、A級闘士の鬼の娘、ヤヤさんでは無いですか」
いきなりの展開にその場居たヤクザ達がおろおろする。
そして床に眠る良美を一瞥してリーマンが言う。
「貴方達も運が良い。もしそこのお嬢ちゃん達が居なかったら今頃皆殺しにされてましたよ」
「どういう意味です。B級とか、A級とか意味が解かりやせんが?」
「闘士にもランクが有るんですよ。本当に殺し合いさせるしか能が無いE級、世界ランクの格闘家が金のため多く参加するD級、こっちのルールに染まりきったプロの闘士のC級、そしてバトルだったら、世界チャンピオンですら瞬殺出来る超人のB級」
そこで言葉を切る。
較が説明を続ける。
「C級までだったら、殺人さえ目を瞑れば、普通の見世物と変わらないって言われているよ。多分貴方達がバトルだと思ってみてるのはそこら辺でしょうね」
「そーですね。この人達ではB級以上の本当に何でもありの世界はついていけないでしょうから」
リーマンの答えに、ヤクザの中でも若い無謀な男が言う。
「世界チャンピオンを瞬殺って、そんな事出来るわけが無いだろう!」
次の瞬間、リーマンの手が消える。
そしてその若い男がのた打ち回りそして、苦痛の中で死んで行った。
「毒手だよ。B級闘士、毒の手のリーマンと言ったら、象すら数秒で殺す毒の手刀を持つ男って、有名なんだから」
ヤクザ達は、一斉に引く。
「何驚いて居るのですか、バトルの本質はここからなんですから。戦う以外に興味が無い様な人が只戦う為にその力を磨きかける。そして常人ではどうやっても届かない領域に入り込む。普通では幾ら積んでも見られないその戦いを見るのが組織に属する金持の道楽なんですよ」
そしてヤクザの一人が恐る恐る聞く。
「確かそっちのガキをA級闘士だって言ってたよな。そいつもお前みたいな化け物じみた技を持ってるのか?」
リーマンは首を横に振る。
安堵の息を漏らすヤクザ達に、リーマンは止めを刺す。
「A級闘士は正真正銘の化け物です。なんせ物理法則すら捻じ曲げる連中なんですから」
言葉を無くすヤクザ達。
「一見すると普通の女の子でしょ? でも違うんですよ、素手で鉄板に穴を開け、銃弾の弾ですら弾き。たった一人でグリーンベレーの精鋭を戦闘不能にする、鬼神エンの娘、ヤヤはっきり言って私が戦っても五分と持ちませんよ」
たった今、大の男を瞬殺した男の言葉では無い。
若いヤクザの一人が鉄砲を抜く。
「付き合ってられっか!」
そして引き金を連続して引く。
リーマンはあっさりかわすが、較は避けない。
『アテナ』
そして乱射された銃弾は較の皮膚に当り、畳に落ちる。
言葉を無くす。
鉄砲を撃った男はひたすら引き金を引き続ける。
較に銃弾が当たるがそれだけだった。
そして弾が尽き、その場に崩れる男の股間が変色する。
「大人しく帰してくれると嬉しいんだけど?」
較の言葉に、ヤクザ達が頷こうとした時、リーマンが言う。
「約束でしょ、私と戦って勝てば自由にすると」
ヤクザ達は目の前に居る男の考えが解からなかった。
リーマンは確かに化け物じみた力を持っているそれは、確かだが、目の前にいる較は一般常識ですら通用しない別世界の生き物なのだから、帰ってくれると言っているんだから帰した方が良いに決まっている筈だ。
「あなたなら解かるでしょ。所詮、闘士は闘士でしか無いって事に」
較は一度だけ良美を見てから言う。
「時間かけるき、無いよ」
「ええ、こちらも長々とやって勝てる相手とも思っていません」
勝負は一撃だった。
リーマンの自慢の毒手は、較の肌を貫くことは出来なかった。
そして、リーマンの両腕は畳の上に落ちる事に成った。
「私の存在価値が無くなりましたね」
平然とそう言えるリーマンと手刀で人の腕を切り落す較にヤクザ達は心底恐怖した。
「これで良いの?」
ヤクザ達は最初何を言っているのか、解からなかった。
「あちきの勝ちって事で、皆帰って良いの?」
慌てて頷くヤクザ達。
そして較は二人を担ぎ上げて事務所を出る。
「にしても、勝てる気がしなかったからって、後から不意打ちするなんて卑怯な奴ね!」
良美が憤慨する。
「でも良いじゃん、反則負けって事で、自由にしてくれたんだから」
「まーね。私もあんなサラリーマンみたいなおじさんを殴るのも嫌だったから良いけど」
「とにかく、智代が家に帰る気になってくれて、良かったよ」
「両親も今回の事に懲りて、離婚を取り止めたし。万事上手く行ったね」
智代の家から自分の家に向う二人。
「そー言えば、一つだけ気になることがあるんだけど」
「なに?」
「ヤヤの制服微妙に変わってない?」
「……気のせいだよ」
「そうだよね、態々放課後に制服を取り替える必要なんて無いもんね」
「そうだよ」
較はいざって時の為の予備の制服の代わりに、鞄に入っている穴だらけの制服は早く始末しようと思った。