無間合いの居合いと失恋
無間合いの居合いを放つ強敵との対戦、そしてそのバトルの決着と共に一つの恋が終る
人気の無い夜の川辺
「拙者はあの女性のことしか考えられない」
刀を折られた男が言った。
「あちきの気持ちも考えて」
辛そうな表情を浮かべる較
「貴殿の手作り弁当の恩は忘れぬだが、拙者にはあの女性しかいないのだ」
風が流れていく。
「ヤヤ何見てるの?」
下校途中に良美が較に問いかける。
「今時珍しい行き倒れ」
「へ……」
良美が較の答えに疑問符を浮かべながら指差す所をみると、そこにはまさに行き倒れの男が居た。
「行き倒れだよね?」
「……多分?」
人生経験が15年未満の少女には、行き倒れかどうかの判断は難しいらしいが、何年生きれば行き倒れの判断がつくのかは不明である。
「何だ何だ!」
駆け寄ってきたのは、顔は二枚目半で、運動神経と元気だけで女子に人気がある今時珍しい青春少年、大山良太である。
因みに良美とは幼馴染で、二人とも良がつくのは両親が示し合わせた為である。
「行き倒れだ! まさか現物を見れるなんてラッキーだな」
残念な事に脳味噌には余り栄養が行っていないらしい。
「やっぱ助けたら恩返しに来るんだよな」
良美は手を顔に当て、較は他人のふりに入った。
「よーし家に連れて帰るぞ!」
良太の頭に良美の回し蹴りがヒットする。
「いきなりなにするんだよ!」
「馬鹿いってないで、取敢えず水汲んでくる!」
ブツブツ良いながらも言われた通りにする姿を見ると将来結婚をしたら尻に敷かれる事を予測させる。
水を飲み行き倒れの男が言う。
「厄介になった」
「良いって事よ!」
のうてんきな言動をする良太を無視して、良美が話しを進める。
「どうしてこんな所で行き倒れになっていたんですか?」
「仕事で、ある人物を探しているのだ」
真剣なその瞳に嘘を吐いている様子は無い。
「そうなんですか?」
「因みに行き倒れになる説明にはならないけど」
較が突っ込むとその時男の腹が鳴る。
「その仕事が終るまでお金が入らぬのだ」
納得できる回答を受けたが、何もいえない空気が辺りを埋めようとした時、較がバックからお弁当箱を取り出す。
「これ食べます?」
「馳走になった」
較の質問が終ると同時に男の手が動き、きっちり10秒で今の科白を言っていた。
頬に冷や汗を流す較。
「今日午前中だけなのに、何でお弁当なんか持っているんだ?」
良太の言葉に、良美は自分のコンビニのビニール袋を見せて、
「一緒に外で食べようと話してたんだよ」
良太は、較が作ったお弁当とコンビニビニール袋を交互に見て言う。
「ヤヤが手作り弁当でお前はコンビニか?」
容赦ない正拳突きが顔面に入り沈黙する良太。
そんな中、男が言う。
「しかし意外な所で会うものだ」
「そーだね」
男は、地面に落ちていたゴルフバックを掴む。
較も呼吸を整える。
「それで探し人はどんな人?」
良美のその質問が二人の緊張を崩す。
目で合図をする。
「気にしないでくれ、これから捜索を続行する」
「俺達も手伝おうか? 仕事終るまで金が入らないんだろ?」
何時の間に復活した良太の言葉に男は首を横に振る。
「これでも仕事にはプライドがあるのでな。今夜はそこの川辺を探索しよう」
そう言って去っていく。
そして日が沈み夜の帳が落ちた川辺に較が居た。
「昼間の事は感謝しておいた方が良いのかな?」
ゴルフバックから日本刀を取り出し居合いの構えを男はとり答える。
「構わん。拙者も関係ない人間を関わらせる主義は無い」
較は唾を飲む。
相手の事を多少は調べられた、居合いを使うA級闘士、一文字剣一郎。
本名を公開名とし、殆どの試合を一太刀で終らせる強敵だという事を。
昼間お弁当をとった時の動きから考えて、その噂が本当である事も確信していた。
正直剣の間合いに入ったら勝てる可能性が低いと考えていた。
「最強の鬼神の娘ヤヤ。A級闘士の中でも群を抜いた成績を残している。勝ち過ぎて、破ったものには賞与が出る程に」
相手以上に較は有名だった。
較は慎重に間合いを詰めようとしたその時、月が蔭る。
それは幸運だとしか言い様が無かった。偶々月の蔭りを利用して、攻撃しようと移動した事には。
「幸運は続かないぞ」
較は言葉が無かった。
間違いなく刀が届く間合いでは無かったが、較が立っていた後の橋桁に裂け目が有る。
「抜刀と同タイミングだから剣風によるカマイタチじゃないよね」
沈黙する剣一郎に、較は構えを取る。
較は普段は構えを取らない。構えを取るその行動が次の行動を予測される材料になるからだ。
しかし、今回に限っては相手も構えを取っている上、下準備無しの防御で防げないと考えたからであった。
二の太刀が来る。
『アテナ』
銃弾すら防ぐ皮膚硬化の技を行い、同時にきっちりガードを固めたが、較は弾き飛ばされた。
防いだ腕には、浅からぬ斬り痕が出来ている。
「大した物だ、拙者の太刀を受けて生きているのだからな」
「打つ手無しの状態じゃ、褒められたもんじゃないよ」
剣一郎の先の二太刀以上の力を次の太刀に込める為に集中する。
そして較は構えを解く。
「避けられるつもりか?」
剣一郎は一撃を避ける為に動きが鈍る構えを解いたと判断した。
そして、今度は較が沈黙をする。
剣一郎の三の太刀が放たれる。
次の瞬間、較は、何も無い空間を両手で挟んでいた。
「気剣白刃取ってところかな」
剣一郎の刀もまるで延長線上にある見えない刃を挟まれている様に動かない。
「鞘で限界まで気を高め、刀身の伸ばす様に気の刀身を構成する。魔法や仙術が平然と出てくるバトルでもそうそうお目にかかれない気の密度と構成力だよね」
呼吸を整えながら較が言う。
「こんなの出されたら一太刀で終るのも当然だよね」
「幸運に感謝する事だな」
剣一郎の言葉に較が頷く。
「こーやって受けられたのも、偶然一の太刀を避けられ、二の太刀のタイミングを体で覚えたから。極限まで高められた条件反射無しには出来ない超高速の居合い、タイミングを変えるなんて事は出来ないからね」
そして較の両手が合わさる。
気の刀身が消えたのだ。
再び刀を鞘に収める剣一郎。
「次で決める!」
「次は無いよ!」
較は地面を強烈に蹴り込む。
『タイタン』
蹴りの衝撃は本来有るべき反動を無視して、増幅拡大して川辺の砂利を吹き上げる。
剣一郎の足場が乱れる。
「上か!」
剣一郎は刀を切り上げる。
居合いの時には劣るものの尋常ならぬ力が込められたその刀身に較は手刀を合わせる。
『オーディーン』
剣一郎の刀が折れた。
人のざわめきが近づいてくる。
「武士の魂が折れたけどまだやる?」
剣一郎は刀を鞘に収め、居合いの構えを取る。
「まだだ」
較は首を横に振る。
「自分でも解かっているんでしょ、刀が折れて、刀身に因る加速が無い居合いでは、あちきに通じないって事を」
「それでも負けるわけにはいかないのだ!」
較は違和感を覚えた。剣士として刀が折られた今、何にそこまで執着するのかと。
「どうしてそこまでするの?」
「お前に勝ち、拙者のフィアンセの借金を返す為だ!」
剣一郎の言葉にものすごく嫌な予感を覚えながら較が言う。
「事情聴いて良い?」
「出会い系サイトで知り合った女性がいるのだ。父親が莫大な借金をしてこのままではやくざに身売りしないといけなくなる。そうなったら拙者と結婚出来なくなるって泣いて居るのだ」
剣一郎の説明に、較は全身から力が抜けるのを感じた。
「一言言って良い?」
「例えこの一太刀が以前より劣って居ようとそれを補う愛がある!」
断言する剣一郎に較ははっきりと言う。
「騙されてるよそれ」
緊張の糸が完全に切り落とされた。
「何を根拠に!」
大声を出す剣一郎。
「何処の世界に父親の借金返すのに、出会い系サイトを使う女性が居るの!」
怒鳴り返す較に、反論する剣一郎。
「自分で何ともしようがなく、万が一の可能性に賭けてと言っていた」
「冗談は寝て言いなさいっていってあげなよ、億が一にもそんな事があったとして、その女性の父親に会った事ある?」
苛立ちながら較が言うと、物知り顔で剣一郎が言う。
「物事には順番と言う物があるのだ。まだ子供の君には解からんだろう」
「多額の借金を返して貰うって言うのに父親を無視する訳いかないでしょが!」
再び怒鳴る較に、剣一郎が反論を返す。
「それはその女性が、父親に内緒でと言っていた」
「内緒でそんな大金返せるわけ無いでしょうが!」
再び沈黙が訪れる。
「……しかし拙者は確かに借金の誓約書も見せてもらったぞ」
そう言って一枚の紙を取り出す。
較はもう、警戒のけの字も見せずに近づきその証文を確認する。
「知ってる? こーゆー物ってシャチハタじゃ駄目なんだよ」
そう言ってシャチハタ(多分百円均一で買ったであろうー判子)で、つかれた印を示す。
言葉を無くす剣一郎。
「知り合って何ヶ月」
較の言葉に搾り出すように剣一郎が言う。
「一週間。当座のお金として有り金全て二百万を渡してある」
今度は較が言葉を無くす。
余りにもお馬鹿な剣一郎の思考に。
「……連絡先聞いてある?」
較の問いに、剣一郎は小さく頷き、携帯電話を見せる。
較は携帯を奪い取り、電話を入れる。
暫く待った後、携帯電話を剣一郎の耳に当てる。
『この電話はただ今使われていません。・・・』
「逃げられたね」
較の言葉に涙する剣一郎。
そして
「生き恥を晒す位ならここで切腹してやる」
「あちきと互角に渡りあったあんたがそんなくだらない事で切腹されたらあちきが嫌だよ」
「拙者はあの女性のことしか考えられない」
「あちきの気持ちも考えて!」
「貴殿の手作り弁当の恩は忘れぬだが、拙者にはあの女性しかいないのだ」
「女なんて幾らでも居るよ!」
「百回も振られ今度こそと思っていたのだ!」
「もー何だったら男に転べば」
「拙者は若い女が好きなのだ!」
「こいつ最低!」
剣一郎の説得に較は、次の朝まで掛った。
因みに勝負は剣一郎の正式な敗北承認で較の勝ちになったが、較は今回の事は記憶から抹消する事を心に誓っていた。