人外を追う者達
遂にあの剣一郎との再戦なる
較とやりあうその為だけに作られた、鉄板で作られた床の闘技場
「今回は女の借金の為じゃないよね?」
そんな較の言葉に、剣一郎は答えず居合いの構えを続ける。
較は大きく息を吐いて言う。
「最初に言っておくよ、そっちが違う様にあちきも前回とは違うよ」
二人の間に凄まじい気が張り詰める。
銃弾が剣一郎に迫ってくる。
およそ二キロ先からの狙撃、較の様に、周囲の空間を操作でもしない限り回避不能なその狙撃に対して、剣一郎がとった手段は普段と変わらない。
居合いで斬ったのだ、銃弾もそして狙撃を行ったライフルも。
「無臭のガンマン、少女を使うとは悪趣味だな」
この後、剣一郎は数人の狙撃に狙われるが、全てを少女達のライフルを斬るだけで回避し、無臭のガンマンを斬った。
「へー妹さんが居るんですか?」
「兄離れが出来ない妹だ」
一美のクラスメイトの鈴木小百合と剣一郎は二人で食事を取っている。
二人の関係は比較的良好だった。
小百合は小さく笑って言う。
「私にも兄が居ましたが、こんなカッコイイお兄さんだったら仕方ありませんよ」
「そうですか」
そんな良い感じであった。
小百合を家まで送った後、一人歩く剣一郎の前に組織のエージェントが立つ。
「次の試合ですが、B級闘士との対決です」
剣一郎はそんな言葉を無視する様に言う。
「ヤヤとの再戦の件はどうなっている」
圧倒的な圧迫感、しかしそのエージェントは何時もとは違い、笑みで答えた。
「この次の対戦に組み込まれています」
その言葉に剣一郎は刀を隠したゴルフバックを握り締める。
「ついに時が来たと言う事だな」
京都にある一文字家の居間にある、電話のベルがなる。
剣姫が電話にでる。
「一文字です」
『剣姫だな』
剣一郎の声が受話器から出て来る。
その途端、剣姫が笑顔になる。
「お兄様、お元気ですか?」
『変りは無い』
そっけない返事。
「今度私、空手で全国大会に出るんです。出来ましたら見に来て下さい」
少しでも剣一郎の気を引くためにそう言う剣姫。
『解った。父に代わってくれ』
剣姫はその言葉に少しつらそうな顔をするが直ぐに返事をする。
「……解りました」
そして二人の父親、鋭一が電話に出る。
「何の様だ」
こっちもそっけない。
『お金を貸して欲しい』
借金の申し込み、鋭一は意外に思った。
いままでそんな事は一度も無かったからだ。
「何で金が要る。生活できないのなら家に帰り、門下生の指導でもしていろ」
『白風の娘との再戦をする。その為の場所を作るのに金が必要なんだ』
その一言で鋭一には十分だった。
「場所の用意はこっちでやる。お前は修行だけしておけ」
『解った。場所と要求はそっちに送る』
剣一郎もあっさり納得する。
そして鋭一が切る間際にはっきりと言う。
「負けたら死ね」
冷酷な一言に、剣一郎は平然と答える。
『残念だが、命有るうちに負けを認めるつもりは無い』
空手の全国大会の会場から剣姫と剣一郎は運転手が運転する家の車で鋭一が作った場所に向う。
「お兄様、あの小娘との再戦をするんですか?」
その言葉に剣一郎は頷く。
「お前は八刃について聞いた事あるか?」
剣姫は頷き答える。
「武の道では外道と言われ、関わる事を深く禁じられている八つの家名」
剣一郎は己の刀を握り締めて言う。
「我一族も、殆ど関わりを持たないようにしてきた。しかし、大正時代に一人の剣士が八刃の一つ、神谷に嫁いだ。それが全ての始まりだ」
その話は剣姫も聞いた事があった。
「確か、一族の恥と、断罪の為の人間が送られたと聞いています」
剣一郎が更に鋭い目をして続きを語る。
「そして断罪に向った人間は皆、やられて帰ってきた。神谷の人間にまるで子供の様に負けたそうだ。それから一文字家では、八刃に勝つための技を追求し続けた。その結果の一つが奥義遠暫だ」
剣姫が自分が使う技の素性に唾を飲む。
「拙者が何でバトルをやっている教えてやろう」
剣一郎の言葉に剣姫が兄の顔を見る。
「今、十三闘士には八刃の人間が二人居る。その二人を倒し、長年の屈辱を晴らす為だ。前戦った時は、まさか本当に白風だとは知らなかった。しかし今回は違う。負けて命を繋ぐ気は無い」
「お兄様死んではいけません」
慌てて抱きつく剣姫。
「安心しろ。相手を倒せばいいのだ」
そう優しく頭を撫でる剣一郎であった。
そんな兄の手に深い不安を覚える剣姫が居た。
「それじゃあ、再戦するんだ」
比較的のんきな良美の言葉に、較が無言で頷く。
「一度勝った相手だもん勝てるよね?」
較は首を横に振る。
「闘士の戦いに前回の戦いなんて意味無いよ。生き続ける為に闘士は常に成長している。だから前回勝てた相手だからって勝てる保障はないよ。それに前回勝てたのは幸運が大きい。今回はしっかり勝ちをとるよ」
そう言って鍛錬を続ける較。
その横で自分のトレーニングをする良美はなにか口でいえない不安を感じていた。
白風家に剣姫が来た。
「お兄様に代わって対決の場所に案内に来ました」
その顔を見て、良美が言う。
「あんた、もしかしてここでヤヤが拒否してくれる事、期待してない?」
剣姫は何にも言わない。
較は、そのまま着替えもせずに靴を履く。
「ヨシ、ついて来るんだったら早く準備しなよ」
敵が案内する場所に躊躇無く行こうとする較に剣姫が言う。
「良いのですか? 対決の場所は貴女にとって不利な場所です」
較は答えず、良美の方を見ている。
「残念だけど無理。ヤヤは状況も相手も選ばないから。相手のテリトリーに躊躇無く入っていくそれがヤヤの戦う道だよ」
良美は、手荷物だけ取ってくる。
そして較と良美が剣姫が乗ってきた運転手付きの車に乗り込んだ。
対決の場所に到着し、床を軽く蹴り較が言う。
「厚い鉄板の床、前回のタイタン対策って所だね。でも鉄板でも振動は伝わるよ」
奥で待っていた剣一郎が刀を腰に差して振り返る。
「どんな振動が来ようとも、そこに床がある限り、拙者の構えを崩す事は出来ない」
そのまま居合いの構えをとる。
「今回は女の借金の為じゃないよね?」
そんな較の言葉に、剣一郎は答えず居合いの構えを続ける。
較は大きく息を吐いて言う。
「最初に言っておくよ、そっちが違う様にあちきも前回とは違うよ」
二人の間に凄まじい気が張り詰める。
「お兄様、勝って!」
闘技場の外に居る剣姫はただひたすら祈る。
「神頼みなんてやめなよ」
剣姫の隣にいる良美が言う。
「他人同士の貴方達とは違います。私とお兄様は兄妹なんです!」
良美が自分の拳を見せる。
「何のつもりです?」
剣姫がその拳をみて首を傾げた時、良美の拳が震えているのに気付く。
「あたしは怖い。もしかしたらヤヤが死んじゃうんじゃないかって。でもあたしは信じてるのヤヤを」
剣姫は驚いた。
全国大会で戦った時から、この良美は格下の人間だと考えていた。
しかし、そこに立つ良美からは、自分には無い強さを感じたからだ。
「私もお兄様を信じます」
そして二人の視線の先では、一見するとただそこに居るだけの較と剣一郎だが、二人ともタイミングを見計らっていた。
剣一郎は相手に確実な一撃を決めるタイミングを、
較は相手の一撃を確実に凌ぐ為のタイミングを、
そのまま時が過ぎる。
一時間経っても二人は動かない。
剣姫が半歩だけ下がったその時、剣一郎が動く。
常人では抜いた事すらつかめない抜刀を較は察知し、そのタイミングにあわせて右腕全体で何かを弾く為の動作をする。
『カーバンクルフラッシュ』
車がガードレールにぶち当たる音と共に、較は地面に手を着くと地面を叩く反動を利用し、全身のばねをフルに使って剣一郎に向って駆け寄る。
剣一郎の一乃太刀は、較が気を反射させる撃術を右腕全体にかけて、多少のタイミングのずれを力技でねじ伏せて、気の刃を上に逸らした。
しかし二乃太刀は、すぐさま来た。
抜刀では無い、通常の袈裟切りとして。
『オーディーン』
較の左腕でそれと斬りあう。
一乃太刀でその威力の大半を殺した筈の気の刃が、較の左腕半ばまで食い込む。
しかし、そこで刃が止まる。
較は痛みを無視し、出血を最低限の回復撃術で抑えて、剣一郎に迫る。
剣一郎は最後の手段として小太刀を抜き対抗しようとした。
較は残った右手でその小太刀と正面から打ち合う。
『オーディーン』
小太刀は、砕け散り、較の必殺の一撃が剣一郎に迫った。
その時、剣姫の刀が較を襲う。
較は咄嗟に身を引いて、再び間合いを開く。
「お兄様大丈夫ですか?」
そういった剣姫の顔に剣一郎の張り手が入る。
呆然とする剣姫の前には、怒りの形相をした剣一郎が居た。
「お前は今自分が何をしたのかわかっているのか!」
怯える剣姫。
「お前がした事は、剣士としての拙者の誇りをずたずたに切り裂いたのだぞ」
「……私はそんなつもりは」
涙目で答える剣姫。
怒りの収まらない様子で剣一郎は剣姫を蹴り飛ばす。
剣姫は壁に叩きつけられる。
「良美、お願い」
較は剣一郎から目を離さずそれだけを言うと、良美が慌てて剣姫のところに行く。
そして剣一郎は較の方を見ると較が言う。
「最初に言うよ、あんたはどうだか知らないけど、あちきにとっては今のもありだよ。まー次にやろうとしたらその子は腕が無くなるけどね」
頷き剣一郎が言う。
「そうであろう。だが安心しろ。腹に蹴りを入れた、もう立つことすら出来まい」
「流石はお兄様、怒りを覚えても大切な妹には余計な傷を負って欲しくないって事ですね」
そんな較のもの言いに、剣一郎が言う。
「親友を救う為に、わざと敵の罠に嵌まるお前には、言われたくないな」
そう言いながらもう一度居合いの構えをとる。
「ところで自分が勝つ方法気付いてる?」
較の言葉に剣一郎が言う。
「ああ、お前を牽制したまま居合いの構えを続ければ、左腕に大怪我追ったお前は自然と体力を失う。まともに動けなくなった所を狙えば良い」
苦笑する剣一郎。
「やらんがな」
二人の間の緊張感が高まる。
較の左腕から血が落ちたその瞬間、剣一郎の三乃太刀が放たれる。
『カーバンクルフラッシュ』
再び、気の剣は上に逸らされた。
接近する較、再び袈裟切りが放たれようとしたその瞬間。
較の左腕を前に出すと、そこから物凄い血が噴出し、剣一郎の視界を閉ざす。
そして、袈裟切りの刃は前転する較の上を通り過ぎる。
刀を避けた較の足が、剣一郎の手首を狙う。
『オーディーンランス』
較の突き蹴りが、剣一郎の両手首を砕いた。
「ヤヤ大丈夫」
良美が近づいてくる。
大量の出血で顔が青い較だったが、何とか止血処理をしてから答える。
「人間この位の出血じゃ死なないよ」
比較的落ち着いた感じであったが、よろけていた。
そして剣一郎が立ち上がる。
「まだ終っていない」
その言葉に、較が言う。
「終ってないって、勝ち目あるの?」
「そんな事は関係ない、やらないといけない。このまま生き恥を晒す訳には行かん」
その言葉に較が溜息を吐く。
「馬鹿だね、もう十分恥だよ。そして死んでもその恥は消えないよ。剣一郎に出来るのは傷を治して恥も外聞も無く再戦を挑み、恥を帳消しにする事だけだよ」
その言葉に、剣姫も頷く。
「そうです、今回は私が邪魔したから負けたんです。次はきっと勝てます」
剣一郎は自分の両腕を見て言う。
「解った。しかし拙者は必ず勝つ」
そんな剣一郎を残して較と良美が戻っていく。
「ヤヤ本気で大丈夫?」
良美の言葉に首を横に振る較。
「あのねー、腕を半ばまで斬られて大丈夫な訳ないよ。痛いんだからね」
その言葉に大分よくなった事を悟る良美。
「でもやっぱ強かったんだ剣一郎」
頷く較。
「紙一重の差だよ。実は最初に懐に飛び込んだときもう右手駄目だったからね」
そう言って較は右手を見せる。
良美がその手を触り、凄く気持ち悪い顔をする。
「指の骨全部折れてるじゃん」
頷く較。
「それがばれてて、手での攻撃が無いとばれてたら、最後の動きは読まれてたかもね」
較の指が折れた手を見ながらしみじみ良美が言う。
「本気で紙一重だったんだー」
そう言ってる間にも較は苦痛を感じながらも体力回復の為の眠りに入って居た。
「まずはこの怪我を治さないとな」
傷の痛みから、よろめく剣一郎。
「お兄様でしたら直ぐに完治しますわ」
剣姫が剣一郎を支える。
その時、小百合が入ってくる。
「小百合さん、どうしてここに」
剣一郎はそう言って時、小百合は鞄から何かを取り出そうとする。
剣一郎は咄嗟に肘で剣姫を突き飛ばす。
そして普段だったら決して当らない拳銃の弾丸が剣一郎を捉えていく。
言葉を無くす剣姫。
「兄さん、仇とったわ」
小百合は拳銃の銃口を剣姫に向ける。
「どうして?」
剣姫の言葉に小百合が答える。
「そこの男はあたしの兄を殺したのよ! なのに裁かれない。そんな理不尽な事あって良い訳無いわ!」
拳銃をグリップを強く握り締める。
「強い兄さんを殺した男だもの、早々油断してくれなかった。一美からこいつの話聞いた時は、幸運を神に感謝したわ」
自分の胸を触り続ける。
「これでもスタイルには自信があったから、それを強調してあげたら一発だったわ。今回のこともベットの中で話してくれたわ。どうしてもしないといけない、死ぬかもしれない戦いをするって」
そして動かない剣一郎を蹴る。
「兄さんを殺した男に抱かれるのは最低だった。正直こいつが問題の敵に殺されたら折角の我慢が台無しになる所だったわね。でもお笑いね兄さんを殺した男があんな小娘に負けてそして、妹の私に止めを刺されるのだから」
そして剣姫を睨む。
「それじゃあ貴女にも死んで貰うわね?」
微笑む小百合。その時、その腕が切り落される。
「へ……」
小百合が振り返ると、そこに砕けた小太刀の刃を口にした剣一郎が居た。
そして次の瞬間小百合の首が切り落された。
「お兄様大丈夫ですわよね?」
剣姫の膝の上で剣一郎が呟く。
「すまない、拙者は自分の恥を拭えないみたいだ」
「そんな事ありません!」
必死に叫ぶ剣姫。
「お前には才能がある。あいつと拙者の戦い方を見たな。お前はお前の方法で奴に、奴等に勝つ方法を掴め。それが剣に生きる拙者達の道だ」
そのまま息絶える剣一郎。
「お兄様!」
剣姫の絶叫が響き渡る。
学校帰りの較と良美の前に、一文字家の車が止まる。
そして中から剣姫が出て来る。
「お兄様が死にました」
その言葉に良美が驚くが、較が平然としている。
「その様子だと、バトルじゃなく、敵討ちかなんかですか?」
剣姫が頷く。
「ええ、でも貴女と戦っていなければ、お兄様がそんな奴には負けませんでした。私は一生貴女を許しません」
その言葉に良美が何か言おうとするが較が押し留める。
「お兄様の遺言でもあります。私は絶対に貴女を殺します」
そういい残し、車の中に入っていく剣姫。
「まるっきりの八つ当たりじゃない」
良美の言葉に溜息を付き較が言う。
「仕方ない事だよ、それがバトルって奴なんだから」
較は、女に騙され易いが、自分が知る中で最強の剣士に黙祷を捧げる。




