剣一郎の妹
空手の全国大会そしてその選手の中に剣一郎の妹が……
空手全国大会の会場の側の人気の無いビルの影
「ここが適当でしょう」
刀を持った少女、剣一郎の妹の言葉に較はメンドくさげに頷く。
「どうぞどうぞ」
「それでは行くわ!」
そして少女が居合いの構えを取る。
「一つ聞いて良い?」
較の質問に空手着を着た良美が型の練習をしながら頷く。
「良いよヤヤ」
「あちきと夏休み中旅行していて合宿にも出てないヨシがどうして代表選手に選ばれたの?」
その言葉に、周りの団体戦の選手が頷く。
「そんなの簡単じゃない。代表選手と果し合いして勝ったからだよ」
その答えに較は顧問で、良美の父親の大門熊男の方を向き言う。
「大門先生、こーゆーのを選手にして本当に良いんですか?」
「勝ったんだから良いんじゃないか?」
当然の様に言う熊男に較が冷たい視線で言う。
「教育者としては問題がある発言だと思います」
それに対して熊男が言う。
「夏休み前に良美は、土下座したんだよ」
その言葉に、良美が慌てる。
「お父さん、それは言わない約束でしょ!」
「ここでは大門先生って呼ぶんだな」
そういいながらも熊男は話を続ける。
「どうしてもヤヤと一緒に行かないといけないと普段やらない、道着の洗濯から、道場の掃除まで何でもやってたぞ」
顔を真っ赤にする良美に較が言う。
「そんなに海外旅行したかったの?」
こける良美。
「教員の安月給じゃ海外なんて連れて行けないからなー」
しみじみいう熊男。
他の部員も笑い出す。
本当の事を言えない良美はぶすっとした顔をする。
中学生全国空手大会の予選を無事突破して、全国大会に出場した良美の初戦の相手とにらみ合っていた。
その相手は、細身の外見だが、鋭い気配を感じ、良美が警戒する。
相手の選手の動きを見て居た較が言う。
「あれって空手じゃない」
その言葉に熊男が頷く。
「ああ、空手のルールの上で使っているが、あれは古武術の類だな」
熊男は、頬をかいて言う。
「でもへんだな、メジャーでない古武術で無く、空手で全国を狙うってパターンは少ないがあるんだが、そーゆーのとは違う気がするぞ」
較も頷く。
「どちらかというと、真面目な会社員がアフター五で資格とろうって言う感じですね」
その言葉に苦笑する熊男。
「お前本当に十四か? まーでもそんな感じだな。他の奴等みたいに空手に全力を傾けている感じではないな」
試合は結局、良美がポイントで勝り勝利した。
その後も良美は、目覚しい活躍を見せ、初出場でベスト八入りを果たす快挙を上げた。
「あたしはあいつは許せない!」
ベスト八入りしたのに不機嫌な良美に較が言う。
「ヨシの方が弱かったんだから仕方ないじゃん」
誰も突っ込めない本音を較が突く。
周りの人間は大噴火を予測したが、良美は持っていたタオルを投げつけるだけで済ましてから言う。
「負けたのは正直嫌だけど、良いの。あたしが許せないの初戦のあの京都代表の一文字って選手よ!」
その言葉にみんな驚く。
まさか勝った試合の事で苛立ってるとは思わなかったからだ。
「あいつ実力全然出してない。あれじゃ勝った気しない」
その言葉に較は頬をかき言う。
「多分、その選手の本気は空手の試合じゃ見れないよ」
較の言葉に良美が言う。
「どういうこと!」
「苗字が気になったから確認したらビンゴ、剣一郎の妹だよ。だから十中八九、専門は剣術だよ」
その言葉に良美がいきり立つ。
「それどういうこと!」
その答えは控え室の入り口から聞こえた。
「私にとっては、空手は剣術をフォローする技の一つの鍛錬でしかありません」
全員の視線がその人物、一文字剣一郎の妹、一文字剣姫にあつまる。
良美はそう言うと詰め寄る。
「そんな中途半端な気持ちで大会に出たの!」
剣姫は冷めた表情で言う。
「鍛錬の一環として学校で空手部に所属して居たら、顧問の先生に頼まれて仕方なくです」
その回答に殴りかかろうとする良美を、合気の技で動きを封じる較。
「はいはい、ここで問題起したら学校自体が迷惑するから止めようね」
「放してヤヤ、この舐め腐った奴を叩きのめさないと気がすまないの!」
そんな二人に対して、剣姫が言う。
「私も貴女程度に負けたままでは、折角応援に来て下さったお兄様に申し訳ないですものね。ここで決着をつけましょうかね?」
そう言って構えを取ろうとする剣姫に較が言う。
「剣一郎だったら、とっくに帰ったよ」
その言葉に、剣姫が驚く。
「どうしてお兄様の名前を知ってるのですか?」
その言葉に較が言う。
「ちょっとした知り合いでね、さっき会場に一美さんから紹介してもらったって、女性を連れて来てたみたいだよ」
その言葉に良美が言う。
「剣一郎が来てたの? 丁度良い、妹の教育がなって無いって言ってやら無いと!」
「お兄様を呼び捨てにするなんてなんのつもりです!」
にらみ合う二人。
「どうせヤヤに負けた奴の妹でしょう、大した事無いわよ!」
良美の言葉に剣姫が驚く。
「お兄様が負けたって誰にです!」
「ヤヤによ!」
良美が較を指す。
剣姫の視線が鋭くなる。
「嘘です。こんな小娘にお兄様が負ける訳ありません!」
更に険悪になる雰囲気に較は諦めの吐息と共に言う。
「取り合えず、ここだと詳しい話できないから場所変えよ」
「それでは本当にお兄様に勝ったんですか?」
会場の側にある喫茶店に入った較、良美、剣姫。
「そうだよねヤヤ!」
良美の言葉に較は頷く。
「七十%以上幸運の上の勝利だったけどね」
その言葉に驚く良美。
「あの剣一郎ってそんなに強いの?」
大きく頷く較。
「女には、騙され易いけど間違いなくA級闘志の中でもトップクラス。もう一度やって勝てと言われても難しいよ」
メロンソーダを飲みながら較が続ける。
「無間合いの居合いを回避するのは不可能に近し、次やるとしたら、前回と同じ失敗は絶対しない。あちきは闘士としてだけは認めているよ」
その言葉に剣姫が言う。
「お兄様が強いのは当然です。しかし幸運とはいえ、貴女がお兄様に勝てるとは思えません」
その言葉に較は指を弾くと、剣姫の髪が数本切れる。
「古流だったら、相手の実力を掴む能力位持ってるよね」
その言葉に剣姫は一瞬見せた較の実力を察知する。
「中々やるみたいですねしかし、幸運とはいえ、お兄様が貴女の様な小娘に負けたとあっては一文字家の恥です。ここは妹である私がその恥を晴らすために戦うべきですね」
そう言って手元においてあったバックから刀を取り出す。
その言葉に較は困った顔をする。
そして良美が呆れた顔で言う。
「あんた馬鹿! 剣一郎が勝てなかった相手に勝てるつもり?」
それに対して剣姫が胸を張る。
「それは幸運だからです。一文字流抜刀術宗家に負けを許されません!」
「それで対決するの?」
人気の無い建物の影で剣姫と対峙する較に良美が言う。
「まー少しやれば納得するでしょう」
呑気な事を言う較。
刀を構えた剣姫が言う。
「言ってなさい、私の居合いの前に貴女の力は意味は無いわ!」
その構えには一部の隙は無い。
少女とは思えない、動きで三メートルあった間合いが一瞬で詰める。
超高速の居合い。
常人なら反応すら出来ないそれを較はあっさり右手だけで掴む。
「流石に剣一郎の妹、良い物もってるけど、そんなスピードじゃあちきには通用しないよ」
「馬鹿な一文字流抜刀術が通じない!」
その言葉に較は答える。
「自分の力の無さを流派の所為にしないほうが良いよ。剣一郎は、この十倍以上のスピードを出せて、到底片手で受け止めるなんて出来ない。ついでに言うと年齢とかも関係ないよ」
その言葉には説得力があった。
「これが私の全力では無い!」
一度下がると目を閉じて気を溜める剣姫。
較はその様子をじっと眺める。
「勝てるつもり?」
研ぎ澄まされた剣気が集中していくのを感じながら較が言う。
「確かに剣一郎の妹みたいだね」
良美は慌てる。
「ヤヤやりすぎは駄目!」
戦闘モードに移行したのを感じたのだ。
「一文字流抜刀術奥義、遠斬!」
剣姫の暫撃は、気の塊として、較に迫る。
『カーバンクル』
気の塊が弾かれる。
「馬鹿な!」
驚愕する剣姫、しかしその次の瞬間、較の指が剣姫の腕に触れた。
「チェスト!」
その瞬間、良美の突きが較に放たれる。
較はその突きを受け止める。
「バトルじゃないのに、何やってるの?」
その言葉に自分の頭を叩き較が言う。
「ごめん、止めてもらって感謝してます」
素直に謝る較。
「本当だよ、早くそのバトルクレイジー、直してよね」
較は少し視線を逃がすが、睨まれる。
そんな感じのまま硬直した剣姫を置いて、二人はその場を離れる。
較達が去ってから暫く経ってからようやく剣姫がその場にしゃがみ込む。
「あれが、お兄様を破った人?」
剣姫は首を横に振る。
「あれは人間じゃない!」
絶叫する剣姫。
「残念だが、剣士もまた人である前に剣士なんだ」
その言葉に驚き振り返る剣姫。
そこには剣一郎がいた。
「……お兄様」
剣一郎は続ける。
「あれは間違いなく人外だ。でも一文字流は、それに追いつけると考えている」
剣一郎は剣姫の刀を取ると居合いを行う。
その剣の軌道に沿って大木が斬れる。
「前回と同じ結果にはならない」
剣一郎の手には一枚のカードが握られていた。
その時初めて剣姫は兄を怖いと思った。




