隣の神様(竈神様編)
我が家の庭にある祠には、神様がいる。
どんな神様かといえば、竈神様である。
日本ではかまど神様と呼ばれており、基本的には火の神であり、家に住むものを守る守り神様ともされている。そんな神様がなぜ庭にある祠にいらっしゃるのかといえば、あまり込み入った理由は無い。
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隣の神様(竈神様編)
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「これはどういうことなのだ、南! この設計図には竈が無いではないか!! 竈作れ!」
「いやいや、待ってくださいよ。家の中に竈作ったとしても、一切使いませんよ? IHにする予定なんですから」
「IHは火じゃないから、俺の存在意義が無くなってしまうだろうが! 竈! 竈がいいー!!」
「んな無茶な……。おかあさーん!! 竈神様が無理言うー!!」
「あらあら。困ったわねぇ。もう大体の設計は終わっちゃったのよねぇ」
「俺に相談も無く!?!? 祟る! 祟ってやるぅう!!」
「竈神様に南、何を騒いでいるんだ? 南はもういい歳なんだから女らしくしなさい」
「あ、お父さん、お帰りなさい。 そして、その発言セクハラー。娘と父だからって許しませんからね!」
「東か、今日も皆のためにご苦労だったな。よく休め」
「ただいま、南。竈神様も、ありがとうございます。今日はお土産にシュークリームを買ってきたぞーぅ。南が言ってたヤツ。これが最後ですよって言われたからある分全部買ってきたよ」
「おぉ! やったー! これってばあの駅前の店のじゃーん! お茶入れるね!」
「うむ、俺もシュークリームは好きだ。 どれ、気分がよいゆえ、俺が茶を淹れてやろう。南、用意せよ」
「竈神様の淹れるお茶はすんごくおいしいのよねー、なぜか。紅茶でいいかな」
「いや、緑茶だ。ここのシュークリームは緑茶にすこぶる合うのだ」
「なんで竈神様がそんなこと知って……はっ!? まさか、お母さん……」
「うん。この間お隣からいただいたのを、竈神様と一緒にナイショで食べちゃった。おいしかったわよ」
「感想なんか聞いてないんだよぉおおお!! ずるいっ!!」
「なんだ、うるさいぞ南。ほら、俺が手ずから淹れてやった茶だ。心して飲むがよい」
「複雑……。飲むけどさ。ありがとうございます、竈神様」
「……それで、竈の話しに戻るが。……俺はもういらぬということか?」
「え? 竈神様、それは、誤解……」
「言うな、南。俺などもう時代にあわぬ廃れた神だと思っておるのだろう? 本当はわかっておる。八百万の神々と崇められていた頃とは違い、今は神の姿を見つけることが難しくなっている。そんななか、お前たち家族は俺を今まで大事に祀ってくれたな。これでも、感謝をしておるのだ。竈を作れなどと、無茶だというのはわかっておったのだ」
「竈神様……」
「この家にいられなくなることは最初から諦めておる。今の世には俺のようなものは必要ないと、わかっておるのだ。だが、正式な祀り方も知らないお前たちが、突然現れた俺の祀り方を知るために、神社に教えを請いに行ったときに俺は誓ったのだ。お前たち家族を何があろうと守ろうと。だから、俺をいらぬと思ったのだとしても、姿を見せぬように俺はお前たちを必ず守ろう。」
「竈神様、そんな、私たちはこの家で竈神様と過ごしたこと本当に嬉しく思ってるんです。お父さんもお母さんも、家族の一員として竈神様の事を思っています。もちろん、敬ってもいますし、畏れてもいます。けど、大事な家族の一部なんです。だから、姿を、け、消す、なんて、言わ、言わな、で、くだざいぃいいいい~!! もう駄目ー!! お父さん、本当の事早く言ってーーー!! うあぁあああんん!!!! サプライズとかいらないぃいい!!」
「竈神様! 誤解ですから! 確かに我が家の新築後のキッチンはIH仕様ですが、竈ありますから! 一家の大黒柱として、我が家の一員である竈神様をないがしろになどするつもりは無いと誓います!」
「……は?」
「本当は、IHのキッチンと竈を別々に作る予定だったのですが、竈が2つあると凶という話を聞いて、どうしようかと悩んだのです。ということで、そっちの設計図はフェイクです。こちらが正式なもので、ほら、設計図の此処、ここの部分をこうしてですね……」
「……お前たちは馬鹿なのか? IHと竈を一緒にするとか、普通は考えんぞ……!? どういう構造でこうなっているのだ……?」
「キッチンをこう、半分をフローリングで半分を土間っぽくしてですね……」
「いやいや、だからな。これではお前たちが不便だろう!」
「でも、竈神様がいらっしゃるなら、いいかなってお母さんが。お父さんも楽しんで設計してるし、竈神様はあまりお気になさらず。ね!」
「竈神様がいらっしゃるなら、キッチンは安全だしねぇ。火事の心配もないし。南の面倒も見ていただけているし」
「お母さん、私もう30近いんですけど。なんでそんな、子供扱い……?」
「いつまでもふらふらしている娘は子供扱いで十分でしょ」
「……えっと、それはあとできちんと話し合うとして。工事の間はキッチン取り壊しちゃうし、神棚も置けないから、竈神様にはご不便でしょうけれどちょっとだけお庭の祠に移動して頂きたいなーって思ってるんです。いいですか?」
「それは、俺は、かまわんが……お前たち、それでよいのか?」
「いいも何も、ねぇ、あなた」
「ああ、竈神様とは、これからも一緒に我が家で過ごしていきたいと思っているのですよ」
「そうそう! 私も、今更竈神様がいない生活なんて想像もつかないし」
「お前たち……そうか、感謝するぞ。これからも、お前たちを禍事から守っていこう」
「嬉しいな。竈神様のお茶が毎日飲めるねー! それに、うちのご飯も前より数段おいしいし!」
「あんたって子は! お母さんに失礼よ! お母さんのご飯は前からおいしいわよ! ……なーんて言うけど、実際、竈神様と交流してからとれたうちの庭の野菜、すっごく評判がいいのよー。お隣の三条さんの奥さんや志波姫さんの奥さんたら、うちの野菜食べてからお肌の調子がよくなったし他の野菜は食べられないってほど美味しいって褒めてくださって!!」
「お父さんもな、仕事場で結構危険な目にあうんだけど、火が避けてくれるっていうか……、やっぱり竈神様のおかげなんだろうなぁ」
「……お前たち、加護目的か? そうなのか!?」
「加護はおまけですって! 加護がなくても、竈神様は我が家の一員です!」
「そうね。それに、いずれはこの娘を娶ってもらうつもりですしね」
「そろそろ見合いでもと思っていたけど、竈神様がいらっしゃるし、安心だな。知らない男に嫁にやるより、よく知った婿が来てくれるほうがお父さんの精神安定的な意味でもいいしな」
「……え、それは、私も初耳……はっ!? まさか、突然改築しようって言い出したのは……」
「じ、つ、は……娘夫婦の為の改築でしたー!! 南と竈神様のための! 南に見せていた設計図もフェイクでしたー」
「驚いた? ね、驚いちゃったー?? うふふ! あなた、大成功ね!!」
「待て待て待てーー!! 異類婚姻譚ーー!? ちょ、まってよ、神様への生贄っていったら、もっとこう、ピチピチの女の子とか美少年とかさ!! 竈神様だって、こんなアラサー女いらねーよ! ね?」
「南が俺の嫁……?ふむ、……悪くない。それに、寝起きの悪さとだらしのなさを知っている俺が貰うのが世のためとなる、か。」
「私の寝起きの悪さとだらしのなさはそこまで世界に悪影響及ぼさないよ!?!?」
「お母さんの朝のリズムが悪影響を及ぼされてるわよ。いいじゃないの。あなたは絶対に男をどこかで引っ掛けるなんてできないから。お母さんが言うんだから絶対よ。だから見合い話を野菜分けるかわりに志波姫さんのところの息子さんにお願いしようと思ってたんだから。でも、よく考えたら、我が家にはあなたの事をまめまめしく世話してくださるイケメン神様がいるじゃない。熟年夫婦じゃないかしらって思っちゃうこともしばしばだったし。お父さんも娘と旦那様を心穏やかに見守る為の予行演習になったし、だったら慣れ親しんだこの雰囲気のまま最後までいっちゃえばいいんじゃない?ってことになったのよ」
「なるなよ!!!」
「お父さんとお母さんの会議で決まったんだから喜びなさい。別に、嫌じゃないでしょ?」
「で、でも、経済力とか!! 竈神様に経済力は求められないし!!」
「大丈夫よ。ね、お父さん」
「ああ。実はな、竈神様からな、『世話になっている礼に、俺の祠のあったところを掘れ』と言われて掘ったら、財宝がざっくざっくで……」
「花咲かじいさんかぁああ!!!」
「南よ」
「なんですか、竈神様。竈神様からも何とか言ってやってくださいよ!」
「とりあえずな。シュークリームを食べて落ち着け。そして、その後に家族計画とやらを立てようではないか」
「それ私が求めていた答えじゃないですから!!!」
我が家の庭にある祠には、神様がいる。
どんな神様かといえば、赤い長髪のイケメンな神様で、大昔は荒神として恐れられていたらしいが今は穏やかに我が家と我が家の家族を守ってくれている。
3ヵ月後には、新しくなった我が家の台所に再び祀られる予定である。更に言うなら、……私の夫になる予定である。
END
郡山 南
>>家に実体化した神様がいる社会人。女。
>>庭で見つけた祠の跡から汚れた鏡を発掘したのが彼女。鏡から神様が現れる。
>>ご近所さんの三条さんちの燕ちゃんとは幼馴染。昔は良くお互いの家の庭先で遊んでいた。
竈神様
>>郡山家の現守り神。火のような赤い髪(引きずるくらいの長髪)のマッチョ系イケメン。
>>鏡を通って郡山家へ現れた。(実は別の世界の神様らしい)
>>郡山家の娘を娶るのを密かに喜んでいるらしい。
>>火の神であったり農業の神であったりといろんな面を持っているため、その加護はさまざま。