ハイスペスパダリは猫嫁にだけ微笑む
昨日が猫の日だったので猫ネタです。
世界観、天狗姫と同じですが、本編知らなくても読めると思います。
あたし飼い猫。
雑種の黒猫。
ハイスペスパダリの嫁猫である。
「にゃーん」
星型の可愛い鈴をつけた嫁猫の仕事は、愛する夫を起こす事である。
「にゃーん、にゃーん!」
起きて!
と、黒い髪が掛かる陶器にような滑らかな頬に肉球をむにゅり!
爪は立てたくないのである。
この整いまくった端正な美しすぎる顔に線一本入ろう物なら、あたしはテリトリーを出て行く所存である。
お隣ん家のプク丸も道連れだ! 「……エッ」by.プク丸
んもー! 口がこそばゆそうに動いているの、こっちは気付いてるのよ! 起きてるでしょダーリン!
「にゃー、にゃーにゃーにゃん!」
「クスクスクス……起きますよぉ……」
あたしの必殺肉球連打に、ようやく夫は平伏した。毎日毎日、よく飽きないものである。
「おはようございます。乙女さん」
「にゃあん!」
おはよー、ダーリン!
飼い猫と書いて嫁と読む。
大人猫になってから拾われたあたしにとって、彼は主人ではあるが、親では無い夫だ。
『自称』と笑いたければ笑うが良い! もふもふの愛くるしい美猫と、可愛さで競って勝つ自信が有るならな!
「乙女さん、ご飯ですよ〜」
「にゃーん」
夫、静は食べ物にこだわりが有るらしい。
猫語じゃお話出来ないから、きちんと聞いた事は無いけれど、あたしのご飯はいつも手作りなのだ。
お刺身の鯛やマグロなんかを焼いたり煮たりしてくれる。
無論、動物用の薄味だ。
「今日はカレイですよ。冷めてると思うんですが、熱かったらすみません」
全然構わない。
熱いのならば、冷めるまで待てば良いのだ。
あぐあぐ ぺろり
夫が用意してくれるのなら、カリカリでも缶詰でも、ミシュランのご馳走である。
ミシュランのご飯がどんな物か知らないがな!
「それでは留守を頼みますね」
「にー」
スウェットから着替えた夫は、控えめに言って最高に完璧である。
185はある長身を包む皺一つ無い紺のスーツ。ネクタイも曲がっていないし靴も綺麗。
やや長い襟足はそのままに、しかし見苦しく無く整えられた黒髪。ニキビひとつ無い肌。小枝が乗りそうな長い睫毛に縁取られたペリドットの目は、とっても穏やか且つセクシーだ。
……うん、猫でも『この雄ヤッベ』てなるんだから、人間の雌達なんてもっと悶えてるんじゃ無かろうか?
大丈夫か? コレとエレベーターが一緒になった雌の皆さん、降りた後鼻血で救急搬送されてないか?
「お外に出ても良いですが、浮気はしちゃダメですよ?」
屈んだ夫が此方に手を伸ばして、あたしの脇に手を差し込み、二足歩行でもさせるように持ち上げる。
そしておでことおでこを、軽〜くコツンとぶつけた。
「にゅん」
それはこっちの台詞である。お仕事がんばってね!
━━パタン。
……さて、見送り完了。今日も洗面所にあるアタシ専用の出入り口から、テリトリーのパトロールに出発するのだ!
***
(静視点)
ああ、とても煩わしい。
「この新商品のCMに起用したのは、ミントエンターテイメントの酒用さんでしたよね? なぜ今日になって急に藍色プロのあの女優になってるんですか?」
「か……会長……」
ぶるぶると。鳴り止まないスマートホンのように震える目の前の男には、広報を三年任せてみた。
結果、あまり就業態度がよろしくないという評価。そして大手所属だが大根役者のハニートラップに引っ掛かり、元々CMの依頼をしていた役者に大怪我を負わせるところだった。
「言っておきますが、僕は問いかけているのではありません。裏は取れていますので。全く、イメージと全然違う女優さんが撮影所に来る前で良かった。デスクは他の者に片付けさせます。もうお帰りいただいて結構ですよ」
「そんな……! 待ってくだ━━」
やっぱり、人間は遅いな。
縋りつこうとした男をひらりと交わせば、勝手に男はバランスを崩して床に転がる。
そんな彼に、なるべく優しい笑みを向けてやった。どうせ最後だから。
「本来なら警察に引き渡しています。ですが、被害に遭われた酒用さんが示談を望んだので、貴方には遠い場所での仕事をご用意致しました」
部署の移動を通達する紙を、彼の目の前に差し出す。
何処とはハッキリ言わない。
紛争地域スレスレでインフラが整っていない素敵な国外だ。
「では、さようなら」
他の部下に引っ張られて、ようやく男が去った。
さーて、パソコンに今日も業務メールが大量に来ている。全部チェックして……はぁ、時代はペーパーレスでは無かったのか。
どうしてもそっちの対応が追いついていない他社、まだまだ多いな。
そこの山になってる書類は、今日中にちゃんと片付けられるだろうか?
「会長、午前の会議ですが……四分の三がインフルエンザに罹ったようです」
秘書の言葉に、一瞬眩暈を覚えた。勘弁してくれ。
「それはもう中止するしかないでしょう。午後の分は?」
「欠席者はおりません。ただ予定していた会議室のエアコンが故障しているそうです」
「別室を直ぐ手配してください」
はぁ……頑張りますか。
乙女さんの夜ご飯を遅らせる訳にはいかない。
秘書「(流石、永菱財閥会長、多忙だなぁ。けどやっぱ美しいし凛々しい……!)」
全ての仕事を終わらせた。会議が1時間延長した時は定時上がりを諦めかけたが、乙女さんのご飯のためなら倍以上スピードが上がった。乙女さん効果凄い。
「秘書さん、仕事は慣れましたか?」
後部座席から、運転席の秘書に声をかけた。
知人の紹介で雇った男性秘書とは、まだ一月半の付き合いだ。
「はい!」
「良かった。……一つよろしいですか?」
「何でしょうか?」
「鞍馬の御隠居様と、近々また会食があります。実は他の方から聞く限り、僕が招待した会食では、御隠居様の反応が今一でして」
この質問を投げてみたのは、彼が妖達の住まう常世でも力のある━━天狗一族の、現世の屋敷で勤めていたからだ。
僕は主に、人の多い現世住まいだが、常世と現世は表裏一体。文化も産業も、現世だけでの成功などあり得ない。切っても切れない。
「ああ、多分甘味のお土産が無いか、美味しくない店選んだんじゃありません?」
何やら、予想の斜め上を行く回答が聞こえたな。
「御隠居様は、甘味好きでは無かったのでは?」
「姫様━━お孫様と一緒に住んでらっしゃるので」
成る程、確かに孫娘を可愛がっているという噂は聞いた事がある。
なかなか悪名高い方だったから、小さい女の子に配慮する姿など思いつかなかった。女の子が好きそうな甘味の土産の店か、リサーチしなくては。
「あ、止めてください。降ります」
「危なくないですか? まだ家まで少し距離ありますよ」
「大丈夫ですよ。僕だって自衛くらい出来ますから」
安心させるべく微笑んで「お疲れ様でした」と、車を見送った。
さてと、匂いは……うん、そんなに離れてない。すぐに追い付ける。
さっき、車窓から見えた黒い立派な毛並み。
アレは間違い無く乙女さんだ。
乙女さんはお風呂好きで、いっつも僕に進んで洗われる。だから元々美猫だったが、益々拍車が掛かり、この辺りでは評判の美猫になってしまった。
━━チリチリチリン。
匂いを辿れば、続いたのは聞き覚えのある鈴の音。
「乙女さん」
「……にゃー!」
塀の上を難無く歩く姿。
尻尾を散らして振り返った顔の目は、爛々と輝いていた。
僕は腕を広げて彼女を待つ。
何故、飛び込んで来ないんだ?
「にゃん」
ああ、並んで歩きたいのか。
ニコニコしてしまう顔が止まらない。
職場やそれに限らず周囲からは散々、『冷血漢』だの『紳士の皮を被った悪魔』だの時々言われるが、乙女さんの隣ではすっかり別人だと、自分でも思う。
「ただいまですよ。乙女さん」
「にゃあん♡」
夕暮れの帰り道。
乙女さんに癒されながら、僕はどうしようかと少し悩んでしまう。
だって、言うタイミングを完全に逃したからだ。
僕は化け猫で、完全に猫化したら乙女さんと本当に結婚出来るんだ……って。
夕暮れの中。
後ろを向けば、自分の影の頭部に三角の耳がピコピコ生えていて、尻尾がゆらゆらしていた。
(この1人と1匹、3ヶ月後に静の秘密が暴露され、常世で入籍する)
猫の日には間に合いませんでした。無念です。
が、猫の日だったんで、どうしても猫ネタ書きたくてこうなり、投稿致しました。今回、天狗姫と同じ世界観という設定です。
下にちょこっと設定書きます。
【設定】
乙女
雌の美猫。普通の黒猫。生まれは野良ちゃん。
何故か船やトラックで色んな場所に運ばれる数奇な運命で日本各地を転々としたが、どこも猫に優しい地域ばかりだった為、人間への悪感情は無い。
保護する系人間に「新顔ちゃん?」と認識され始めた辺りで本猫の意思に関係無く次の地域へ移動になる為、耳をちょこっと切る処置など受けなかった。
現在は静の飼い猫。
常世に行く事になったら眷属にされて化け猫の仲間入り予定。
久菱 静
化け猫。外見年齢20代半ば〜後半。
本当は常世の住人だが、この一族は一定の期間、人間として現世でやってる自分達の会社の仕事をする。
元々会長職だった父親と次の会長候補数名が『南の島買ったから遊びに行きます。探さないで』という書き置きを残した為、彼がまだまだ若い(※と言っても200歳超えてる)が会長になった。
人間として現世で生きている時は総資産約600兆円の大財閥の会長。
人間時は180センチ超えの長身に、襟足だけ少し長い黒髪。目はペリドットで大変美しく整った顔立ち。
本当は冷血漢。ただビジネス的な付き合い時なら勿論柔和にニコニコ出来る男。
ある晩に散歩をしたら、公園のベンチにいる乙女を発見し一目惚れ。餌と寝床の提供で釣って連れ帰った。
本当に優しいのは乙女にだけ。乙女に朝起こされるのが大好き。
猫化したら長毛種の、抱っこするのが女性にはちょっと苦労する大きさの黒猫になる。




