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外伝1 仕立て屋の再起

「いやはや、自分の心情を読まれるとは恥ずかしいことこの上ないのですが、それでも私はこの日の感動を誰かに伝えずにはいられないのです。一度醒めた熱というのはよほどのことがなければ、そのまま冷え切ってしまう。私自身、何人もそういった人を見てきました。そして、いずれ私もそこに続くのだろうと、、、その覚悟はできていたのです。今となってはただの杞憂にすぎませんが。この日から私は生涯現役、この言葉を胸に誓っております」

 歳月というのは実に恐ろしく、それは時に人から熱を奪う。若い頃の私は、布を触れれば、糸を紡げば、次々と作りたいデザインが湧き上がった。寝ても覚めてもそれのことばかりを考え、時間がいくらあっても足りにないとさえ考えていた。

 

 その情熱は周りにも伝わり、遠く外国からも私のデザインを求めて多くの貴人がこの店に訪ねてきた。

 

 ――そう、かつては。


 40を超えたあたりからだろうか、泉のように湧き出てきたアイデアの数々が、枯れたのだ。

 周囲は変わらず素晴らしいと言ってくれるが、私自身が満足できないのだ。現に、外国から私のデザインを求める者たちはほとんどいなくなってしまった。

 だから私は、身を引き、残りの時間を後進の育成に力を注ぐことにした。

 

 そんな折、私の前に、ある日2人の若者が現れた。

 

 第1印象は、随分と対照的な2人が来たと感じた。

 銀髪の背の高い青年と藍色の髪をした少女。

 耳は尖り、スタイルはよく、青年の方は180㎝を超えているだろう。言葉を選ばねば、吸血鬼のような妖しい美しさすら感じられた。一種の畏怖さえ抱かせる、異様なまでの存在感だった。

 もしも、私が病に伏せていたのなら、死神、いや数年ぶりに活動を再開した白い死神(モルス・アルバ)の来穂かと錯覚してしまっただろう。

 あまりの美しさに、店員たちも落ち着かない様子で、何人もが入れ替わるようにして応対を試みていた。いつもなら、お客様の前で何たらる体たらくだと、すぐさま注意したところだが、目が奪われてしまうのも仕方がない。


 「店長のアベルと申します」

 「グラシアン・グラキアリスだ。本日はよろしく頼むアベル殿。こちらは——」

 「ルミナ・グラキアリスと申します。同じくよろしくお願いするのです」


 2人は兄妹なのか、顔つきがよく似ていた。

 グラシアン様は場慣れしているのか、所作や表情、髪の毛の一本一本まで計算されつくしているのが分かった。

 一方のルミナ様は慣れてはいないのか、表情は硬く見えた。それでもその所作は、グラシアン様と同じく洗練されていた。

 

 見れば見るほど興味を惹かれる2人であった。

 外国であっても名家であればそれなりにこの国にもその名声が届くものだ。だが、”グラキアリス”などという家名は聞いたことがなかった。にも拘わらず、2人の所作は明らかに上流階級のものだ。特に、グラシアン様は足を組み、一見すると傲慢に振る舞っているように見えるが、些細なところに染みついているのであろう繊細な所作が見え隠れしている。


 「来月に控えたシルヴィナール王国の国王様の生誕祭でのお召し物でございますね?」

 念のため、確認をとる。


 「あぁ、参加は最終日だけのつもりだから1着ずつ頼む」

 「かしこまりました、デザインはどのように?」

 「そうだな......ルミナは、どうしたい?」

 「そうですね、、、今とそこまで大きく変わらない物、でしょうか」

 「そうか、では、ルミナの物はゴシック調のカジュアルドレスを俺の物はそれに合わせたデザインで、他は貴公に任せる」

 

 てっきり別々に参加するのかと思ったが、如何やら違うらしい。

 兄妹でパーティーに参加するのは決して珍しくはないが、それはどちらかが幼い場合だ。ある程度の年齢になったらそれぞれのパートナーと参加するはずだ——邪推をしそうになって辞める。それは私が気にする事ではない。

 

 にしても、年頃の娘であればそれなりの要望があるだろうに、よほど私の腕を、いや、私の腕を信じているグラシアン様を信じているのだろう。

 

 この2人を見ていると、枯れたと思っていた泉のようなアイデアが、再び次々と湧き上がってくる。

 この美しい2人に相応しい服を、私のデザインを着て頂きたい。――デザイナーとして生きてきて、作ってくれと懇願されたことはあれど、作らせてくれと懇願したくなるのは初めてだ。


 「それはそれは、腕が鳴りますな。では採寸の後、色をご提案しましょう」


 服に合わせる装飾品は、この店では生誕祭までに揃えることができない。そのため、ドレスの色だけはすぐに伝えなくてはならない。

 だが、いつかこの2人を私の全力を持って飾りたいと考えてしまう。これもきっと、私のデザイナーとしての性なのだろう。――あぁ、私はまだ、デザイナーでいたかったのだ。


 採寸のためにルミナ様を女店員に預け、グラシアン様の採寸を行う。

 グラシアン様が立つと、強い、薔薇の香りが動いた。

 

 先ほどはルミナ様の要望しか聞けなかったため、グラシアン様の要望を聞く。

 

 「ふむ、そうだな、」と言って躊躇いもなく右脚のズボンを少し上げて見せた。

 思わず目が留まる。――歩行を補助する機械が、その青白い足にしっかりと装着さていた。


 「この通り、俺はあまり足がよくない。そのため、ズボンは少しゆとりのある物を頼む」


 グラシアン様は、まるで何でもないように言った。補助のためだというその機械の下にはひどい傷跡が見え思わず息が詰まる。見てはいけないようなものを見たような、そんな後ろめたさが胸に湧き出てくる。それを悟られないようにして言葉を返す。

 

 「かしこまりました。靴はこちらでご用意することもできますが、どうなさいましょう?」

 「あぁ、頼む。貴公の腕は信頼しているからな」

 

 その言葉に少し驚く、どうやらグラシアン様は私のかつての栄光を知っているらしい。


 「......私の事をご存知だったのですね」

 「勿論、昔——」そこまで言って彼は言葉を飲み込んだ、どうやら何か理由があるらしい。

 

 「......忘れてくれ、何でもない」


 私はその言葉に無言でうなずき、素早く採寸を終える。余計なことを聞いて、この縁を切りたくはない。

 それにしても、なんて均整の取れた体だろうか、見せるためではなく、より実用的な筋肉が程よく全体についている。


 採寸部屋から応接室に戻ると、ルミナ様はいまだ採寸が終えないようで、まだ戻る気配はなかった。するとグラシアン様は、ふと思い出したかのように口を開いた。

 白い牙が見え、年若い者かのように気恥ずかしい気持ちになる。

 

 「もう1着ずつ服を頼みたいのだが」

 「かしこまりました」


 やや食い気味で了承する。グラシアン様の驚いたような表情に、しまったと思う。


 「生誕祭の翌日までにここに届くようにして頂きたいのだが、」


 やや厳しい日程ではあったが、調整すれば何とかなるはずだ。

 指定された場所はシルヴィナール王国(月の国)の中でも1位2位を争うほど人気のホテルだった。

 

 「どのようなデザインをお求めでしょうか?」

 「第一王女に謁見する可能性がある」


 グラシアン様は非常に端的に答えた。

 

 「そ、それは、ど、どのような件で?」

 つい、余計なことまで尋ねてしまった。


 「秘密だ」


 彼はそう言って口元に指を当て、蠱惑的に笑った。

 悪魔という存在はきっと彼のような姿をしているのだろう、ふとそう思った。


 「デザインはすべて貴公に任せる」

 「それは、装飾品も含めてでしょうか?」

 「あぁ」


 願ってもいない言葉に胸が躍る。

 思わず机が揺れ、ガタンと音を立てた。そこでようやく我に返る。どうやら机に身を乗り出してしまっていたらしい。


 「申し訳ございません」

 「いや、かまわない」


 どうやら思ったよりも長いこと話し込んでいた様子でルミナ様が戻ってきた。

 ルミナ様にも先ほどの件を伝えようとすると「ダメだ」とグラシアン様の口がゆっくりと動くのが見えた。その言葉に従い口を閉じる。

 ルミナ様の採寸を聞き、2人に似合うであろう色の布を見せる。


 「お2人にお似合いになる色ですと、この中にあるものたちが最もふさわしいと思います」

 

 すると、どうやら本命の色がルミナ様の目に留まったらしい。

 

 「どうやら決まったようだな」


 再び、グラシアン様に配送先を紙に書いてもらう。髪の留め具が取れたのか、髪が落ちてくる。

 グラシアン様の特徴的な青灰色の右目が隠れる。


 その顔に見覚えがあった。シルヴィナール王国(月の国)の3大貴族の内の1つに名を置いていた男性の顔だ。白銀の長い髪に、血のような赤い両の目、吸血鬼じみた美しい容貌。見れば見るほどよく似ている。今まで思い出さなかったのが奇跡の様だ。纏う空気も、何もかもが似ている。

 

 彼は今、どうしているのだろうか、確か、私の記憶が正しければ、彼は当主になったはずだ。......にしてもこれでようやく納得することができた。2人は彼の子なのだろう、なのであればこの気品も納得だ。

 ”グラキアリス”と名乗ったのは庶子、もしくは、何かしら身分を隠したい理由があったのだろう。外国に向かう際、身分を隠すものは少なくない。

 

 ——ふと背中に冷たい汗が落ちる。何か、何かを忘れている。

 あのアルカナ大災害が起きるよりも前、世界中を驚かせた大事件がシルヴィナール(月の国)で起こったはずだ。いや、これ以上は止めよう、なんだかよくない気がする。世の中には、知らなくてもよいことが数多く存在するのだ。きっとこれもその1つであろう。

 

 嫌な考えを頭から追い出し、2人を見送る。

 

 「ではぜひ、またお越しくださいませ」


 言いなれた言葉ではあったが、今回ばかりは心の底から、そう思い口にした。


 店員を集め指示をする。どの依頼よりも優先して2人の服を仕上げたい。

 これは店長としてではなく、1人の職人としての願望であった。


 異論は上がらなかった。むしろ他のものたちも同様の思いであったようだ。


 あぁ、紙が欲しい。湧き出てくるアイデアを、あの2人に着せる服を何枚でも考えたい。 


 デザインが泉のように湧き出てくる。かつてのように、いやむしろかつてよりも次々にアイデアが湧いてくる。


 ――あぁ、私はまだ、確かに職人なのだ。脳裏に残った、いやな想像に蓋をしてそう思った。

タグ、間違っていたら申し訳ない。

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