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月と魚  作者: 浅見カフカ


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後編

「ルーナディアアルテミス・・・・・」

クラウドは呪文の様に呟きました。

「えっ!?クラウドさん、何を言ってるの?」

トビーはキョトンと空を見上げています。

「3人。月には3人の娘が居るのだよ。」

「ルーナが3人?」

「いいや、ルーナはトビーがいつも見ている月の表。闇を照らす慈愛の女神」

「他の2人は?」

「ディアナは月の裏。星の海を見つめる沈黙と祈りの女神」

クラウドは続けます。

「アルテミスは命の導き手、表裏一体の女神。紅い雲の日に現れるのが彼女だよ」

「クラウドはどうしてアルテミスを隠すの?紅い月の日はどうして月が近いの?どうして3人居るの?どうして・・・・」

トビーの矢継ぎ早の質問をクラウドがさえぎります。

「一度に何もかも聞くんじゃない。質問を覚えてられない」

「あっ、ゴメンナサイ」

トビーは我に返って謝りました。

「順に話そう」

クラウドはそう言うと「長いぞ」と付け加えました。


「遥か昔、神話の時代。世界は光と闇に分かれていた。同時に神々と妖魔が常に覇を争っていたんだ。永刧とも思えた争いにある時転機が訪れた。闇を照らし続けていた太陽神アポロンが傷付き、世界の半分を妖魔に奪われてしまったのだ。このまま世界が妖魔の手に堕ちるかと思われたその時、女神ティアが現れた。ティアは大槌を振り下ろすと大地の一部をその中心まで砕いた。砕け散った大地は塵となり天へ舞い、やがてひと所に集まるとひとつの球体になった。ティアがこの球体にフウッと息を吹きかけると世界を中心にアポロンの対極の空へと向かい、太陽の光を反射して夜の闇を照らしだした。人々はこれを月と呼び、アポロンの力の弱まるこの薄闇を夜と呼ぶようになった。月が照らす闇は太陽程の力は無かったが、多くの妖魔を駆逐すりには充分だった。そして月にはティアの息吹によってアポロンの代行者のルーナと月としての人格ディアナが産まれた。ただひとつティアも予想していなかったのがアルテミスの誕生だったのだ」

そこまで話すとクラウド一息ついた。

「続けるがいいかな?」

トビーはもう真剣で、クラウドの問掛けに興奮の面持ちでコクコクとうなづくのが精一杯でした。


「月を産み出すまさに土壌として大地を使ったことで、そこにアルテミスの誕生があった。大地母神でありながら月の女神としての二面は世界に輪廻と転生を作り出すことになった」

「生まれ変わりのこと?」

トビーの問掛けに答えが返りました。

「そう、生まれ変わりの原則だ」

クラウドは何かを暗唱するかのように先を続けます。

「肉体は大地や海に生まれ、また同じく大地と海に還る。では魂はどうか?器を失くした魂はやがて天へ昇り月のアルテミスの元へ還る。そして魂の穢れを祓い再生の日を待つ。アルテミスは死と再生を司る。アルテミスは紅い月の夜に天上に舞い、生と死を紡ぐ。・・・・私達雲の一族は彼女の舞が生ある者の目に触れないように紅い月を隠しているのだよ」

トビーはただただ驚くばかりでしたが、確認したい事がありました。

「月が近くに来るんだよね?アルテミスが舞う日は」

「えぇ、近くに。月と地を繋いで死者を迎える為に。」

「近くに来るなら僕も行けるかな?」

「生者には難しいな。」

クラウドは首を振りました。

「死んでしまえば僕も必ず行けるのかな?」

トビーの問にクラウドは眉をひそめました。

「自ら死を選んだ者や咎人の魂は天上へ昇る事ができない。着いた穢れが重たくて昇れずに冥府に堕ちるのだよ」

クラウドの体から稲光とゴロゴロという轟音がします。

トビーの安易な言葉に少し怒ったようです。

トビーは慌てました。

「違う、違うよクラウドさん。僕が聞きたいのは生きたまま月に行く方法だよ!」

トビーが叫ぶと雷鳴はやみました。

「かつて太陽を目指して飛び発った男がいたよ。高く、私すら飛び越え太陽に迫った。その行為がアポロンの怒りに触れて、男は命を落とした。アルテミスは月の三女神の中でもアポロンに近い気性を持つ女神。危険すぎる」

クラウドにトビー、ふたりはしばらく黙ってしまいました。

お互いに何かを考えているようです。


「セレーネがね・・・・」

トビーは何かを思い付いたようです。

「七色の道と星の川を渡って来たの」

トビーは以前に見た光景をクラウドに話しました。

「あれはルーナへ続く道だよね?」

クラウドは黙っています。

「クラウド?」

「そうか!」

突然クラウドが大きな声を出しました。トビーはびっくりして跳び上がりました。

「トビー、ルーナに逢えるかもしれない。だが、失敗すれば・・・・」

クラウドは怖い顔をして尋ねました。

「失敗すればトビーが【この世に存在した事実】すら消えてしまうかも知れない。それは二度と生まれ変わる事のない肉体と魂の消滅。それどころかトビーの事は友達の記憶からも消えてしまう。そう、最初からトビーが存在しなかったかの様に。覚悟はあるか?」

「うん」

トビーは短く即答しました。

クラウドを真っ直ぐに見詰めて。

クラウドは、かつてこんなにも端的で力強い【うん】の二文字は聞いた事がありませんでした。

トビーなら行けるかもしれないと思いました。


クラウドは月に向かう方法をトビーに話しました。

「次の紅い月の宵迄に、東の海に浮かぶ【端島】へと向かいなさい。かつて世界の果てに有ると思われていた忘却の島。その夜にアルテミスはこの島の少女を天に召す。長患いに伏せていた少女だ」

クラウドは途中迄共に説明しながら移動する事にしました。次の紅い月の日までは3日しか猶予が無かったのです。

トビーも泳ぎだしました。


3日目の朝、ようやく島影が見えました。

お昼前に到着した端島は小さな小さな島でした。そこに在ると知って向かわなくては辿り着けない程に小さな島でした。

トビーはこの島の入り江で、紅い月を待ちました。

クラウドの話を思い返しながらジッと待ちました。


『アルテミスは月から私の背に降り立ち舞い踊る。それは魂を導く為の儀式の舞い。この時に虹の橋を月へと架けるはずだ。天の川を通らずに近付いた月へ直接に。』

クラウドはここからが肝心と捻を押して話を続けました。

『絶対に物音をたててはいけない。儀式に張りつめたアルテミスの精神は、虫の羽音ですら感知する。虹は儀式の前に架けるから、橋を渡る合図はワイズにさせよう。タイミングを逃してはいけない。では、私は一旦ここでお別れだ。虹の架け橋の準備をする。それでは、紅い月の夜に』

クラウドは最後に【幸運を】と残し、南の空へと流れて行きました。


太陽が西に傾き始めました。


ざざぁざざぁ。

さざ波の音に混じり、人の話し声が聞こえます。


「あの子はもうもたない。」

「ケイトの娘か?」

「えぇリディアです」

「なんということか・・・・」


どうやらアルテミスが迎えに行く少女の事のようです。

トビーは聞耳を立てました。



「ルッツよ、それはあまりに酷い話ではないか」

初老の男性が詰め寄るように言った

「あの子に効く薬がこの世には無いのです。結局、薬がなければ医者など無力です」

ルッツは自嘲するように言いました。

「前に言っていた龍の髭は特効薬では無いのか?」

男性の問掛けにルッツは答えました。

「おとぎ話です。リディアを勇気付ける為の・・・龍の髭・天使の羽根、全ては夢の世界の話」

初老の男性は肩を落としてうなだれました。

「海が二人から父を奪い、病が母から娘を、娘から母を奪うのか・・・・」

「人は祈る事しかできない無力な生き物です」

「祈りは奇跡に変わらんものだろうか?」

ルッツは男性の呟きにただ黙るだけでした。


やがて月が東の空へ顔をのぞかせました。

と、同時に東の空1面を厚い雲が覆い尽します。

西の水平線には沈みかけた太陽が海を紅く染め上げています。

雲を隔てて空も海も紅い瞬間。

と、そこへ逆光の中を黒い影が近付いて来ました。

最初、点のようなそれは次第に大きくなり、トビーの前に現れた時には視界に収まらない程でした。

「久しぶりだなトビーよ」

「ディックさん!どうして此処へ!?」

大きな影の主は鯨のディックでした。

「クラウドに頼まれてな。トビーの道を作りに来たのだよ」ディックはそう話すと自分の背に乗るように促しました。

トビーは訳も分からずに従いました。


雲の上には紅い月が、血の滴りのような月がありました。

今、そこからひとりの女神が雲海に降り立ちます。

降臨するという表現は彼女のための言葉と思えるような荘厳な光景でした。

月の紅を背に薄い金色の光を纏いし姿。透き通る程の白い肌に美の女神アフロディーテすら嫉妬するほどの顔の造作。

朱色の唇を美しく歪ませて雲海の中央へ歩を進めました。

やがて立ち止まると両手を交差させ自らを抱くかのように、細くしなやかな指を肩にかけました。

そっと瞳を閉じて、月を仰ぎます。

何かを祈るように呟くと、右腕が下弦の弧を描きながら振り出されました。

いよいよ魂送りの舞が始まったのです。


やがて太陽がその支配権を月へと移譲する狭間の時間が近付いて来ました。太陽が1番紅い時間です。


島の片隅。一軒の家では今、母親の嗚咽と泣き崩れる姿がありました。

たった今、最愛の娘を天に召された母親の慟哭が響きわたりました。医者の男はうつ向き、その横で初老の男性はうなだれていました。

小さなベッドには熱を失いゆく少女が横たえられていました。永遠を手にするに、余りに幼く儚く悼ましい姿でした。世の無情がありました。


夕闇を背に一羽のカモメが羽ばたきました。

海面へ降下しながら一鳴きすると、再び舞い上がり旋回しました。

始まりの合図です。

「行くぞ!」

ディックはそう言うと、空高く潮を吹き上げました。

潮は落陽を受け虹色に煌めきます。

虹の架け橋は月に向かい大きな弧を描きました。

トビーは驚きに上げそうな声を必死にこらえて、空を泳ぎました。

ルーナの待つ月はもう目の前にあるのです。

上空へ一気に押し上げられたトビーは、そのまま上へ上へと泳ぎました。

下へ目線を移すと先ほど迄居た海が遥か遠く、ディックの姿はトビーよりも小さくなっていました。

いよいよ雲の上へ差し掛かりました。

トビーは虹の蔭に隠れるようにそっとそぉっと進みました。

トビーの心臓は爆発しそうな程にドキドキしています。

時折、アルテミスの様子を窺いながら慎重に月を目指します。

かい間見るアルテミスの舞いはあまりに美しいものでした。

四肢をしなやかに揺らし、纏う衣が虚空を漂う。

幻想を泳ぐような舞いは、はためく度に揺らめく程に、無数の螢火のような蒼白い光の粒子が天上へと還ります。

白い肌がうっすらと上気し、幻想に情熱を帯び始めると、天上よりオレンジの光が雪の様に舞い降ります。

今、月下の舞いに光の奔流が渦を描きながらアルテミスを照らしていました。

光の粒子のひとつひとつが還る魂と生まれゆく魂。

その光景にトビーは目を奪われ動けなくなりました。


そんな中、ひとつの光に目が留まりました。

それはたった今、厚い雲の下から昇って来た光でした。

他の光よりも明らかに小さく弱い光。

何かを探すかのようにユラユラと不規則に、怯える迷い子のような動き。

(きっとあの子だ)

トビーは入り江で聞いた少女の事だと思いました。

その時、アルテミスは怯える光に気付きました。


アルテミスは優しい微笑みをたたえ、その光へ指先を伸ばしました。

トビーはその様子にゾクッと悪感が走りました。

美しく優しい微笑みに、一切の温もりや慈愛を感じられないのです。

そう、まるで創り手の魂が込められなかった彫像のように。

小さな光はその指先を逃れるように、ゆらゆらと宙をたゆたい流れました。

まるで地上へ戻ろうとするかのように。

その動きにほんの一瞬、アルテミスの表情が変わりました。

不快さを露にするかのように眉間の僅かに下が歪みました。

再び微笑みをたたえると微かに形の良い唇を動かしました。

その刹那、アルテミスの左手に銀に光る弓が現れました。

更に右手を真横に伸ばし掌を天に向けて開くと白く輝く矢がその手に有りました。

雲の中へ潜ろうとする光へ向けて弦を引き絞ります。

口の端が愉しげに歪み、次の瞬間、矢は放たれました。


どうしてか分かりません。

あの光が話に聞いた少女という確証もありません。

もちろん、その少女に逢ったこともありません。

本当に自分でも何故そうしたのか、トビーには分かりませんでした。

「ダメだぁ!」

トビーはそう叫びながら、矢の前に飛び出しました。そして小さな蒼白い光を包む様にかばいました。

矢は一瞬でトビーを貫くと、彼方へ飛び去りました。

トビーの叫び声と体が矢の軌道を僅かに変えて小さな光は奇跡的に無事でした。

(良かった)

そう安堵し後、自らの体を見ると、矢が貫いた所からトビーの体が光の粒子に変わっていました。体から光球があふれて天にも昇らず、地へも還らずに溶けてゆきます。

その様子に(馬鹿なことしたな)と自嘲こそしましたが不思議と後悔はありませんでした。

トビーは自分が消えてしまう前に、自らが守った小さな光をワイズの羽でくるみ、デイックの髭で口を結わえました。

背後ではアルテミスが2本目の矢を継いでいました。

トビーは力を振り絞って結わえた光を地上へ押しだしました。

雲海に沈むその姿を見たのがトビーにとっての最期の光景でした。ふたつめの矢は確実にトビーを捉え真っ白な光に変わり、やがて消えてゆきました。



やがて輝きは漆黒に溶け、闇に還りました。

跡にはひとつだけ、硝子細工の様な多面体の石が落ちていました。

アルテミスがそれに気付き、手を伸ばしました。

「手を、手を触れてはいけません」

その声にピクっと指が止まりました。

ルーナでした。

ルーナはアルテミスを制すると一蔑もせずに石の前へと進みました。

そしてその場に膝まづき、両手で石を拾いあげると合わせた掌に握り、静かに祈りを捧げました。

石は柔らかく控え目な輝きを放ち、空へ昇り始めました。

高く高く月よりも高くへ昇ると、夜空の星となりました。

ルーナはその星にアルリシャと名付けました。トビーの最後の仕事、結び目という名を付けました。

人々はアルリシャを中心に幾つかの星を結び、いつしか【うお座】と呼ぶようになりました。そして大量の魔力を使ったこの日以来、月は満ち欠けをを繰り返すようになりました。


静寂が夜の闇を支配していました。

雲は晴れ、下弦の月が憂いを帯びた輝きを放っていました。

ただただ静かな夜でした。

月明かり、海岸線にふたつの影。

親子が仲睦まじく砂浜を歩いていました。


「ホントよ。綺麗な女の人がお空で踊っていて、キラキラした光がい~っぱいあったの」

女の子は両腕をいっぱいに広げてみせました。

「リディアは女神様をみたのねきっと。じゃあ、リディアの病気が治ったのはその女神様のお陰かしらね」

ケイトはリディアの頭を優しく撫でながら言いました。

「ん~?分かんない。すっごく明るい光が見えて、誰かが天使様の羽根でリディアの事を包んでくれて、龍の髭で結わえておうちに帰してくれたの」

ケイトを見上げながら覚えている事を一生懸命に話しました。

「そう。帰ったらお祈りしましょうね」

ケイトがそう言うが早いか、リディアは突然駆け出しました。

何かを見つけた様子です。

波打ち際にしゃがみこみ、指を指しながら何かを叫んでいました。

ケイトがようやく追い付くとリディアは【これこれ】と指をさしています。

そこには鳥の羽根と鯨の髭が波に打ち上げられていました。

「天使様の羽根と龍の髭?」

ケイトがそう聞くとリディアは満面の笑みで答えました。

「うん!」


ディックもワイズもクラウドもトビーの事は覚えていません。

ただ、薄明るい光のうお座を見る度に不思議な懐かしさが込み上げてくるのでした。



ざぁ、ざざぁ、ざぁざざぁ。

引いては寄せる波の音。

ざざぁざざぁ。

ざぁざざぁざぁ。

下弦の月の薄明かり。

ざぁざざざぁ。

ざざざざぁ。

月だけが覚えていた。


        ー了ー


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