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月と魚  作者: 浅見カフカ


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1/2

前編

ざぁ、ざざぁ、ざぁ、ざざぁ。

引いては寄せる波の音。

ざざぁざざぁ、ざぁざざぁざぁ。


月だけが見つめていた。

ある波ひとつ無い静かな夜。

鏡の水面に丸い月。

水平線迄の金色の道。


ぽちゃん。

ぽちゃん。

ばちゃん。


静かな水面に影がひとつ。

跳ねては潜り、跳んでは潜る。

小さな小さな魚のトビー。

時折夜空を見上げてため息。

どうやら恋をしているみたい。


「雲さん。いいなぁ貴方は」

トビーがぽつりと一言こぼす。

夜空の雲は言いました。

「おやおや、小さな坊や。私の何が羨ましいの?」

「聞こえてしまいましたか、雲さん」

トビーは少し恥ずかしそうに続けました。

「貴方はお空に漂いながらいつも彼女の側に居る。私も貴方のようになりたい」

そっとまぁるい月を指します。

「私はこの空を旅しながらも、ついぞ彼女に触れた事はないのです」

お空の雲は更に空を仰ぎ言いました。

「それじゃぁ何処に彼女は居るの?」

トビーは少し驚きました。

「高い高い、空より高い天の上。きっと彼女はそこに・・・」

雲は形を変えながらふわりふわり。


「そうなんだ。そんなに高く遠いんだ・・・・」

トビーは少し考えるとニッコリ笑って言いました。

「雲さんありがとう。お空に昇れば彼女に逢えるね」

むなビレを数回振ると、トビーは海の奥深くへと潜り始めました。

おやおや、お空の彼方とはまったく逆です。


海の蒼が闇に変わる場所。

トビーが目指した場所です。

暗がりの向こうに更に黒い影。

それは大きな大きな影でした。

トビーはようやく影の尻尾に追い付きましたが頭はずっと先の方。

黒い影のまだむこうです。

トビーは小さな尾びれをバタバタさせて、全身を左右に振りながら全速力で泳ぎました。

もうすぐもう少しの所でトビーは叫びました。

「待ってぇ!待ってよディックさん!!」

その声に気付いた影の主はトビーへ振り向いて止まりました。

大きなとても大きなクジラさんでした。

「どうした?ちいさいの」

ハアハアハア、ディックの問掛けにトビーは息切れしてしまい口をパクパクするだけです。

「慌てんでも良い。しかしその小さな体でよく此処まできたものだ」

ディックは目を丸くしてトビーを見ました。

ようやく息の整ったトビーは話始めます。

「今晩はディックさん。僕はトビーって言います。実は僕・・・・お月様が好きになってしまってどうしても彼女の近くに行きたいんです。世界中を泳ぎ回るディックさんなら空に昇る方法を知ってるんじゃないかと思って・・・」

「う~ん・・・・」

さすがのディックも考え込みました。

海の多くを知ってはいても空の彼方は知りません。

「トビー君、残念だが私には海の上の事は分からないのだよ。私の知ってることは、あの美しい月は、いつも水平線の東から天へ昇り、水平線の西へ帰るという事ぐらいなんだよ。」

「そうですか。それでは彼女のおうちはずっと西の海の中にあるのでしょうか?」

「誰も知らないのだよ。この海の中にあれば私が知らない筈はないのだが」

「どこかの陸の上なのかぁ」

「カモメのワイズには聞いたかな?陸の事なら空から見回る彼が詳しい筈だよ」

それを聞いたトビーは早速カモメのワイズを探すことにしました。

「ありがとうディックさん。」

お礼を言い泳ぎだそうとしたときディックはトビーに自分の髭を一本渡しました。

「ワイズにこれを見せなさい。きっと力になってくれる」

トビーはもう一度お礼を言うと再び海面を目指しました。


海面に顔を覗かせると辺りは明るく青空に太陽が昇っていました。

(太陽は熱くて苦手だな。あんまりあたると僕、焼き魚になっちゃうよ。)

トビーは少し浅瀬の場所に移動しました。

太陽は苦手だけれどもここから見る空は光と波に揺らめいてとても美しくて好きでした。

(さぁて、ワイズさんにはどうやって会おうかな?)

キラキラのユラユラを眺めながらトビーはぼんやり考えます。夜にカモメはあまり見掛けないので苦手な昼間に探さなくてはなりません。


ギュルルルル~


トビーのお腹が鳴りました。

考え過ぎるとお腹が空くものです。

「ご飯にしよっと」

そう言うとトビーは獲物を探して泳ぎ始めました。

小さくてもトビーは立派にハンターなのです。


30分後・・・・


満腹トビーは気持ち良く漂っています。と、その時とてもいい匂いが漂ってきました。

「デザートは別腹」

トビーは美味しそうな匂いの元を探し始めました。

「あっ、アレだ!」

赤くてキレイな丸いものがいい匂いを漂わせながら波に揺られています。

トビーは気配を隠し、死角へ回り込みました。獲物は迫るトビーにまったく気付いていないようです。

トビーは間合いを詰めると イッキに飛び掛りました!

「いっただきまぁ~す」


パクゥ!!


「!!!!!?」

トビーの口に鋭い痛みが走りました。

次の瞬間、トビーの体は空中にプラプラしていました。

竿の先に垂れる糸の更に先、プラプラ揺れていました。

「やったぁ!お父さん、釣れた、釣れたよ!!」

はしゃぐ子供の声が聞こえました。

ギュッ。

父親はトビーを鷲掴みにすると針から外してバケツへと放りました。

どうやらトビーに最期の時が近付いて来たようです。

小さなバケツから見上げた空はまぁるく切り取られた小さなお空。

薄いブルーが高く高く果てしなく高く見えました。

(あぁ、僕はこの子に食べられちゃうんだな)

フゥとため息がでました。

(僕もそうして来たのだから、《いつかは》って思っていたけど、もう一度彼女に逢いたかったな)

そうしてお月様を思い浮かべるとトビーの目から涙があふれてきました。

「逃げなくちゃ!」

トビーは呟きました。

「そうだ、逃げなくちゃ!!」

繰り返し繰り返し、自分に言い聞かせるように。

痛む口をギュッと噛み締めて渾身の力でジャンプしました。

するとトビーは高ぁく跳び撥ねバケツの外へ。

「やったぁ!」

喜びも束の間トビーの体はボートの上に・・・・

どすん!

「アイタタタ。」

トビーは落ちた痛さでピチピチ跳ねます。

釣り上げた親子は唖然として固まっています。逃げるにはまたと無いチャンスでしたが水の無い場所ではトビーもどうしようにもありません。

と、その時です。

ヒュンっと何かが横切ったかと思うと、トビーは高い空の上に居ました。下を見るとボートの上で親子が何か叫んでいます。助かった・・・・訳ではなさそうです。トビーは状況を確認してみました。

右を見ると海が見えるから下。

左は空・・・・

(空に目ってあったかな?)

「・・・・目!?」

よく見るとトビーはカモメの口にすっぽりくわえられていました。

(こういうのって何て言うんだったかな?泣きっ面に蜂?一難去ってまた一難?)

どうでも良いことを真剣に悩む程にトビーはパニックになっていました。

食べられてしまう運命は、なかなかトビーを手放そうとはしないみたいです。


しばらくカモメのくちばしでジタバタしてみましたが、まったくビクともしません。

トビーは最後のあがきとばかりにディックの髭でカモメの羽の付け根、脇の辺りをコチョコチョしてみました。

なんとこれが効果適面!

カモメはくすぐったさに耐えきれず大笑い。

ポロッとトビーをくちばしからこぼしました。

トビーは遥かな高さから海面へまっさかさまです。

これはこれでたまりません。

美味しく食べられた方が世のため人のためてした。

「うわぁぁぁ~!」

トビーの悲鳴が響きました。

怖くて胸ビレで目を塞ぎます。

「ぁぁぁぁぁ~~~・・・・あ?」

いつまで経っても覚悟の衝撃が来ないのでトビーはそぉっとヒレの影から前を見ました。

すると海面の直前で、ぶつかる寸前で止まっていました。

振り返ると、さっきのカモメがトビーの尻尾をつかんでいました。でも、様子が先程と違います。

「オイ、なんでオマエがディックの髭を持っている?」

カモメはトビーに問詰めるように言いました。

トビーはディックとの事を話しました。

それを聞いたカモメはバツが悪そうに名乗りました。

「オイラがワイズだ」と。

「あのね、ワイズさん」

トビーはお願いするように言いました。

「そろそろ海に入れてくれないと、ボク、干物になっちゃうよ」

「あっ!」

ワイズは慌ててトビーを海に放しました。

ふたりは海面を境に見つめあっておもいっきり笑いました。


「月の家?」

ワイズは腕ならぬ羽根を組むと考え込みました。

しばらく首をひねり、ようやくくちばしを開きました。

「やっぱり見たことないな」

答えはトビーをがっかりさせるものでした。

「オイラが月迄連れて行きたいとこだけど、あんなに高くは飛べないからなぁ」

「雲さんも言ってたけど、やっぱり高いんだ」

トビーは真昼の空を見上げました。

「雲?あぁクラウドか。あれ?アイツ昔、『今夜はやけに月が近い』って言ってた事があったな」

「近い?」

「そうだ、紅い月の夜だ!」

ワイズはポンと羽根を叩いて言いました。

「あの真ん丸お月様が金や銀、黄色や白に輝く日があるだろ。だけど、紅く輝く日があるんだよ。」

「見たことないよ」

「見たこと無いからありがたいんだよ。」

ワイズはピシャリとトビーに言いました。

「そっかぁ。じゃあ紅い月のことを調べてみるね。ワイズさんありがとう。」

「大した力になれんくて済まんな。トビーよ、これを持って行きな。」

ワイズは自分の羽根をひとつ抜くとトビーの背ビレに挟みました。

「鳥に食べられないオマジナイだよ」

ワイズはそう言うとスゥっと羽根を広げると風を捉え一瞬で高く飛び去りました。


その夜、トビーは銀色の満月を眺めていました。

今日も満月です。

トビーの居る世界では月は欠けることなく夜を照らします。

「今夜も綺麗ですね」

照れながら呟きました。

そして水面に映る月にそっとくちづけをして、また空を見上げました。


不思議な事が起きました。

銀の月からひと雫の煌めきが溢れました。

煌めきはやがて天の川を下り七色の橋を渡ってトビーの元へ向かってきます。

近付くにつれ煌めきは天使の様な形に変わり、やがてトビーの前に美しい女性の姿で舞い降りました。

「貴方がトビーですね。私はルーナ様の使い、セレーネ」

トビーはびっくりして口をぱくぱくアワアワ言うだけです。

セレーネは構わず続けます。

「ルーナ様は貴方の気持を嬉しく感じておられます。しかしながら心を痛めてもおられます。これを貴方へと預かって参りました」

セレーネは不思議な石を差し出しました。

三角形の八面体。透き通る硝子の様な石の中に銀色の見たこともない水が揺らめいています。

トビーがまじまじと眺めていると、セレーネは石を月明かりにかざすように告げました。

「セレーネさん」

トビーがお礼を言おうと顔をあげると既にセレーネはいませんでした。

トビーは早速言われたように月明かりにかざしてみました。

すると八枚の三角形から射し込む月光に銀色の液体は徐々に形と色を変えます。

その姿はまるでオーロラのようでした。

やがて石の中に美しい女神が現れました。

トビーはそれがお月様のルーナだとすぐに分かりました。

夜毎に浴びる月光と同じ雰囲気でしたから。

トビーはもう夢中で話しかけました。

ですが石の中のルーナは応えません。

どうやらルーナの意識の一部、いわゆるメッセージを封じたものらしく、ルーナと会話の出来るものでは無いようです。

トビーはもう一度ルーナのメッセージを聞く事にしました。

『トビー、貴方の事はいつも見ていました。その気持はとても暖かく、嬉しく思います。ですが私は星の海に住まう者。貴方は水の海でしか生きられない。どうか私を追うのは諦めて下さい。私はいつでも貴方を照らしますから。水面に姿を落としますから』

石はまた元の静寂へと戻りました。

トビーは呆然と石を見つめていました。

そして泣きました。

大好きなお月様は海にも陸にも居なかったのです。トビーには逢えない場所に居るのです。

涙が止まりませんでした。


・・・・という悲しい夢に目が覚めました。


「あ~、びっくりした。」

トビーはそう言うとおもいっきりノビをしました。

と、そのときポチャンと音がして何かが海の中に沈みました。「夢じゃなかったの!?」

慌てて潜り拾いあげました。

空にかざしてみましたがもう既に明るく、お陽様の光では何も起こりませんでした。

「やっぱり空に昇る方法か」

トビーはまだ諦めてはいませんでした。

トビーはもう一度、雲のクラウドに会うことにしました。紅い月の事を聞くためです。

さてさてまたしても人(雲?)探しです。

トビーはあちこちでクラウドの行方を聞いて回りました。

そこでふたつの話を聞きました。

ひとつはクラウドは今は南の島の大きな山に引っ掛かって動けなくなってる事。

これは通りすがりのマグロの群れが教えてくれました。


もうひとつは紅い月の事

紅い月の話はサンゴが教えてくれました。

「私達はね、紅い月の夜に放卵するの。けれども誰も月を見ていないのよ。必ず雲が空を覆って紅い月を隠すから。でもね、雲の端が紅く染まっているから紅いって知っているの」

サンゴ達が異口同音に話してくれました。

トビーは益々クラウドの話を聞きたくなりました。


まる一昼夜泳ぎ続けてようやくクラウドの居る島に辿り着きました。聞いていた通り、高い山のてっぺんに引っ掛かっています。

「クラウドさん!」

トビーが呼び掛けるとほぼ同時に轟音が響きました。クラウドが大雨を降らせたのです。

こうなるとトビーの声は雨音にかき消されてしまいます。

仕方なくトビーは雨が止む迄待つ事にしました。

大量の雨が島を濡らすうちにクラウドの体は小さく薄くなっていきました。

それにつれて雨も小降りになっていきます。

やがて島を渡る虹がかかりクラウドも山の上まで浮かび揚がりました。


そこでもう一度クラウドの名前を呼びました。

「おお、いつぞやのおチビさんじゃないか」

クラウドはトビーを見て言いました。

「トビーです。実はクラウドさんに紅い月の話を聞きたくて追い掛けて来ました」

トビーがそう言うとクラウドの表情が変わりました。

「トビーよ、魚は魚として生きてゆく。それが自然の理だ」

トビーは頑固に退きません。

「魚に限らず生まれながらにして、命は知を求めます。クラウドさんどうか教えて下さい。」

真っ直ぐにクラウドを見つめて言いました。

「どうしたものか・・・・」

クラウドは押し黙ってしまいました。

何か思案しているようでした。


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