第7章 ―王の微笑み、老臣の祈り―
1️⃣ 導入:日常の安定と、心の揺らぎ
月日は、穏やかに流れた。
リュザードとリアナの関係は、言葉を交わさずとも成立する、深い安定の中にあった。二人は政務の合間にも自然に言葉を交わすようになり、彼の表情には、かつての凍てつくような冷たさが消え、柔らかさが戻っていた。臣下たちも、その変化に密かに安堵している。
リアナ自身も、もはや「敗者の女王」としての緊張や、「敵国の征服者」への距離を意識することは少なくなっていた。気づけば、王の隣にいることが、最も自然で、最も心休まる場所になっていた。
外から見れば、それは“再び寄り添う二人の王”の姿であったが、本人たちはまだ、その想いを「愛」という言葉にしていない。
ある日、午後の光が差し込む執務室で、リュザードが、珍しく窓の外を見ながら呟いた。
「……最近は静かだな。」
リアナは、山積みの文書から顔を上げ、彼の横顔を見つめる。
「ええ、ようやく、国にも春が戻ってきたようです。」
温かな空気の中に、わずかな、未告白の想いが滲んでいた。
2️⃣ 小事件:臣下たちの視線
宮廷内では、リアナの存在に関する噂はもはやゴシップではなかった。
「リアナ様が来られてから、陛下の機嫌が良い。」「王が人間に戻られた」という囁きは、真実として受け止められていた。
そんな噂を耳にしたリアナは、少し恥ずかしくも、胸の奥で温かいものが広がるのを感じ、嬉しそうに微笑んだ。
そのとき、彼女の前に、一人の老臣が進み出た。オルヴァン・テリウス。白髪を撫でつけ、姿勢を正す古老は、リュザードが若き日から仕える、最も忠実な臣下だった。
彼は、深く、丁重な礼を尽くし、静かに、長年の想いを言葉にした。
「……どうか、陛下と共にいてください。」
リアナは、驚きに目を見開いた。
「あなたがいらしてから、陛下はようやく……笑うようになられました。」
オルヴァンは、言葉を選びながら続けた。
「長きに仕えてまいりましたが、あのような穏やかな顔を見たのは初めてでございます。あなたは、陛下を王の孤独から救い出されました。」
リアナは言葉を失い、ただ胸に手を当てる。それは、もはや政治的な忠言ではない。それは“民の願い”であり、“王の傍らにある者”としての、最も純粋な肯定だった。
3️⃣ 展開:リュザードの本音
その日の夕刻。オルヴァンの言葉を陰で聞いていたリュザードは、政務を終え、執務室でリアナと二人きりになった。
机の上には未処理の書簡が山積みになっていたが、彼の心は、仕事には向かわなかった。
リュザードは、重い沈黙を破り、リアナの目を見ることなく語り始めた。
「……リアナ。皆が、お前に感謝している。」
リアナは答えようとしなかった。彼は、一呼吸置き、さらに続けた。
「私もだ。」
彼は、少し笑いながら、自嘲と優しさが混じる声で言った。
「お前が来てから、私はようやく人間らしい顔をしているらしい。」
リアナは、彼の顔を見た。その目には、確かに穏やかな光が宿っていた。彼女は静かに首を振った。
「陛下は、変わられたのではありません……戻られたのです。」
彼女は、静かに、確信を持って続けた。
「もともと、そういうお方だったから。ただ、王としての責務が、それを覆い隠していただけです。」
リュザードは、彼女の言葉に、何も言い返せなかった。王としての孤独を知る者だからこそ、その言葉の真実が、胸に深く染み渡った。
4️⃣ 山場:リュザードの願い
沈黙ののち、リュザードは、玉座の前の机から、ゆっくりと立ち上がった。
彼は、王ではなく、ただの男として、リアナの方へ手を伸ばした。
「……リアナ。これからも、私の傍にいてくれ。」
「王として、ではない。私と共に、この国を――そして、私自身の人生を。」
言葉を選びながら、彼は、最も大切な願いを告げた。
「一緒に歩んでほしい。」
リアナは、驚きに息を詰めた。この言葉が「王命」ではなく、「願い」として告げられたことが、どれほど彼にとって勇気のいるものであったか、彼女は理解している。それは、彼のすべてを委ねる、静かなプロポーズだった。
リアナは、ゆっくりと、心からの微笑みを浮かべた。
「……はい。どこまでも、お供いたします。」
手を取るわけでも、抱くわけでもなく。ただ、その言葉だけで十分だった。二人の間にあった、すべての障壁が、その瞬間に消え去った。
5️⃣ 結末:静かな余韻
窓の外に夜風が吹き抜け、燭台の炎が揺れる。
執務室に灯る光の中で、二人は向き合い、静かに微笑み合った。
遠く、宮殿の別の場所で、老臣オルヴァンは、その執務室の窓に灯る光を、静かに見ていた。
彼は胸の前で、小さく、深く頷く。
「……これでようやく、あの方も人として救われた。」
王の孤独は終わりを告げ、敗者の女王の罪は赦された。
ふたりの歩みが、過去の戦火ではなく、ようやく「これから」へと、静かに向き始めた。




