空が割れた日
空が割れた翌日、私は自転車でよく行くコンカフェに足を伸ばした。
活気のない町、電気の灯らない町はなんだか世界がもうすでに崩壊しているみたいでなんだかワクワクする。
足を伸ばしたコンカフェにも電気は灯っていなくて、誰もいないように思えた。
「あ、いらっしゃい」
扉を開くと薄暗い店内には推しのメイドのメリーちゃんが一人だけ退屈そうに窓際の席に座っていた。
「メリーちゃんいたんだ」
「ゆうちゃんこそこんな日にまで来たんだ?」
「お互い様じゃない。だって空が割れて世界が崩壊するっていうのに」
メリーちゃんの正面に腰をかける。
もう何も気を遣うことはなくなったのか、メリーちゃんは堂々と煙草に火をつける。
勿論店内は禁煙だし、メリーちゃんが煙草吸っている事実は公にしてはならないものなのだろうけど今のメリーちゃんはおかまいなし。
「ねぇ、聞いた? 空が割れて地球上の空気が宇宙に吸い取られてるんだって。オゾン層がないから大地は焼けて気温はどんどんあがっていくんだって」
「別にどうでもいいよ」
「そ、何か飲む? ドンペリでもなんでも出すよ」
「じゃぁ……ビール」
「常温だけど赦してね」
運ばれてきた瓶ビールは栓が抜かれていてそのまま出される。
二本持ってきたのはメリーちゃんも飲むということなのだろう。
「世界の崩壊に乾杯」
「かんぱーい」
ぬるいビールだけど今まで飲んだ中で一番おいしい気がするのは何故だろう。
仕事あがりのビールよりも、風呂あがりのビールよりも、旅行の最中新幹線で飲むビールよりも何倍もおいしく感じる。
「あっけないね」
窓から割れた空を見てメリーちゃんがいう。
空はガラスみたいに割れて切れ目が入るとそこから光が差し込んでいる。雲の隙間から見える日の光のようで綺麗だけど、その美しさは地球を焼き尽くしていくのだろう。
「そうだね」
「ゆうちゃん何でここに来たの? もう地球最期の日になるわけじゃん、両親とか恋人とか逢いたい人いないの?」
「いないからここに来たんだよ。今一番逢いたいのはメリーちゃんだったから」
「ゆうちゃんにTOの称号を授けよう」
「わーい」
「TOの称号を持ったゆうちゃんにはご褒美としてメリーちゃんとなんでもできる権利を与えよう」
「まじぃ」
「ふふ、えっちなことでもなんでもしたげるよぉ」
「うーん、嬉しいけど雰囲気を大事にしたいしなぁ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
空の割れ目から降り注ぐ光が大地を焼いているのだろう。短時間でもう気温は真夏のようだ。
誰も管理する人のいなくなった町だ。当然、このコンカフェのエアコンなどつきやしない。
「で、何かしたいことある?」
「じゃー話聞いてよ」
「いいよ」
「うち両親が過保護でさー。十八ですぐ家出てからずーと独りでさ。恋人っぽい人はいたけど長く続かないし」
「ふむふむ」
「友達はいたけど、すぐ結婚したり、離婚はしても子供連れでなかなか一緒に遊べなかったりしてさー」
「わかりみ」
「孤独なときにメリーちゃんに逢っちゃったんだよね。心の隙間が見事に埋まってさ」
「ホストとか女風にハマらなくてよかったね」
「確かに。ハマってたら絶対大変なことになってた」
「ふふ」
暑すぎてもう服なんか着ていられなかった。
フーディを脱いでショートパンツを脱いで。下着だけはつけていようと思ったが、もうどうでもいいやと全部を脱ぎ捨てた。
メリーちゃんも一緒になって素っ裸になってぬるくなったビールを飲む。
「メリーちゃんタトゥー入ってたんだね」
「ゆうちゃんこそ腕リスカ痕ありまくりだったんだね」
「お互い見えない部分に秘密を隠してたんだねー」
「だねー」
灼熱の空気には焦げた臭いが混じりはじめていた。
何が燃えているのかわかならいけれど、日陰にいるのに火傷したように感じるからきっと空気自体が熱いのだろう。
「明日にーは灰になり、砂にかーえーるよー」
「304号室だ」
「そそ」
「考えてみれば灰になってから砂になるのかな」
「かなぁ」
暑すぎて頭がぼんやりしてくる。
呼吸しているはずなのに、酸素が入っている気がしなくて苦しい。
「ゆうちゃん、最期を一緒にいてくれてありがとうね」
「こちらこそ」
「来世があったらさー、推しとメイドじゃなくて普通に友達になりてーね。同級生とかさ」
「超嬉しい。私中学、高校いってなかったから友達いなかったし。メリーちゃんいるなら毎日学校行くわ」
「あたしも」
「手繋ごう」
「うん」
友達になりたいと言ってくれたのは嬉しいけれど、来世でまた逢ったら緊張するんだろうなと思う。
緊張するけど、ゆっくりと友情を作っていって。できれば……。
「友達じゃなくて恋人になりたいな」
と本音を最期に言ってみる。
「いいよ。友達から恋人コースね」
やったぜ。
あぁ、早く来世にならねぇかな。
繋いだ手が一緒に灰になっていく。