第92話 第11章 再起 第4節 世界一路の行き詰まりと別の道
【アリシアの初報367日目】
日本時間の午前4時。共産主義国は世界に向けて記者会見を行った。会見場はいつもの北京にある共産主義国の外交部記者会見室で行われた。
カメラの前にはリン報道官が大変険しい顔をして立っていた。
「アメリカ合衆国が発表したプロテオブロックなる物質は、人類の遺伝子防御機構に未知の作用をもたらす可能性がある。この薬を世界の人々が飲んでしまえば、数年後には遺伝子伝達エラーの積み重ねで、人々は人間とは呼べない生物になり果ててしまう。これは科学的暴走であり、未承認生物剤のテロ的拡散だ。よって我が国は世界に対して警告と、アメリカに対して断固として非難を表明する」
この一言だけをとても強い口調で述べたリン報道官は、そのまま壇上を降りた。記者からの質問に一切答えることは無かった。
アメリカ大統領の記者会見を境に、共産主義国の世界一路構想へ参加表明をする国はなくなった。
北京、党中央軍事委員会地下会議室。薄暗い照明の下、円卓を囲む高官たちの顔は青ざめ、緊張が張り詰めていた。
国家主席が、低く抑えた声で切り出した。
「アメリカがプロテオブロックを、デルタ株への変異前に開発し、全世界に配布する量を用意していただと?どうやってだ?我々が72時間で世界を掌握する前に、なぜ間に合った?」
沈黙する室内。外務部長が咳払いし、恐る恐る発言した。
「大統領の言う『スーパーワープスピード作戦』なるものは、我々の情報網にも一切引っかかりませんでした。事前予測など不可能のはず……ウイルスを作り、事前にデルタ株まで変異させられた我々だけが、対応薬の事前製薬が可能だったことです。やはり我々の情報が漏洩したとしか……」
情報部長が慌てて否定する。
「あり得ません。延安の研究所は厳重に管理され、スパイの侵入は確認されていません。だが……アメリカの動きがあまりにも迅速すぎる。まるで我々の計画を先読みしていたかのようだ」
会議室がざわつき始める。「裏切り者か?」「スパイがいるのか?」と囁きが飛び交う。
外務部長が冷静に言った。
「しかし、ですな。アメリカが本当に我々のデルタ株情報を盗んで、プロテオブロックなる薬品を作ったとするなら、なぜ今まで隠していた?ガンマ株の時も使えたはずだ。なぜデルタ株で急に動いた?」
副主席が大きな声で怒鳴った。
「愚か者!それは我々が『世界一路』を発表したからだ。アメリカは我々の覇権を潰すため、意図的にタイミングを合わせたのだ!」
主席が鋭い目で全員を見回し、静かに言った。
「……副主席の読みが正しい。我々の世界一路構想を恐れたからこそ、このタイミングでウイルス無効化薬の配布に踏み出した。なぜだ?なぜ世界一路構想を恐れた?世界が弱っているからだ。軍人も工場で働く人間も、それを運ぶ人間も、全てが2割以上減っている。我々は情報統制を続けたが、実際には人民軍の損耗はゼロ、軍事物資や食料に関しては通常備蓄の3倍以上を有している。準備は万全だ。諸君、我々に失敗は無いんだ。ただし臨機応変さは備えている。北朝鮮に直通通話をつなげ!」
会議室にスピーカーホンの音が響いた。
共産主義国の主席が北朝鮮書記長に低い声で語りかけた。
「ご機嫌はどうかね、我が同志よ」
「主席様のご機嫌麗しく何よりです」
「君には今すぐここで選択してもらいたい。我々と共に戦うか、我々と戦うかだ」
「……もちろん共に戦う道を選択します」
「では即時軍隊に緊急命令を下せ。我々とともに韓国を落とすと」
「……かしこまりました」
主席は電話を切った。
机の上で両手を組んだ主席は、信頼と恫喝が共存しているような低音で言葉を発した。
「では諸君。ただいまより世界一路構想の第二段階を実施する。世界一路構想に調印した国々に戦争の準備を伝えろ。落とした地域の管理権を与えることを付け加えてだ。我々に続けと伝えろ。我々は進軍を止めない。まず北朝鮮と共に韓国、続いて同胞フィリピンと共に台湾。パキスタンと共にインドを落とす。イランと共にイラクとシリアを落とし、エジプトと共にトルコを落とす。ここまでを3カ月以内に終わらせろ。1年以内に中東とアフリカの全てを同胞としろ。出来なければ、ここにいる諸君の家族親族全員の内臓を、人民の前にさらけ出すことになる、無論諸君の内臓もだ。わかったらさっさと始めろ」
主席以外の会議参加者は、蜘蛛の子を散らすように会議室を飛び出していった。




