第9話 第2章 起動 第1節 高いのが美味しいじゃなくて、美味しいのって高いのよね
「それでね、悠太君がね、お父さんにね、私の事をね、娘になる人だとか言い出してね、もうね」
「ああ、わかった、わかったから、落ち着きなさいよ美咲。ホント、もう昨日の夜中から何十回も聞いたり読んだりしてるから」
今日の私は、キャンパスの外で花楓とランチをしている。昨日の夜、悠太君の家でアリシアを仕上げている時に、仕事から帰ってきたお父さんに、私の事を結婚する相手だと宣言してくれた訳で、アリシアも今日から勝手に勉強を進めてくれている訳で、私も頑張んなきゃって思っている訳で。何を頑張るのかは知らないけれど。
壊れ気味の私は、何度も花楓に同じ事を報告しているらしく、頑張らなきゃって思うんだけどね。
「美咲さぁ、まあなんでそこまでその童顔君にメロメロなのか分からないけれどさぁ、あんたがそこまでになる相手に出会えたのは、奇跡的なリレーがつながったからであってね。だからリレーのスタートの私と、最後のリレーをつないだ篤には何か奢りなさいよね」
「篤って誰よ?」
「童顔君のお友達よ。元々同じスイミングクラブで競泳をやってたらしいけれど。童顔君は、プログラミングに集中したいって理由で、競泳はやめたらしいのよ。高校入学と同時に。それでも篤は定期的に童顔君と遊びに行ったりしているらしいのよね」
「花楓がその篤とやらを、自分の友達のように認知している理由は何?」
「あんたは当然のように知らないだろうけれど、篤は幼児舎から私達の2年後輩よ?加えて二卵性双生児の妹がいるのよ。木下 笑ちゃんって言うんだけど。あんたは当然のように覚えていないだろうけれど、私たちは学校でその笑ちゃんとは結構関わっているのよ。幼児舎の時も中等部の時も。2年後輩って結構関わるものよ?気にしていないだろうけれど」
「さっきから私の性格が攻撃されているのは把握しているけれど、しょうがないじゃない。覚えていないんだから。とにかく花楓はその笑ちゃんとそれなりに仲が良かったから、その双子の兄の篤君とも仲が良いという認知なのね?」
「そう。篤とも直接仲が良いけどね」
「わかったわ。何か奢れなんて、そんなもん、花楓の言い値で払うわよ」
「いやいやいや。あんたがグループの会食に参加するってだけで街は大騒ぎなのに、しかも奢りってもう世界的ニュースよね」
場所は私に任せるという事だったので、私と悠太君と、花楓と篤君の4人は、週末の午後7時に中華街の萬珍本店の個室に集まった。本当は悠太君と二人が良かったし、せめてここに来る移動だけでも二人で来たかったけれど、中華街をゴールとすると、地図的な言い方で、私は下から行く事になるし、悠太君は上から来る事になる。
仕方なく花楓と来た。そして石川町駅から中華街までの間にしっかりナンパされた私に変わって、花楓が追い払ってくれた。
「今日は美咲のおごりだから、ジャンジャン食べて良いからねって、たぶんコースなんだろうけれど。大学生と高校生の食事会に、なぜ萬珍個室なのかが私には理解できないけれど、まあ、篤、安田君を紹介してくれてありがとう。安田君、美咲をよろしくね。カンパーイ」
花楓の挨拶と、コーラやジャスミン茶の乾杯で幕を開けた食事会。丸い回転テーブルの隣には悠太君がいる。もう私はそれだけで、このテーブルの上を回ってしまいたい気分になる。
注文が面倒だったので、とりあえず人数分のコースと、何か食べたいものがあれば、追加注文する形にした。