第89話 第11章 再起 第1節 340日目の密会と異物
【アリシアの初報340日目】
NSSの介入班室で、上村課長、冴子係長と近藤真理雄、厚生労働大臣と外務大臣は内密の会議を行っていた。
冴子はアリシアが自閉モードに入って、富岳と連携して作成した、人工MORSウイルスに対する作戦を、実現可能なものに落とし込んで川滝大臣に伝えていた。
このウイルスが人工ウイルスだと仮定すると、今までの厚生労働省が前面に立つ案件から、裏では外務省や国家安全保障局が前面に立つ案件になる。外務省との連携が、これまで以上に重要になってくる。
内密の会議の内容は、アリシアと富岳がMORSウイルスが人工であるという確認と、今後の変異の予想、および対応である。アリシアと富岳は、MORSウイルスの次の変異株がR0と致死率ともに、最高値を出すと予測していた。今までの変異の内容調査で確認できた、共通の変化パターンを鑑み、次のデルタ株に対応できる『ウイルス無力化薬』の設計を完了させていた。そしてこの薬『プロテオブロック』を世界中に送るために、極秘裏に国内11か所の製薬会社に協力を求め、デルタ株に変異する前までに、全世界の人々の1週間分である180億回分の製薬を実行するという壮大なものだった。
この内容は厚生労働大臣の一任で実行可能であったため、あえて厚生労働大臣と外務大臣は閣僚会議には乗せずに実行をすることを決めた。
「私から一つよろしいですか?」
冴子の部下である真理雄が手を上げた。全員の視線が真理雄に向いた。
「今回のことが共産主義国に漏れると、北海道が大変危険な状態になります。共産主義国は、北海道特区をMORSウイルス感染に関する先端基地とみています。つまり今回のウイルス無力化薬に関しても、北海道特区が生産を担っていると解釈するでしょう。そうすると工場に対するテロ攻撃、それを実現させるための揺動テロ。新千歳空港や札幌も危険に晒される可能性が高いと予想しています。そのリスクを回避する為に、極秘裏に、11の工場でプロテオブロックが製造され次第、逐次沖縄の米軍キャンプに輸送して、米軍キャンプ内での保管をしていただきたいのです。輸送に関しても米軍の輸送機を使用して実行する手はずを整えてほしいのです。つまり今回のことはアメリカの手柄だとする提案です」
上村が真理雄を睨みつけた。
「なんだそりゃ?真理雄、お前は何か情報を持っているのか?」
「いえ。僕は昔、共産主義国の二重スパイとかかわることがありました。今でもつながっています。彼らの情報網はとても強いです。昔から華僑として世界中に散って情報を集める能力に長けています。今回のことがアリシアの予測通り、共産主義国の生物兵器だとすると、相当の情報戦を仕掛けていると考えます。情報が漏れたとしても、アメリカの指示で日本の製薬工場が、プロテオブロックを製造したとしておけば、あくまでもアメリカと共産主義国の問題となる。アメリカが相手であれば、共産主義国も無茶はしないのではないか?という希望的観測でしかありませんが」
上村は何度かうなずいた。
「名を捨てて実を取るんだな?外務大臣。極秘裏にこれは可能ですか?」
「……あんた達のボスである官房長官も蚊帳の外か?」
真理雄がうなずいた。
外務大臣は眉間にしわを寄せて言った。
「……かなり難しいが当たってみよう」
会議を終えた冴子は響子を呼び出した。
「何ですか?」
突っ慳貪な態度の響子を見て冴子が言った。
「もう、響子ちゃんは最近、反抗期が続いて困っちゃうわね」
「そんなことないですよ。最近ちょっと欲求不満なだけです」
「そうね。武闘派スーパーレアカードに、平和な夫婦のおもりをさせているんだもんね。ところで響子ちゃんがその昔、訓練の時に一人で壊滅させたアメリカ陸軍の小隊長って、えらくなったのよね?」
「なんと今は中佐で旅団参謀長になっていますよ。時々メールでやり取りしています。まだ可愛がってもらってます。何でですか?」
「ちょっと連絡とってほしいのよ。これから日本が内緒で作る、共産主義国の生物兵器に対するウイルス無力化薬をね、沖縄米軍キャンプで保存して、時が来たらアメリカの持ち物として世界に配ってほしくって」
「は?なんかすごい話になってますね。さらっと凄い極秘を私に漏らしちゃって大丈夫ですか?」
「あら。私と響子ちゃんの間に秘密なんてないわよ?」
響子は鼻を鳴らして、スマホでメールを打ち始めた。
「なんて送れば?」
「外務大臣に連絡してほしいって」
「さっきの極秘事項は開示しても?」
「開示しないと動かないでしょうね。OK」
響子はメールの続きを打った。
【アリシアの初報360日目】
今現在ほぼ置き換わりを終えて、感染のメインとなっているガンマ株対応ワクチンが、世界中の複数の製薬会社で量産体制に乗り、全世界に届けられるようになった。現在までで1000万人の死亡者が出ている。感染力R0はベータ株と同じ7以上であり、致死率はアルファ株と同じ35%以上である。
アルファ株、ベータ株と比べて、感染力と致死率が強くなったガンマ株により、世界は再度混迷を極めた。MORS感染が始まってから、世界人口は20億人減った。
世界人口80億人の、17%が死んだことになる。これはまさに、全世界の人に弾丸が一つだけ入ったコルトパイソンリボルバー拳銃を渡して、ロシアンルーレットをやった結果と同じだ。
世界は今、とんでもない不穏で不安定な状態になっている。
【アリシアの初報365日目】
アリシアとアクセスをしていた関係者には、背筋が固く、冷たくなるニュースが走った。
スイス、ローザンヌ感染症研究所で、発症から24時間という、異常に短いタイミングで重篤化した患者から、変異種デルタ株が発見されたと発表があった。
アリシアは3週間前から、アクセス可能な関係者に対して、今後の変異株において重篤化のリスクが高まる可能性を、断言を避けながらも繰り返し示唆していた。
表現は常に控えめだったが、その『予感』は、徐々に『確信』の色を帯び始めていた。
特にデルタ株の国内侵入阻止については、各省庁に対し明確に『最優先対応』として強調されている。
さらにアリシアは、日々の報告の中に、まるでコラムのような読み物『毎日異なる視点から未来を語る、300文字弱の短文』を挿入していた。
軽妙で引き込まれる文体と、どこか現実味のある不安。それは関係者たちの心に、『恐怖』とは言えないまでも、『無意識の準備』を促す何かを確かに残していた。




