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縁の理(えにしのことわり)上巻~ReTake.ZERO~MORSウイルスとAIアリシアの攻防  作者: 平瀬川神木
第10章 覚悟

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第86話 第10章 覚悟 第6節 誰も知らない夜明けが明ける時

 共産主義国の会見が終わってから12時間後、日本時間で24時を回った段階で、すでに22ヶ国が世界一路構想に参加を表明。そのうち17ヶ国はすでに共産主義国を訪れて、調印を終わらせている。

 そんなタイミングで、国立感染症研究所の小曲博士のもとに電子メールが送られてきた。

「Dr. Komagari judges ProteoBlock effective. Patient prognosis is good. 14 cases confirmed. ~小曲博士、『プロテオブロック』は有効と判断。患者の予後は良好。14症例で確認~」

 国立感染症研究所のワクチン設計室の室内には、深夜にもかかわらずいつもの3人の他、厚生労働省の職員もいた。厚生労働省職員は、すぐにアリシアに情報伝達を依頼した。


 その1時間後、午前1時を回った北風の羽田空港。通常時であれば北風の深夜の離陸は、『D滑走路05』1本からであるが、今夜は『C滑走路34R』、『A滑走路34L』の3つの滑走路をフルに使って次々と旅客機が飛び立っていた。

 滑走路脇の誘導路にも旅客機が並んでおり、海外渡航が制限されてから、こんな様子は1年近く見ていない。日本を拠点とする航空会社の全ての旅客飛行機が、羽田に集まったような勢いだった。


 日本人の多くが寝ている時間。午前2時に日本政府は世界に向けて総理大臣が記者会見を行った。

 いつになく緊張した表情で、やや指先を震わせながら総理大臣はカメラに向かって話し始める。

「世界の皆様へ。現在、日本から世界の国々に向けて、MORSウイルスのデルタ株に対応する治療薬を輸送しています。日本航空、全日空、スターフライヤー、スカイマーク、エアドゥ、ソラシド、ピーチなどの航空会社の協力により、旅客機は治療薬を搭載し、世界各国へ向かって飛び立っています。スイスにつきましては、12時間前に出発した日本航空の大型機エアバスA350が既に到着し、感染発症者や医療従事者を優先的に、投与が開始されています。結果は良好との報告を受けております。この治療薬は『プロテオブロック』と呼ばれ、ウイルスを無力化する新しい分子治療です。日本では、全世界の人々が使用できる数量の薬剤が既に準備されています。どうか焦らずにお待ちください」

 記者から手が上がる。


「総理、お尋ねしたいことがたくさんあるのですが、まず、共産主義国の『世界一路構想』に参加を表明した国に対しても、この薬は提供されるのですか?」


「はい、共産主義国以外のすべての国に向けて配送を開始しております。受け入れを拒否されるかどうかは、各国の自由です。政府としての立場は違っても、そこに生きる人間の重さは同じです」


「総理、それにしても早すぎませんか?デルタ株が発生してまだ数日です。ワクチンであれば全く間に合わないタイミングです。ウイルスの無力化、分子治療。色々お聞きしたいのですが、そもそも、この薬を作った製薬会社はどこなのですか?」


「私は専門家ではありませんので、このあたりから詳しい内容は、国立感染症研究所の小曲所長と交代したいと思います」


 小曲所長が頭を下げながら壇上に上がった。総理大臣は左にずれて、二人が並ぶような形になった。

「はい、国立感染症研究所の小曲です。よろしくお願いします。今回のプロテオブロックは、ワクチンではありません。日本国の国家主導プロジェクトとして開発されました。設計は、国立感染症研究所のRNAワクチン設計部と、厚生労働省の高次情報解析独立支援AIアリシアによるものです。製薬会社ではなく、日本国が設計、量産したものとお考えください」


「小曲所長。一つずつ確認させてください。まずワクチンではないとのことですが……では、感染が抑えられる訳ではない、ということですか?」


「ご指摘の通り、これは『ワクチン』ではありません。簡単に言うとワクチンとは、詐欺師の顔を覚えてもらって、その詐欺師が家に来た時には鍵を開けない。そして警察を呼ぶ。という手順を教えておくのと似ています。前に騙された詐欺師が再度来たら、多くの場合その人は家に入れないですよね?同じウイルスに感染しにくい理由ですね。整形手術をされて、顔が変わってしまうとまた騙されてしまう。変異株と同じですね。今回のプロテオブロックは、玄関先にその詐欺師だけが大好きなお酒を置いておき、詐欺師がそのお酒を飲んでしまいベロベロに酔っぱらってしまい、そこで寝てしまう。居間でテレビを見て楽しんでいた皆さんは、詐欺師が家に近づいた事すら気が付かない。こんな状態を作る薬であると言えるのではないでしょうか」


「小曲所長。わかりやすいのですが、もう少し技術的な詳細のご説明もお願いしたいです」


「はい。超高選択性ナノペプチド阻害型という分類で、ウイルスの共通スパイク構造に結合して活動を物理的に封じてしまいます。体に抗体を作るのではなく、ウイルスが『働けなくなる』構造的な特性を利用した薬剤です。感染そのものを完全に防ぐことはできませんが、感染してもウイルスが細胞内で活動できないように封じ込めることが可能です。この薬は、MORSウイルスの『スパイクタンパク質』と呼ばれる感染のカギとなる部分に、分子レベルでピタリと結合し働きを封じます。これにより、ウイルスは細胞に侵入できず、増殖もできず、発症しないのです」


「つまり……RSウイルス感染症で使われている、中和抗体と似たような仕組みですか?」


「RSウイルス感染症で使用される中和抗体。例えば『パリビズマブ』のような薬剤は、ウイルスの表面にある特定の構造に抗体がくっつき、ウイルスの活動を妨げるという点で、目的はプロテオブロックとよく似ています。ただし、明確な違いもあります。中和抗体自体は人間の免疫系が作り出すタンパク質です。それを事前に製薬会社が培養し、人間の身体に注入するのがパリビズマブ、つまりRSウイルス感染症で使う中和抗体です。一方、プロテオブロックは抗体ではなく、人工的に設計された超小型のペプチド分子です。例えばワクチンは、未経験者をゼロから育て、ウイルスと戦う職人を育成するとすると、中和抗体は経験者を雇うといった感じで、プロテオブロックはロボットを導入するのような違いといえますかね。最終的な結果は同じだけれど、やり方が違う。そんな関係性ですね」


「では小曲所長。感染を止めるものではないという流れは理解したのですが、ではなぜ感染拡大が止められるのですか?」


「先ほどもお話しした通り、プロテオブロックはウイルスが働けなくするものです。感染拡大とは、誰かに感染したウイルスが、その人の中で増殖をしていき、その人の身体からあふれ出たものが他の人に感染します。今回はウイルスが増殖すらできない位に働けなくさせる為、その人の体の外に出ていくほどまで増えることができない。これが理由です」


「発熱をしたから解熱剤を飲むようにですね、治療薬であれば症状が出てから、つまり感染してから使うものではないのですか?」


「おっしゃる通り、一般的な治療薬は、症状が出てから使うものが多いです。ですが、プロテオブロックは治療薬というよりも、感染遮断薬と表現したほうが正確かもしれません。この薬は、ウイルスが体内で活動を開始する前、つまり感染が成立する前にその動きを封じ込める設計になっています。ウイルスが体に入ってきても、細胞に取りついて侵入するための鍵穴に鍵を入れた瞬間に、瞬間接着剤が飛び出してそのウイルスが動けなくなってしまうような働きをします。ですので、あらかじめ体の中にプロテオブロックが存在していることが非常に重要になります。感染後では、すでにウイルスが細胞内に入って増殖を始めているため、封じ込めが間に合わないことがあるのです。例えるなら、毒ガスが撒かれる前に防毒マスクを装着しておく、そんなイメージです。撒かれてから装備しても遅いですし、吸ってしまった毒ガスには別の対応が必要になる。ですので、これは予防的に飲む新しいタイプの経口薬とご理解いただくのがよろしいかと思います」


「では逆にですが、感染してからでは、もう間に合わないということになるのですか?ワクチンだと感染してからの接種でも、重症化の低減などが期待できるのが、一般的だと認識しておりますが」


「感染後、つまりウイルスが人体の細胞内に入ってしまった後にプロテオブロックを服用した場合でも、ある程度の効果が認められる可能性はあります。初期の段階で、ウイルスが体内で増殖し始めたばかりで、ウイルスの数が少ない状態であれば、プロテオブロックがそれ以上の増殖を止めてくれて、人間が持つウイルスをやっつける力で制圧できる。ただし、これはあくまで時間との勝負です。ウイルスがすでにたくさん増殖して、その人が持つやっつける力では抑えきれない状態になっていると、重篤化は避けられません。時間との勝負になりますし、感染者の体力や抵抗力の勝負にもなりますので、お子さんや高齢者の方、基礎疾患をお持ちの方などの場合、間に合わなくなる可能性が高くなってきます。現時点でのデータは、スイスの14症例だけですので具体的にご説明することは困難です。できる限り感染する前、あるいは感染のごく初期に服用していただくことが重要です。これはワクチンでも同様と言えます。今後、より多くの治療データが集まれば、適応範囲や有効性についても明確になってくると期待しています」


「先ほどご説明があった、先に防毒マスクを付けておくというわかりやすいご説明があったのですが、その防毒マスクと言える成分は、どのくらいの期間有効になるのですか?また経口薬であるということはご説明頂いているのですが、錠剤なのですか?粉薬なのですか?」


「ええと、プロテオブロックは血中に留まり、ウイルスに備えて待機する構造な訳ですが、徐放型ペプチドという、ゆっくり効くタイプなので、1錠服用すると72時間の血中有効濃度を維持する設計となっています。ですから3日に1錠飲んでいただく形になりますね。形状につきましては腸溶性コーティング錠剤という、胃で溶けずに、小腸で溶けて吸収され、血中に入り全身に循環するタイプです。薄いオレンジ色の錠剤です」


 この記者会見が続いている深夜2時、あらゆる省庁では職員が残っており、多くの職員は涙を流して喜んでいた。この数週間の間、ろくに眠りもせずに、世界の人々の命を懸けたギャンブルを戦い抜いて「勝ち」をもぎ取った瞬間だった。

 世界においても同様で、死への恐怖から解放された瞬間だった。


 深夜のテレビを見ていた美咲がつぶやいた。

「ウイルスが人工だったから、可能になった冗談みたいな事実ね」


 悠太が返した。

「人工だったから、こんな面倒が世界中に起こっているんだけれどね」

 美咲は苦笑いをした。


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