第8話 第1章 播種 第8節 コーヒーはサイフォンで父親もサンバを踊り出す
「ひぇ!……悠太君……?」
美咲は言葉にならない声を上げた。
「そうでしたか。えぇと、私も初めての経験で多分に戸惑っておりますが、美咲さん、大丈夫ですか?顔が真っ赤に……」
「はい……お父さん。顔面紅潮は気になさらないでください。そもそも悠太君に、どうしようもないくらいの恋心を持ったのは私の方でして。まだ私にしてくれていない恋人宣言および結婚宣言が突然、お父様に対して実行されたので、もう、私ときたら、飛び跳ねて踊り出したい心持になってしまっておりまして……」
「そうでしたか、美咲さん。私も悠太から女性の話題を聞いた事が無かったもので、しかも美咲さんのような大変美しい女性なので、しかも結婚までを言い出したもんだから、もう飛び跳ねたい気分です。あ!……ちょっと失礼して」
私は大急ぎで自室に入り、妻の仏壇に線香をあげた。この瞬間、私は一人で子育てをしてきた十数年間の記憶が、一気に押し寄せてきた。悠太の成長を見守り続けた日々。喜びも、悩みも、全てが報われたように感じ、嗚咽が出るくらい涙が止まらなくなった。
――なあ結子。悠太が、あんなきれいな女性を連れて来たよ。お前がいなくなってから、ただただ必死に悠太と向かい合ってきたけれど、なあ、俺は間違えていなかったと言えるよな?
私は妻に手を合わせて、心にあふれ出てくる想いを言葉にしていた。
振り向くとそこには、悠太と美咲さんが座って手を合わせてくれていた。
少し落ち着いた後で、私はサイフォンで3人分のコーヒーを淹れていた。ネルドリップの方が美味しいという意見が大半を占めるが、機械屋である私はやはりサイフォンが良いと思っている。誰が初めにこんな方法でコーヒーを淹れる事を思いついたというんだ?イギリス人という説があると聞いたが、私はドイツ人ではないかとにらんでいる。こんなメカニカルな方式を思いつくのは、ドイツ人に決まっている。
豆は私が好きな深煎りのマンデリンを粗びきしたものを選んだ。いつか悠太の彼女に淹れてあげたいと夢見ていたが、今ここで実現されている事に私は浮足立っていた。
「ところで美咲さん。独学でよくAIを動かそうと思いましたね。最終的にはどんなビジョンをお持ちなのですか?」
「はい。まずドクターズドクター、医者にアドバイスをする存在をイメージしています。病理医をそう呼ぶ事があると聞きましたが、ある意味データから可能性を臨床医に提示する点では、近い存在だとイメージしています。さらに言えば、#7119のような救急要請手前の相談のような事をAIが出来ればと思っています。時計や指輪でバイタルサインが管理できる世界になっているので、今後さらにデバイスの完成度が高まっていけば、それらのデータから状況を読み取り、医療介入の必要性を提示するシステムにも進化できるのではないか?そうなったら最高と思っています」
「ほ〜う、かなり具体的でしかも壮大ですね。大学の医学部1年生の構想とは思えない。すごいな……医師の領域範疇というよりは行政や政府の守備範囲とも言えますね。大変興味があるので私にも後で見せてもらえますか?」
「もちろん喜んで。ですがまだ、その片鱗も見せていません。悠太君のおかげで、やっとWEBの情報を集め始める状態までこぎつけたので。私が作った元型は、スケジュール管理と私の学力確認のための簡易テスト製作までですから」
悠太の初めての恋人は、間違いなく驚くほど美しく、間違いなく驚くような知能の持ち主だと確信した。悠太!頑張って美咲さんに愛想を尽かされないようにしなくちゃダメだぞ!私は悠太を睨みつけて、右手をグッと握った。
それを見た私の息子は困り顔で首を傾げた。