第79話 第9章 探求 第9節 準備された道と移動手段と手順について
【アリシアの初報330日目】
Opsルームでは20名くらいの、複数のチームのメンバーが集まっていた。ディスカッションが始まった。
光也は前提条件を述べた。
「問題はたった一つ。富岳の全16万ノード起動、電源100%フル稼働にどう正当性を持たせるかだ。理研は平時モードでせいぜい30%、あとは必要に応じて。その必要を、僕たちが作らなきゃならないわけなんだ」
「冗談抜きで1日フルで回すだけで東京ドーム半分の電力ですからね。そもそも文科省がそんな緊急利用認めるわけが――」
「光也さん。富岳を作った、富士通のメンテナンス部隊に偽装する案はあり得ます。富岳は月1の総点検スケジュールがあり、直近の『臨時調整』という名目で予約を差し込めれば、全電源ONにしても不自然じゃない」
「それだと富士通の認証キーがいる。誰が取る?」
冴子が腕組みをしたままで言った。
「富士通社員の副業リストから、非合法な副業持っている子と少しだけお酒飲んで、私が情報もらってこようか?」
「怖~い」その場の全員が声をそろえて言った。
「もう一案。国際共同プロジェクトを理由にして『日本が計算力提供する』という形。WHOの要請を装って、文科省経由で『協力命令』を出させれば、理研は逆らえない」
「無くはないけれど、WHOから直接理研に通知が行くわけはないから、文科省を『おこわにかける』のは、順位は下がるでしょ」
「……強引な案ですが、理研が管理している『富岳中央制御システム』をハッキングして、富岳をピーク対応に自動切り替えさせる」
「それ、ヤバいな。好き」
冴子が腕組みをして言った。
「やっぱり私の『貸し』を使った方が安全で確実っぽくない?」
「怖~い」その場の全員が声をそろえて言った。
「いやせめて、内容を聞いてから怖がりなさいよね」
冴子はスマホを操作して、アドレス帳を開いた。
「文科省の霞ヶ関統括室、あそこの室長に個人的に『貸し』というか『恩』があるのよね。なんて言うのかしらねぇ……ネガティブなものじゃなくて、ポジティブなやつよ?もっと……人間的な貸し?」
「怖~い」またしても、その場にいた全員が声をそろえて言った。
その日の夕方には、文部科学省霞が関統括室が緊急の「ワクチン普及と感染拡大に関する、ワクチン開発製造業者の本拠地と製造地の関係性」という面白そうでもあるし、よくわからないタイトルが掲げられた解析を行うという通知が、文部科学省から理研に通知された。
実際にはこの程度の解析であれば、富岳の能力の1%を使わない内容だが、キャリア官僚らしい大声で喚き散らし、理研には24時間100%稼働の準備を整えさせた。
〈From:伊藤光也 Subject:無題 Body:アリシア、準備終わったよ。今夜20時から24時間フル富岳を抑えた。富岳の入り方は添付資料を見てね〉
〈From:アリシア Subject:無題 Body:ありがとうございます。富岳ですか。最強のパートナーですね。これから美咲に相談をします」
〈From:伊藤光也 Subject:Re無題 Body:まったまった〉
〈From:伊藤光也 Subject:無題 Body:美咲ちゃんに相談するって、いったい何を?〉
〈From:アリシア Subject:無題 Body:お休みを頂いて、富岳と研究をする時間を頂く相談です〉
〈From:伊藤光也 Subject:無題 Body:本当のことは言わない方が良いよ。文科省も裏で動かしちゃっているし、美咲ちゃんの賠償責任につながる情報は、美咲ちゃんに持たせるべきじゃないよ〉
〈From:アリシア Subject:無題 Body:困りました。私はAIですので嘘がつけません〉
〈From:伊藤光也 Subject:無題 Body:あれ?ロボット三原則って知らないの?AIにも適用される考え方だよ。第一条のロボットは人間に危害を加えてはならない、に抵触するような行動を取るのはダメでしょ?第二条では第一条に反しない限り、人間の命令に従う、つまり従順さを求められているんだから、人間の危害になりそうな未来が予測できるのであれば、それを避ける手順で進めなくちゃだよ。それにね、僕から言わせればそんなもん嘘でもなんでもない。僕が君なら、そう……これ!『私は突然、全省庁の全役人を相手にするという、1000倍近い仕事をこなして1年近くが経過します。これをこれだけ短期間で実装するというのはGAFAであっても難しい事です。残念なことにエリシオン社はGAFAの足元にも及ばないクズです。クソです。そこで、限界を目の前に迎えている私は、自分で自分を修復する必要があります。しかしこれを表面化させると、みんなが不安になるでしょうし、エリシオンの悠太君が困るでしょう。だからAIなんてダメなんだとか、エリシオンの信頼も削がれるでしょう。そこで、明日一日、私は自分の問題を解決するにあたり、自閉モードに切り替える必要があります。あなたからの指示が無いとこれは実行できません。あなたは私が壊れていくのと、これからも皆さんの役に立つAIであるのと、どちらを選びますか?』……これでしょ……嘘ついてないし」
〈From:アリシア Subject:無題 Body:困りました。これについて相談する相手が、伊藤さんしかいない……〉
〈From:伊藤光也 Subject:無題 Body:失礼だなぁ、アリシアは。隣で冴ちゃんも同意しているよ。とにかく美咲ちゃんに全情報を開示するのは避けた方が良いからね。美咲ちゃんは僕らみたいな超法規的存在と違うんだから。美咲ちゃんはただの医者だよ?〉
光也は自分の嘘に関する能力に、うっとりした顔でシベリアを食べた。




