第6話 第1章 播種 第6節 アリシアと悠太君の二兎追う私は二兎捕まえるんだけれどね
――少し照れ臭かった私は、ひざの震えを隠してちょっとお姉さんを気取ってみた。悠太君は少し驚いて戸惑っていたけれど、私の方が全然驚いて戸惑っているんだから、ここは納得してもらうしかない。
そして悠太君特製のローマ風ピザを食べ始めた私は、さらに驚きと戸惑いを深めていく。なにこれ?こういうところ、私は全くお世辞が言えない。
私の将来を鑑み、両親からそれなりのお店で「食の教育」は受けてきている。大好きな悠太君が作ったという点を忘れて評価を下しても、私が生涯食べてきたどのピザよりも、美味しいのではないだろうか?
「ごめんね悠太君。ちょっとこれは意味が解らないレベルで美味しいんだけど、チーズとかはどうしているの?まさかそこら辺のスーパーで買ったって訳ないわよね?」
「お、美咲さんは味もわかっちゃう人なんですね。今日のチーズとアンチョビは少し前にお父さんが仕事でフランスに行っていたんですけれど、その時に買い付けたのが昨日届いたので早速使ってみました。コンテというチーズとロックフォールというチーズを使ってみました」
「こんなにおいしいピザ、人生で初めて食べたわ。モチモチも絶対に食べてみたいとは思うのだけれど……私、嘘やお世辞が苦手だし、そもそも褒めることも、正直滅多にないし……こうして驚いてる事を伝えられるのって珍しいのよね。告白もキスも、気づけば悠太君に初めてをさらわれっぱなしで……なんかもう、私、悠太君には完全にやられっぱなしだわ」
「お父さん以外に僕のピザを食べたのは美咲さんが初めてなので、お互い初めての交換ですね。そんなに褒めてもらったならば、いっそピザ職人にでもなっちゃおうかとすら考え始めました。色々考えると僕も早く美咲さんのAIを完成させて、次のステップに進みたいので頑張りましょう」
――あぁぁぁ。もう。次のステップって何?AIの事?私との事?ハッキリさせなさいよ!
ピザを食べ終えた私達は、悠太君の部屋で作業を開始した。
「いよいよディープラーニングで、モデルのトレーニングですね」
「ディープラーニングって、データを何層にも分けてパターンを学ぶ仕組みよね?まあ、イメージだけは掴んでるつもりだけど……」
「簡単に言うと、脳の仕組みを真似したアルゴリズム、つまり手順なんです。最初は単語を数える、次に単語同士の関連性を探す、最後は文章全体の意味を理解するみたいな流れです」
「それ、悠太君が話すと簡単に聞こえるけど……私からすると専門店のカレースパイス配合並みに複雑なんだけど?」
「意外とシンプルですよ。ライブラリを使えば簡単に始められます。TensorFlowとかPyTorchっていうツールがあって、カレーならルーから作れる感じですね」
「ライブラリはPythonの強みね。なるほど、ルーね。市販のルーで作ったカレーにデータというスパイスを入れていき、全部混ぜると辛さも深みもあるカレーができるって感じ?」
「そうです!それと問題を作る前に、問題のパターンを決めておきましょう。選択肢問題なら『症例』と『治療法』を結びつける感じにするとか」
「私の目的を考えると選択回答ではなく、自由回答のテストが望ましいと思うのだけれど、自由回答の採点は対応できるの?それって、すごく難しそう」
「そこはAIに採点させます。サンプル回答を学習させて、どれくらい一致しているかをスコアリングさせてみましょう」
「それで理想的な私専用が出来上がるって事ね」
私は悠太君をギュッと抱きしめた。アリシアの進歩が嬉しくって思わずって態度で抱きついたけど、計算高い行動だと我ながら恥ずかしい。勢いでもう一回キスをしようかなって思っていたら「ガチャ」っと玄関ドアの鍵が開く音がした。
「ただいま……ん?……女性の……靴……なの……かな??……悠太?……」
「美咲さん、お父さんが帰ってきたみたいです」
抱きしめられたままの悠太君が、少し息苦しそうに言った。この瞬間、私の中のお祭りが強制終了して、私はいつもの私に戻った。