第51話 第7章 怒涛 第1節 積み上がる状況証拠と確証なき危機
外務省には昨夜の緊急記者会見以降、問い合わせが殺到した。各国政府、大使館職員、海外大手メディア。彼らは日本の決定を疑問視し、その意図を探ろうと躍起になっていた。
経済産業省も同様だった。海外企業からの問い合わせに追われ、「てんてこ舞い」の状態が続く。
厚生労働省が担当する、隔離施設としての民間宿泊施設と移動手段の確保については、順調に進んでいた。アリシアのプランでは、初期5000室、全世界からの入国制限となってから1か月は10万室、その後は5万室の隔離施設が必要となっていた。難しい点は、4日目以降の全世界対象の入国制限が決定となっていないため、追加で確保すべき9万5千室部についての対応であった。
確実に確保すべき5000室は、手早く6か月契約で抑えていたが、残り9万5千室のうち4万室は1か月契約を直前まで進めていた。残り5万5千室の貸し切りホテル契約に関しては、役所らしいノロノロとした対応で、時間稼ぎをして閣議決定を待っていた。
一方、厚労省内で「医療機関横断連携情報システム」として運用されていたアリシアは、臨時閣議の決定により中央省庁のすべてからのアクセスが可能となり、「厚生労働省高次情報解析独立支援機構」という独立した部局のような扱いへと変更された。
各省庁はアリシアをプラットフォームとして、初動プランの修正を進めていた。AIらしい理想論の羅列を、多くの役人が実現可能な形に修正をしていく作業は、日夜を通して続いていた。
首相が指示した3日目の昼までには、各省庁はアリシアが提示した初動プランをベースに、実行可能な形に修正を完了させた。
この段階でも、海外においてはまだ今回の感染症に関する情報が出回っておらず、日本の勇み足である論調が強かった。これを受けたマスコミやネット上での情報も、政府に対する批判が大変強かった。
共産主義国は日本の動きを是認することも、非難することもなかった。その沈黙に、世界は不穏な気配を感じており、各国の政府関係者やアナリストたちは、この沈黙の裏に隠された意図を警戒していた。
【アリシアの初報4日目】
入国制限の対象を全世界に広げるかを決定する重要な閣議の1時間ほど前に、官房長官のもとに気になる情報が寄せられた。
それは経団連の会長からであり、共産主義国の河南省に営業所を設ける法人職員から、緊急事態宣言後、出国許可が下りないというものだった。
首相官邸の大会議室には、ほぼ全大臣と副大臣が集まっていた。
「それでは臨時閣議を開始いたします」疲れ切った官房長官は会議の開始を告げた。
「すでにお聞き及び頂いているかと存じますが、共産主義国の河南省において、一切の連絡が取れない状態となっております。外務大臣よりお願いします」
外務大臣が眉間にしわを寄せたままで報告を始めた。
「河南省の日本法人職員に対しての、出国許可が下りなくなったという情報を入手したため、外務省として共産主義国に問い合わせを行ったところ、出国手続きのシステム不調による一時的なものであるという返答でした。その直後から、河南省との電話や通信ができなくなり、一切の連絡が途絶えました。これについても、共産主義国は通信機器の不調による一時的なものであるという返答をするにとどまっております。現在上海領事館に対して、河南省の日本法人の安否確認を、至急実施するように指示を出しているところであります」
首相は机の上で手を合わせて言った。
「判断が大変難しくなりましたね。状況証拠がどんどん積み上がっている。だが状況証拠だけで決定打は一つもない」
大きなため息をついた。




