第50話 第6章 奔流 第10節 いつもと変わらなかった昨日と、いつもと違う今日
テレビでは総理が続ける。
「現在、国内での感染は確認されていません。冷静な行動をお願いします」
テレビを見ていた悠太は、美咲の肩に手を置いた。
「美咲ちゃん、アリシアに指示を出して寝よう。僕、こういう時は寝ないで仕事するタイプだったけど、美咲ちゃんに言われてからは、どんな時でも定刻に眠るようにした。結果、思考がポジティブに保てるようになったよ。今回は事が事だから、しっかり寝て、しっかり食べよう」
美咲は振り返り、悠太をギュッと抱きしめた。
「あなたが夫で本当に良かったわ」
二人はいつものように歯を磨き、眠りについた。
【アリシアの初報2日目】
翌朝、いつもの時間に起きた美咲と悠太と翔子の三人は、朝食を作り、いつものように食べた。美咲はアリシアとウィルスの検証やプラン作成に取り掛かり、悠太は幸太郎や美咲の両親との連絡を代行。ノートパソコンとスマホが並ぶダイニングは、小さなオフィスと化していた。翔子もリビングにたくさんの絵本を並べていた。
午前9時過ぎ、家の呼び出しベルが鳴った。悠太が美咲にオーケーサインを出し、玄関ドアを開けると、赤に近い茶色い髪をポニーテールにした、薄茶色の瞳の20代後半の女性が立っていた。
「なんでしょう?」
「はじめまして。日本中が大騒ぎの朝にすみません。昨日隣の部屋に引っ越しを終えたばかりの三橋響子です。航空関係の仕事をする夫は急な呼び出しで出勤してしまい、私だけでご挨拶に伺いました。親族が多く、騒がしいこともあるかもしれません。迷惑をかけたら遠慮なく言ってください。これ、夫の地元のお菓子です。どうぞ」
悠太は予想外の事態に口を半開きにした。
「……お菓子はお嫌いですか?」と響子が言うと、ハッと我に返る。
「すみません、昨夜からドタバタでボーッとしてしまいました。こちらこそ2歳の娘が騒いで迷惑をかけるかもしれません。よろしくお願いします。お菓子、いただきます」
響子の後姿を見送り、悠太は包みを持って美咲のそばに戻った。
「昨日までは普通の毎日だったから、何もおかしくはないはずだけれど、お隣に引っ越してきた人が挨拶にって、これくれたよ」
「フフフ、そうね。昨日までの日常でトラックに荷物を積んだ人が、今日引っ越してくるのは普通よね。この16時間で私の中の日本がひっくり返った感じ」と美咲は笑った。
「あ、美咲ちゃんの好きな赤福だよ。旦那さんの地元が三重ってことかね」
「あら、もう。お茶淹れたくなっちゃうじゃない。10時までは我慢するわ」
目をギュッと閉じて我慢を宣言する美咲の姿に、悠太は笑った。
音を消してつけっぱなしにしてあるテレビには、空港の混乱が映し出されていた。
悠太はスマホでネットニュースを確認していた。
NHKニュース (8:30更新)
「入国制限初日、空港で混乱続く 検疫法適用で数百人が待機」
政府が22時の会見で発表した緊急事態宣言に基づき、本日0時から共産主義国からの入国制限が開始。成田・羽田両空港では、深夜便到着の帰国者数百人が検疫法第8条による検査で待機中。長い行列と混乱が報告されている。帰国者は14日間の自宅待機が義務化されるが、その実行に疑問の声が上がる。
厚労省は「検疫体制を強化中」と説明。民間ホテルへの協力要請も進むが、詳細は未定。
国民の声: 「早朝から空港がカオス」「抗原検査の順番待ちが長すぎる」「準備不足すぎる」
毎日新聞デジタル (8:30更新)
「検疫法で鎖国開始か?物流への影響に懸念高まる」
緊急事態宣言発令後、本日0時から共産主義国からの入国制限が施行。検疫法に基づく厳格な措置で、帰国者は空港検査と隔離対象に。一方、貨物船舶や貨物機の乗務員も制限され、物流業界に波紋。スーパーでは一部商品の買い占めが始まった。
ネットの反応: 「転売ヤーが動き出した」「物流止まったらヤバい」「政府もっと早く動け」
緊急事態宣言の臨時記者会見翌日、日本国内がカオスな状態となっていた。




