第47話 第6章 奔流 第7節 指数関数と人道主義のせめぎ合い
冴子は臨時閣議の中で、美咲とアリシアが作り始めている初動プランについての説明を続けた。
プロジェクターや配布タブレットにはタイトル画面が表示されているが、次のページからそれぞれの項目に対する詳細事項が30ページ以上ずつ記述されている。
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0:ICAO通知による入国者制限
1:海外からの情報収集
2:国内医療機関に対する初期対応の指示
3:国内の検疫体制の強化
4:自衛隊の稼働計画
5:物流と経済の緊急調整計画
6:国民への情報開示戦略
7:WHO・主要国との外交調整
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「私自身、アリシアが作ったこの初動プランに目を通しながら、その大胆さに笑ってしまう部分が多いのが事実です。ですので皆さまは怒りすらを感じる事だと推察いたします。アリシアは本気で半年後には地球の人口が3割以上減り、工業と輸送が一時的に崩壊すると考えています。ですので医療を含めた工業をどれだけ早く国内で賄えるようにするかという点に力を入れているようです」
冴子の話を遮るように声をあげたのは外務大臣だった。
「ちょっと待ってくれ。ひと山超えたようになっているが、そもそもICAO通知に関してだって私は反対だ。我々外務省は、外国と話し合いをするために存在している訳でだね、こんな一方的に勝手に国境を閉ざすなんて容認できる訳もない。国際協調って言葉を聞いた事がないのか?日本人さえよければそれで良いのか?世界の人たちは35%が死んでも良いのか?先にすべきはWHOへの問い掛けではないのか?そのうえで世界でどう動くかを決めて実行して行くのが、本当の人命尊重路線ではないのか?」
冴子は深く何度もうなずいてから話し始めた。
「外務大臣のおっしゃられることは、全くその通りでございます。ですが日本の厚生労働省のAIシステムが発見したデータについて、国内臨時閣議ですら方針一致を見ない。WHOや世界協調路線を否定する訳ではありませんが、世界がこの話を聞いて、動いてくれるまで、日本人の安全を確保すべきではないと仰られているようにも聞こえます。国際協調は当然のことですが、自国民保護もまた当然なのではないでしょうか?」
「だからまずWHOだろ?共産主義国やその他海外との連携だろ?もしかしたら1週間先には全世界の国々が国境を閉鎖しているかもしれん。だが国境の封鎖を、今日いきなり世界に先んじて、通知実行すべきではない。ウィルスの情報を手に入れた。これから検証を行うが、共産主義国帰りの日本人は体調に注意して欲しい。今後共産主義国での感染症発生が発見された時には、共産主義国からの入国は拒否する可能性もある。今夜の発表では、ここらが精一杯だろう。何をそんなに慌てているんだ?」
「外務大臣、今私たちはギリギリで『場を支配する側』にいます。しかし感染者がたった1人でも入国すれば、状況は一変し『ウィルスに合わせて対応する側』、つまり『場を支配された側』に回る事になります。つまり、今が唯一、人間が主導権を握れる瞬間なのです」
「なぜ安易に1人でも入国したらコントロールできなくなるとなるんだ?インフルエンザやCOVID-19やその他どんな感染症でも、国民全員が、世界中の人間全員が感染した事なん一度もないじゃないか」
「ウィルスの感染力を示す『基本再生数(R0)』についてですが、この数値が倍になると感染者数も倍になるという話ではありません。この数値が倍になると感染者数とその拡大速度が『指数関数的』に増加します。5日間を感染サイクルだと仮定すると、1カ月で5次感染まで進みます。この時点でインフルエンザ感染者は8人ですが、未知のウィルス感染者は1万5千人に迫っています。2カ月で10次感染まで進みます。インフルエンザ感染者は57人となっていますが、未知のウィルス感染者は2億人を超える、つまり全国民となっているのです。R0が3を超えたら制御は困難、5を超えたら都市封鎖が必要と言われています。6.8ですから、一人も入国させない以外、方法が無いのです」
「……それでもやはり、納得は出来んよ……」外務大臣は黙りこくった。




