第46話 第6章 奔流 第6節 価値の差を倍率で相殺させて同等とするのがギャンブル
冴子が映し出した初動プランは、会議室内をどよめかせていた。
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プランZERO:初動プランの前提となる入国制限
本日22時までに国際民間航空機関(ICAO)通知を行い、日付が変わった明日0時より共産主義国河南省にある鄭州新鄭国際空港発の便は到着の受け入れを停止する。
同時に共産主義国からの外国人の入国に関して、14日間の隔離を必要とする。この隔離は政府が指定するホテルの室内から出られないものであり、費用は自己負担となる。日本人帰国者に関しては、帰国時の抗原検査は義務として、14日間の自宅待機をお願いするものである。
明日を1日目としたときに、4日目の0時より対象を全世界とし、外国籍の入国は米軍関係者と大使館関係者を除き一切を拒否。帰国する日本人については抗原検査を義務として、14日間の自宅待機をお願いするものである。なおこの段階より、船舶についても同じ扱いとする。また、貨物船舶の乗務員は上陸する為には14日間の船内待機を必要とする。貨物航空機の乗務員も指定されたホテル以外の外出は禁止するものとする。
8日目の0時以降に帰国した日本人に関しては、政府が準備した隔離ホテルにおいて14日間の隔離後帰宅となる。この場合の費用は政府負担とする。
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官房長官が眼鏡を外しながら、疲れたような口調で言った。
「……確かに感染を防ぐには、入国を止めるしかないのかもしれない。しかし、初めの3日間の共産主義国からの入国希望者の隔離対応はどうにかなったとしても、4日目から全世界からの入国拒否はいくらなんでも……無茶だ。できっこない計画は計画とは言わない。この時間から、各国と交渉する暇もない。航空会社もパニックになる。『かもしれない』レベルの情報で、ここまでのことをやろうっていうのは、いくらなんでもギャンブルが過ぎるのではないか?」
冴子は少し驚いた顔をした後で、官房長官を真直ぐに見つめて言った。
「ギャンブルは賭けるモノの価値が均衡するから成立します。天秤に乗せるのが、一人や二人の命であればいざ知らず、国民4000万人の命を乗せた天秤の片側に、外交や経済や批判や政権交代程度のコマを乗せたところでビクとも動かないことは、ご理解いただけますか?」
「だから私は可能性の話をしているんだよ。可能性がはっきりしない偽情報かも知れないデータをまんまと喰わされただけだとすれば、私達はいい面の皮になってしまうのではないのか?と言っているんだよ」
冴子は先ほどより大きく驚く表情を浮かべて言った。
「それの何が問題なのか私には理解できません。『いい面の皮』、結構じゃありませんか。 それが国民の命を守るためなら、私は最高の政治家として評価されるべきだと思います。 逆に、もし今決断せずに、パンデミックが拡大したとき、『何もしなかった政治家』 として批判される方が、遥かにリスクが高いのではありませんか?選択の余地など、どこにあるのでしょうか?」
眼鏡をかけなおした官房長官は、数秒間ギロッと冴子を睨んだ後、2,3回うなずいてから笑顔になった。
「……そんな政治家、孫の代まで語られる、稀代な政治家の鏡だな」
「それはもう間違いなく」
冴子も笑顔で返した後で、総理大臣の目を見て話を続けた。
「皆様の仕事はまず決断することです。方法論は私たち行政職員に投げれば良いのです。どうにかしますから。情に絆されて言っている訳ではありません。国際ルール、法令に基づき国民を守る決断をお願いしているだけです。出入国管理法第5条:法務大臣は、感染症の危険があると認められる外国人の入国を拒否できる。検疫法第5条:厚生労働省が管轄する検疫所長は、感染症の侵入防止のため、特定の船舶や航空機の入港、着陸を制限可能。航空法第59条:国土交通大臣は、公共の安全を害する恐れがある場合、特定の航空機の飛行を禁止できる。これらをたてにして、シカゴ条約38条:緊急時の飛行制限は可能だが、国際民間航空機関(ICAO)に通知義務。これに従ってICAO通知をしましょう。まずはそこから」
冴子は画面をスクロールさせた。




