第4話 第1章 播種 第4節 リーマン予想を解いた訳ではないんだけれどね
「悠太君。もう一つ初対面で失礼な事、いいかしら?」
「なんですか?」
「私、あなたの事が好きになっちゃったみたいなの。たぶん初恋だし、間違いなく初告白なんだけど……だからあなたの気が向いたら恋人になって欲しい。それまで気長に待っているから」
「……今超ビックリしています。さっき初めて会ったばかりだし、美咲さんみたいな美人からそんな事、言われた事ないから。……じゃあ僕の希望も聞いてもらえますか?」
「何なりと。言ってみて?」
「できればもう少し一緒にこのAIを仕上げて、美咲さんが望むものになった後に、僕から告白させてもらえませんか?」
――なぁに?そう来る?そう来ちゃうの?……
「悠太君、一応確認しておくけれど。恋人の件、体よく断られた訳では無いのよね?」
「断っていません。先にAIを仕上げないと、仕上がらなくなっちゃうから。僕はこれって決めたら、それだけになっちゃう性格なだけです。ちょうどお父さんの仕事の関係で、医療に関するプログラムを作っていたから、美咲さんの見ている景色が何となく見えました。だから協力できると思ったんです。だから今はプログラミングだけってことにして、美咲さんのAIを仕上げたいです。美咲さんだけってなっちゃうと、プログラミングはどうでもよくなっちゃうので。性質上」
美咲は真っ赤になった顔を両手で隠し、「あ~もう!」と声を漏らしながら、つま先で床をトントンと軽く叩いた。
翌日SNSメッセージでやり取りをしながら、美咲と悠太はAIの進化に取り組み始めた。もちろんお互い学業という本業があったので、夕飯を食べた後の時間に、スマホでメッセージのやり取りをしながらパソコンのキーを叩いていた。
「美咲さん、とりあえず初めに重要な要素を埋めたいのですが、このAIの名前はどうしますか?AIって表現は広義すぎちゃって、今後SNSメッセージでのやり取りで、誤解が生じる可能性があります。僕は悠太君、美咲さんは美咲さん、このAIは?」
――とにかく私はこの悠太君にやられっぱなしだわ。初めに決める要素が「名前」っていったい何なのよ?!もう、ずっと抱きしめていたい。ずっと撫でていたい。壊れかけた私を隅に追いやり、メッセージ上のテキストだけでも、私は私らしく振舞う。
「名前とか、機能に関係ない事にあまり頭が回らないのよね。おススメはある?」
「へい、そうっすね……本日のおすすめは信託機械のオラクルちゃんか、高貴な真実のアリシアちゃんになりやすが、どちらになさいやす?」
「じゃあアリシアを選ぶけれど、略称でアリスにしましょう」
「ダメです。アリシアと呼んでください。不思議の国に迷い込んだら大変ですから」
――もう!カワイイ!
「わかった。アリシアで」
「まずはデータの収集と前処理からですね。美咲さん、どんな医学情報を集めてます?」
美咲と悠太はスマホでメッセージのやり取りをしながら、パソコンのキーボードでコードを打って、2時間後に悠太が初回授業の終了を告げた。
「美咲さん2時間ご苦労様でした。僕は集中しちゃうと朝になっちゃうので、2時間タイマーかけていました。今日はこの辺でやめておきましょう。ところで美咲さん、スマホ文字打ち面倒なので、明日はビデオ通話で良いですか?」
「もちろん。分かったわ」私はヘラヘラしながらスマホに文字を打った。
――次の日の私は、大学で自分でもわかるくらいヘラヘラしていた。その結果として、いつも話しかけてこない同級生の何人かが話しかけてきた。なんと一緒にランチまでした。
花楓がいない場で、家族以外の人と食事をするなんてほとんど記憶にない。だって、今夜は悠太君とビデオ通話なんだもん。悠太君の顔が見られるんだもん。ヘラヘラを隠せるわけもない。
美咲はビデオ通話開始予定時間の20時前にはお風呂に入り、パジャマでなくちゃんとしたシャツを着た。自分では持っていなかったから、母親からドライヤーを借りた。初めて見る美咲がヘアスタイルを気にする様を、家族全員が心配そうに見守っていた。
「こんばんは美咲さん。今日もキレイっすね。部屋もめちゃめちゃキレイですね。なんか僕の部屋が汚くって恥ずかしいっす」
――トレーナーを着た悠太君もメチャメチャカワイイけれど、私はそんな態度はおくびにも出さない。
「昨晩アリシアが自分で収集したデータを見たけど、分類がめちゃくちゃね……これをどうやって分けるの?」
――私たちは今日も2時間、アリシアの進化準備を進めた。
「今日もだいぶ進んだ気がしているわ。悠太君ありがとう。ところで次はWEB会議システムで、画面を共有しながらで良いかしら?」
「わかりました。熱いうちに打っちゃいたいので、明日同じ時間の都合はどうですか?」
「わかった。ありがとうね」
――私はスマホのビデオ通話で悠太君の顔が見えてしまうと、脳みそがバカになる事が今日確定した。だからパソコン画面を共有しながらやるWEB会議を使えば、悠太君の顔が見えないから少しはまともになるだろうと考えた。私なりの工夫だ。
翌日も学校で話した事のない数人から声をかけられた。今日は花楓とキャンパス内のカフェでランチをした。
「気持ち悪いわよ?美咲。あんたなんでニヤニヤしてんの?」
「は?ニヤニヤなんてしてないでしょ?バカ言わないで」
「幼児舎から10年の付き合いだけど、そんなニヤけ顔初めて見たわよ。リーマン予想でも解いたの?」
「……実はね、花楓に頼んだAI補強のね。その男の子がね。あのね……」
「きゃははは。ちょっと、ちょっと待って美咲。あんた本物の美咲なの?」
私のスマホにSNSメッセージが着信した。口にチャックの動きで花楓を黙らせ確認すると、それは悠太君からのメッセージだった。
「美咲さん。明日は週末なので今夜どちらかの家で一気に進めちゃいませんか?WEB会議より一緒にいた方が話が早いし」
私の顔が医学的にあり得ない位に熱くなり、私は頭頂部から蒸気機関車のように、水蒸気を猛烈に噴き出している気がした。
花楓が私を指差して大爆笑をしている事実を見れば、これは気のせいなんかじゃなく確定事項だと判断できる。トーマスじゃないんだけどね。