第37話 第5章 伏流 第5節 浦島さんちの太郎君も宇宙船竜宮号に乗っていたってこと?
久しぶりに時間ができた美咲は、買ってはいたが読んでいなかった読書に溺れていた。悠太も週2日間は出勤していたが、他の日は在宅で仕事をしていた為、美咲はかなりイチャイチャデレデレの毎日を過ごしていた。
スリムな体形の美咲だったが、臨月ともなると完全なる妊婦の体形になっていた。悠太はまさに『腫れ物に触れる様に』美咲と向き合っていたが、美咲は人間に出来る事は自分にもできると、全く余裕な態度で過ごしていた。
「悠太君、陣痛が始まったみたい」
美咲はいつもと何も変わらぬ様子で悠太に告げた。
悠太は人間が示せるこれ以上ない慌てようで、タクシーを呼んでドタバタしていた。それを笑顔で眺めながら、美咲は幸太郎と自分の母親にSNSメッセージを送った。
応慶大学病院の分娩室に入った美咲は、やや難産であったが15時間後に「翔子」をこの世界に登場させた。
――実際にやってみると、ここまで大変だったとは……
美咲は翔子を抱きながら、自分の母親に対する感謝の気持ちを、強く感じていた。
母子共に安定した状態で過ごし、4日目には退院して自宅に戻っていた。
悠太は翔子が生まれた翌日から育児休暇をとり、自宅内の仕上げを行い、退院した家族3人で過ごしていた。
落ち着きを取り戻しても、美咲や悠太が経験したことがない速さで時間は過ぎて行き、本当に翔子を中心に世界が回っていくような日々を過ごしていた。
「……翔子は私が感じているよりも質量が大きいのかしら?」
眠った翔子を見ながら美咲はつぶやいた。
「え?他の子どもより大きく感じているってこと?」
「そうではなくってE=mc²がね……」
「ははは。相対性理論的に時間の流れが速く感じているってことかぁ。でも質量が大きいほど重力は強くなって、時間の流れも遅くなるわけだから、翔子の質量が小さいから時間の流れが速いのでは?」
「逆にね、翔子の質量が大きいから翔子の周りは時間の進みが遅い。翔子の為に1時間使うと、私の8時間が過ぎ去っている気がするの……」
「なるほど。アインシュタインも子育ての中に『相対性理論』のヒントを見つめたのかもしれないね」
妊娠期間中から、悠太が名前について提案すると、男の子の名前はすべてそのまま『素晴らしい』と言って受け入れていた美咲だったが、女の子の名前になると美咲なりの意見を述べていた。
「由」が付く名前に対しては、理論の塊である美咲の子供である為に、「わけ」「いわれ」という漢字を使った結果、さらに理論的になったら破滅的だと却下したり、「美」が付く名前に対しては、美しいのは確定的な要素だから、美人が美人と名乗るのは、感じが悪いと言って却下したりしていた。
色々考えた悠太は、自分が「悠久なる大地」という書物のタイトルから「地」の名前であるイメージを持っており、美咲の咲から花は「地」に咲くものだと関連付けて、「地」以外の「海」か「空」を舞台にしようと考え、水に関する漢字を使った「澄子」と空に関する漢字を使った「翔子」を最終案として提示していた。
美咲は翔子を産み落とした瞬間に、空をかける「翔子」にしようと悠太に伝えた。
美咲の母や祖母、幸太郎から脅かされていた「夜泣き」に関して、翔子は全くなかった。それどころか生後2か月経たずに寝返りをはじめたり、泣いて知らせるというより「何かしらの言語」で空腹や排せつを伝えてくるような、本当に手のかからない子供だった。
1歳になっても人見知りがなく、通院時にも泣かなかった。だが赤ちゃんらしい笑顔もなく、あたかも大人のような振舞をしていたので、美咲は自閉症スペクトラムを心配するほどだった。
それからしばらくたったころ、美咲は不意にアリシアに話しかけられた気がして振り向くと、翔子が笑顔で「何かしらの言語」を使って笑っていた。
美咲や悠太が翔子に話しかけると、視線をしっかり合わせてしっかり話を聞いている。指差しで何かを伝えようとしたり「一般的な言語」を使った言葉を覚えるのもとても早かった。




