第34話 第5章 伏流 第2節 選ばれざる女神の奴隷(後)
私の挑発的な言葉が周りにいた外務省の職員にも聞こえたようで、不穏な雰囲気となってしまった。
彼女は腰に手を当てて、少しうつむいて考えたうえで私に向かって言った。
「ではその本気になった男とやらを、川滝政務官がやってみてくださいよ。怪我はさせないように気を付けますので」
見下したような言い方に腹を立てた。私の母はお前などとは違う。世界を5回も取っている。
「本気とはどの程度で?」
私がイラっとした表情と声で言うと、彼女が言った。
「本気って一つしかないでしょ?」
私は女性に対して感じたことがないような「力ずくでこの女に『男の力』を教えたい」という気持ちにとらわれた。どうしても埋まらない、男女の間にある違いを教えたい気持ちだけになった。会議室にいた全員が練習を止めて、私と彼女に注目していた。
私は8割ぐらいの速度や力の強さで右手に持ったナイフ代わりのトイレットペーパーの芯を、彼女の左肩に振りおろした。その1秒もかからない間に、彼女はその場で足から滑り込むように倒れて、私の両脚を彼女の両脚でロックして、私は彼女の上に被さるように倒れ込んだ。
「本当だったら私は暴漢のクッションにはなりませんから。政務官なので特別扱いです」まるで正常位で性交しているような体勢となり、私の耳元で彼女は蔑む様に言った。私はその時に何かが壊れた。
私は彼女の上から立ち上がると、再度無言で構えた。今度はトイレットペーパーの芯など持たずに構えた。彼女はあきれたような表情を見せ、無言のまま私に向かって右手のひらを上に向けて「おいでおいで」と手招きした。
私は120%本気で彼女を襲った。計算は一切無かった。両手で彼女の上着を掴んで本気で引っ張った。彼女のジャージは破け、私はそれをはぎ取った。それでも私は本気をやめずに、彼女のスポーツブラに手をかけた。その瞬間私はなぜか宙を舞って顔面から会議室の床に落ちていった。
スローモーションで床が近づいてきて、なぜこんな大人げない真似をしたのかと考え、前歯は折れて欲しくないと願っていると、磨き抜かれ、母のそれよりもシャープなシックスパットが、私の顔と床の間に差し込まれた。
結局私はそのシックスパットにキスをするように顔から着地して、上半身は彼女の身体の上に落ち、下半身は床に落ちた。
「膝は大丈夫ですか?ごめんなさい。もう少し下に身体をねじ込みたかったのですが、間に合いませんでした」
彼女は私の頭に手を置いて、お腹に押さえつけるように、あたかも母親が子供に安心を促すように声をだした。
私は脱力して、直接私の脳みそに振動として届いてくる、彼女の言葉や心臓の音に身を委ねた。私はその瞬間、間違いなく武神アテナに抱かれていた。心地良くて目も開けられずに脱力したままだった。
周囲の「政務官!」という声に目を開き、床に手をついて床と私の間に挟まった彼女を見下ろした。それでもまだ私を見下すような目つきの彼女が、一瞬だけ微笑んでうなずいた。
この瞬間から私はもう、政治家である以前にアテナのしもべとなった。
その日以降、私は自らの政治力を総動員し、彼女のことを知り、連絡を取り、食事に誘い続けた。
彼女が私の誘いに応じる確率は二割。
食後、彼女に寵愛を請い、祝福を受ける時間が得られる確率はさらにその三割。
つまり、成功率はわずか六パーセント。
だが、それでも私は彼女を誘い続ける。
食事に誘うにあたって、私は彼女をひたすら褒め称え、食事の機会を与えられた時には、さらに彼女を褒め称える。その後、二人きりの部屋で過ごす時間を与えられたとしても、私のような存在が、彼女のような女神と肉体関係を持つなど許されるものではない。
だから私はただ、彼女の肢体を目に焼き付け、声を脳髄に刻み、彼女のためだけに悦び、彼女に捧げる。
彼女が与えるのは慈悲ではなく、選ばれぬ者に向けた冷笑のまなざし。それすらも私は歓喜とともに受け入れる。これは主従関係ではない。信仰ですらない。ただひたすら、私はこの神の足元に這いつくばる『選ばれぬ』者なのだ。




