第32話 第4章 基軸 第10節 女子力の高い義父は法的契約条項にもうるさい
幸太郎の発言を捻じ曲げて解釈した美咲は、歯型が付いた手巻き寿司を持ったままで、真っ赤になった顔を隠して両足をバタバタさせて言った。
「悠太君には私がいれば何もいらないなんて……」
幸太郎と悠太は顔を見合わせて笑い出して悠太が言った。
「ちょっと違うけど……わかったよ。僕の大切な美人で頭脳明晰な女医の奥さんが、ずっと望んだ形の近道がそこにあるんだ。そんな美咲ちゃんに好きでいてもらっている僕だから、もう少し自信もって構えてみるよ。僕も賛成だ」
悠太の言葉を聞いた美咲は、立ち上がり少し怒った剣幕で悠太に向って言った。
「ちょっと待って、私が悠太君を好きでいるなんて全然違うよ!もうすっごくすっごくどうしようもなる好きで、愛して、私の全てで、いつだってこの命差し出して、なんだって思い通りに私を動かせて――」
幸太郎が美咲の演説を遮った。
「美咲さん、わかったから。父である俺ですら、もうここら辺の演説は何度も聞いて、よく理解しているから。悠太もわかっているから。このまま放っておくと、父である俺が赤面するリアリティーのある演説にシフトするパターンが多いから、今日はこの辺で。ね?」
美咲は口を開けたままでしばらく幸太郎を見つめ、やっとうなずいて座った。
悠太は自分が好きなマグロのオリーブオイル塩レモン漬けを2本巻いたお寿司をかじりながら言った。
「お父さんの予想では、今後はどんな展開になりそうなの?タイムライン的には」
「今日の段階で、既に時田課長と営業の軽部はつないでおいた。明日には金額に関する折衝が始まるとの事だったので、そこから先は見守るしかないよな。この話が固まった段階で、美咲さんと悠太との契約の解除条件を履行する必要も出てくるんだ。結構な金額が動くから、弁護士を雇った方が良いと思うよ」
「幸太郎さん、それはどういう事ですか?」
「美咲さんと黒田病院は、アリシアを永続的に無料で利用できる契約を結んでいたんだ。でも今回の厚労省との一括契約で、エリシオン社が直接提供するわけじゃなくなる。つまり、契約不履行になるってことだ。で、そうなると損害賠償が発生するか、契約解除の補償をするかの二択になる。今回のケースでは、事前に契約解除条項が決まっていたから、それが実行される形になる。契約時に設定した使用料は月30万円。30年分で約1億800万円。美咲さんと黒田病院の2つ分だから、2億1600万円。でも、エリシオン社側が減額交渉して30%オフになって、最終的に1億5000万円の解除料で契約は取り交わされているんだ」
幸太郎の話が終わると同時に、美咲は口に含んだ手巻き寿司を、悠太の顔めがけて噴き出していた。悠太は自分の顔に飛んだ美咲特性の手巻き寿司の残骸を、自分の口に運んだ。
それを見て笑いながら幸太郎は話を進めた。
「あともう一つ。エリシオン社の株式0.00005%の譲渡もセットだ」
「幸太郎さん。会社の株式とは?」
「要は、会社側からの謝罪と補償の意味だね。本来ならもっと契約解除の補填金額を払うべきところを、株式の譲渡で補填する形にした。会社のキャッシュが動かない分、負担が軽くなるからね」
「悠太君の良き妻として、株式投資も勉強しなくっちゃと思っていたから、これは良いチャンス」
「もしこの事が世に出回れば、エリシオン社の株価はかなり上がると思うから、税金対策もやらなければダメだよ。まあ、契約書は今後ちゃんと読みなさいよって話なんだけどね」
「……今後も必ず、悠太君と幸太郎さんに相談します」
美咲は手に持っていた、一口分の手巻き寿司を口に放り込んだ。




