第28話 第4章 基軸 第6節 静かなる囲い込み
「大変恐縮ですが、それはわたくしの専門外のお話ですので、責任を持ってのお答えは差し控えさせていただきたいです。ですが、わたくし個人の意見としましては、その可能性を否定できない、医療科学においては、現在の汎用生成AIと比べてもトップクラスのものである可能性は高いと認識します。GAFAクラスの資金力を持った法人であれば、セキュリティー面もクリアするでしょうが、医療機器メーカーの中でも中小と言えるエリシオン社の日本法人が開発したとなると、このままにしておくのは不安に感じると言えます」
「なるほど。ありがとうございます。それでは時田さん。できるだけ早くエリシオン社へ連絡を取り、もう少し詳しいお話を聴取していただけますか?ある程度の政治的圧力が必要であれば、私も動きますので」
「厚労省での独占導入もありうるという前提でよろしいですか?」
「『ありうる』ではなく、厚労省での独占契約をするという前提で」
「……かしこまりました。専門部署の立ち上げを行ってもよろしいでしょうか?」
「課長にこの権限は重いですか?」
「粉骨砕身頑張らせていただきます」
「浦野にも最優先事項と認識するようにこの場で指示しますので」
「かしこまりました」
時田は深々と頭を下げて、大臣執務室を退室した。それを見送った浦田が言った。
「大臣。否定的見解ではありませんが、時田課長はそれなりの野心家です。お任せしてよろしいのですか?」
「うん。それも見越して官房は、時田課長に初期情報を与えたんじゃないかな?彼の野心家としての性質が、事の速度を速めると」
「大臣としてもそれを利用すると?」
「今回の話は、初めから官房の手のひらの上で踊らされているって話だからね。私としては手のひらの上で踊るしか仕方あるまい」
「かしこまりました。官房といってもNSSですからね」
浦野は革張りの手帳を閉じた。
夕方退庁時刻が迫ってはいたが、時田課長はその日のうちにエリシオン社に連絡を取り、明日の午前中にアリシアのプロジェクトリーダーである幸太郎とのアポイントメントを取った。
時田は自分の妻にSNSでメッセージを送った。
「すまんがしばらく夕飯はいらない。チャンスが転がり込んできた」
数秒後、妻からの返信があった。
「ご苦労様。出身大学の違いで苦労していたあなたを神様も見ていたのね。がんばってね」
メッセージを見た時田は軽くうなずき、内線電話で同じ厚労省にいる、大学の後輩である坂本を呼び出した。
「こんな時間に悪い。ちょっと相談したいことがあるんだ」
「珍しいですね。時田さんが庁舎内で呼び出すなんて。階が違うだけだから問題はありませんが」
「老健局の総務課長にはあとで連絡はするけれど、大臣からの指示でプロジェクトチームを立ち上げる事になったんだ。医療機器と製薬をやっているエリシオンという会社が作ったAIを厚労省が独占契約をして運用するというプロジェクトだ。一緒に手伝ってくれないか?」
「僕は高齢者介護の部門なので畑違いすぎますけど……時田さんのチャンスは僕にとってもチャンスですね。了解です」
「2週間程度は業務併用で、その間に老健局総務課の業務の引継ぎ準備を頼む」
「人事権限的に問題ないのですか?」
「大臣からの全権委任だ。課長には荷が重いか?と聞かれたから問題ないと答えたよ」
「ちょっとイレギュラーですね。わかりました。準備は進めます」
「明日の11時に、エリシオン社に行くから付き合ってくれ。ブッキングはないか?」
「会議はありますが、時田さんが総務課長に連絡をしてくれるのであれば」
「明日の朝には正式な書類が大臣から出るから。一気に動くよ」
「エリシオン社に来させればよいのでは?」
「そういう官僚気質は脱ぎ捨てたほうが良い。こちらが大臣勅命である以上、より下手に出たほうが影響力が増すよ」
「わかりました。10時にこちらに参ります」
「うん。よろしくな」
時田と坂本は握手を交わした。




